第10話 暗殺者とは
隊で最もしっかり者のパッカスは、帰路の途中であったが、ナーシスの怪我を心配していた。
「ナーシス様、大丈夫ですか」
「ああ、大丈夫だ。傷はそんなに深くない。それよりロズド」
ナーシスはそんなことよりもと言わんばかりにロズドに噛みついた。
「なんだ?」
「なんだ? じゃないよ! あの落とし穴に落ちたのはわざとなの? って言うかあんた本当に馬鹿なの? あれは私に隙をつけという高尚な合図だったの? お前が役に立たないからせっかくの機会を逃してしまったではないか」
「なんだ、ナーシス。俺がいなかったから負けたというのか。それは違うだろう」
ナーシスは痛いところを突かれた。と思った矢先にパッカスが助け舟をを出してくれた。
「そうです、ナーシス様。まずはその手頃な石をしまって下さい。相手が魔法を使うなんて、こちらは想定外でした。ロズド様が落ちた件は別として、パスズとカーラも光魔法で目がやられてしまいました。ナーシス様の黒煙玉も、風魔法で無効化されてしまいました。奇襲が失敗に終わった時点で、我々の負けです。あの状況を鑑みて、私の判断でゾール紙を使ってしまいました。申し訳ございません。後からいかようにでも処罰くださいませ」
「いや、すまない。パッカス。お前は悪くない。確かにお前の言う通りだ。相手の力量に対して情報不足であった我々の負けだ。ゾール紙を使ってまで救出しようとしてくれてありがとう。お前の判断は間違っていない。ゾール紙を使ってしまったことに関しては、私とロズドでアコーニット様に説明しておく。パスズとカーラもすまなかった。目をやられた後なのによくぞ私たちを救ってくれた」
ナーシスは冷静になって思い直した。光魔法で目をやられていたはずのパスズとカーラが機転をきかせて救出してくれなければ、あの場から離脱することも危うかった。
「ナーシス様、ありがとうございます。私は途中、敵にぶつかってしまう失態を犯してしまいました。不甲斐なく思います」
「パスズ、気にするな。視力が完全ではなかったのだ。仕方ない」
すると、その労いに乗っかってロズドが言い訳をしてきた。
「そうだ、みんな気にするな。今回は仕方なかったんだ」
「お前が言うな! ところで最初の勢いはどこにいったんだ? 目撃したやつら全員皆殺しにするんじゃなかったのか?」
「仕方ないだろう、落とし穴の底は膝くらいまである泥沼だったんだ。いくらなんでもあれだと身動きとれねえよ。カーラが助けにきてくれたとき天使が舞い降りたのかと思ったぜ」
「……ロズドの馬鹿」
「あっ? 何か言ったか? まあ、何にせよ敗走だ。早く戻ってアコーニットのおっさんに報告だな」
「ああ、報告しないといけないことは山程ある。……魔法使いの集落か。あの二人の剣士も相当な使い手だったな」
ナーシスたち、黒の騎士団アマリスの面々は自国へ急いだ。目的は達成できなかったが、大きなお土産があった。あの魔法使いの集落である。
ヨナたちは一旦詰所に戻って休憩をした。するとシュリがすぐに戻ってきた。途中でカウベルを見かけたため、カウベルに伝言を頼んだという。
エクレルはアラマンの治療魔法の後、そのまま眠りについた。サーシャがエクレルの傍で傷口を介抱し、フロワがそれを手伝っている。
「ねぇ、フロワちゃん。エクレルのやつ、何しに起きてきたんだろうね」
「そうだね、でもせっかく目が覚めたのに敵にぶつかっちゃうなんて災難だったね」
「うん、でも上手く敵を撃退できてよかったね。フロワちゃん、凄かったね。あんな強力な水魔法を一瞬で発動して」
「ううん、私すごく怖くて何もできてなかったの。アラマン先生とウィステリアから背中を押してもらわなかったら、ただ立ち尽くしていただけ」
「でも、凄かったよ。フロワの水魔法がなかったら、今ごろみんなで黒焦げになっていたんだから。ウィステリアの火炎魔法も凄かったけど、あれはおまけみたいなものだわ」
その言葉はちょうどウィステリアの耳に入ってしまった。
「ちょっと、聞こえてるんですけど。何がおまけですって?」
このままではいけないと思い、ヨナが慌てて話を逸らす。
「そうだよ、フロワ。あの魔法でみんなが助けられた。本当にありがとう」
「ああ、ヨナの言う通りだ。本当に助かった。」
「ヨナとカルロさんの言う通りだよ、フロワちゃん、ありがとう」
そしてそのままサーシャがフロワを優しく抱きしめた。フロワは安心して抑えていた気持ちが溢れだしたのだろう。そのままサーシャの胸の中で涙を流して泣き始めてしまった。
「本当にフロワちゃんの魔法はみんなを救ってくれたね。ありがとう」
「うん、うん、でも怖かった。でもやれてよかった。誰も死ななくてよかった。」
「そうだね、誰も死ななかった。フロワちゃんのおかげだよ」
ヨナは今回フロワの魔法を改めて凄いと思った。フロワは小さいときから自分より魔法が得意だった。練習は嫌いなのか、いつも真面目に取り組んでいるようには見えなかったのに、ぐんぐん成長して、あっという間に追い抜かれてしまった。爪痕内では魔法と言っても生活のために利用する程度だったので、威力の大きさに関しては無関心だったが、今回の実戦でよく理解できた。特にフロワとウィステリアの魔法は凄かった。発動までの時間が短いのが、あんなに実践的なのだと痛感した。
ヨナは、あの二人が全力で魔法を使ったら、この爪痕は全壊してしまうのではないかと身震いした。
「それにしても、ウィステリアとフロワちゃんだけ魔法の発動が凄く早くない? ちゃんと詠唱してるの?」
「そ、それは、なんというか……」
「サーシャ、済まないがその話はあとだ。族長がこちらに来てからゆっくり話そう」
フロワが答えようとしたところで、アラマンが口を挟む。アラマンからすると、魔法の件についてはまだ秘密にしておきたいという思惑があったからだ。
「ちぇっ、アラマンさんのケチ。ああ、そうだそれにしてもシュリちゃんの短刀捌きも凄かったね。相手は相当の使い手だったと思うけど、スパンって斬りつけて。かっこよかったなー」
「いえ、本当はもっと踏み込んで致命傷を与えるべきだったのに、相手が人間だったので躊躇してしまった。おかげで師匠の攻撃を受け流されてしまった。後悔してもし切れない」
シュリは褒められてもあくまで謙遜している。
「気にするな、シュリ。あの状況であそこまで斬りつけられたのは上出来だ。だが次はどうすべきか、分かっているな?」
「はい、師匠。次は必ず仕留めます」
「ひゅー、たくましいね。っていうかここの人たちって魔法にしても剣にしてもエストーレ王国より格上だね」
「エストーレ王国って? サーシャたちのいた国のこと?」
「あ、うん。まだフロワちゃんたちにはちゃんと言ってなかったね」
「はい、そこまで! そこから先は私がちゃんと聞くわ!」
急に扉が開いてミサリアが現れた。ミサリアの後ろでブッシュが息を切らしたまま倒れている。ブッシュはミサリアを背負ってここまで走ってきたのだった。。ヨナはブッシュに同情した。
「みんな、おつかれさま。アラマン、ありがとう。まずはどうだったか詳しく聞かせてちょうだい。他のみんなは適当に避難してもらってるけど、結構大きな爆発音したからね。心配したよー。でもみんな無事そうね。本当によかった。」
ナーシスたち一行は国に帰るために走っていた。まずは馬を待たせている森の外の川辺まで行かなければならない。途中、「疲れた」という一言でロズドを背負う羽目になったパッカスがそろそろ限界であった。
「ロズド様、申し訳ございませんが、そろそろ降りて頂けませんか?」
「そうだぞ、ロズド。何もしていないのだから背負ってもらうなんて贅沢だ。お前は走れ。いやお前を助けてくれたカーラを背負って走ったらどうだ」
「パッカス、お前はあの戦いで何もしていないんだから一番元気だよな? だからこのくらいで泣き言を言うな。これも訓練だ。あとナーシス、お前も背負ってもらっている分際で偉そうなこと言えないぞ」
「何を言う。私は負傷しているのだぞ。お前は何もしてないどころか足手まといになったのだ。それを反省して、誰かを背負って帰るのが筋というものではないか。なあ、カーラ」
普段から大人しいカーラは急に話を振られてるのが苦手だった。
「えっ、いえ。まあ、何と言いますか……」
同性の騎士団員は少ない。そのため、カーラはナーシスの事を慕っていた。どうにかしてナーシスの想いに応えてあげたいと思っているが、どうしたら上手くいくのか分からず、いつも正解が分からず困っている。
「どうした? 遠慮なく意見を言っていいんだぞ」
「えっと、今回はナーシス様が最も戦いに貢献されました。慰労と意味を考えて、ロズドさまがナーシスさまを背負って帰るというのでどうでしょうか?」
「なるほど、カーラがそこまで言うなら仕方ないな。おいロズド。私を背負って帰れ」
女同士の連携のつもりであったが、向けられた当の本人にはまったく伝わっていなかった。
「はあ、何で俺がお前を背負わなきゃいけないんだよ。大した怪我じゃないんなら、お前は一人で走って帰れよな」
「う、うるさい。一応ケガ人だぞ。四の五の言わず観念しろ。パッカス、ロズドを下ろしていいぞ」
ナーシスはパッカスがロズドを下した後、そのまますぐロズドの背中に飛び乗った。ロズドはみんなに迷惑かけたのは事実なので、仕方なくカーラの意見を受け入れてナーシスを背負ってそのまま走り始めた。
パッカスは重たいロズドから解放されてほっとしていた。パスズはナーシスを背負うのから解放されてほっとしていた。カーラはナーシスがロズドの上で顔を赤らめながら背負われている様子を見てほっとしていた。
ナーシスはカーラに感謝しつつ、ロズドの背中を噛みしめていた。ロズドは、今日はいいことなかったと不満だったが、ナーシスを背負って帰ると筋トレになるなと思い、すこし気分を上げて走り始めた。
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