第9話 初実戦
「!!」
「えっ、今のなに?」
「えっ、消えた? 落ちた?」
「お、落ちたね」
ロズドが入口にかけられて落とし穴に早速落ちてしまった。急に目の前から消えてしまったため、爪痕の面々は一瞬何が起こったか理解できなかった。
ヨナは自分の落とし穴にかかったのだとすぐに分かってちょっと嬉かったが、逆に少し拍子抜けした。どんな強者がやってくるのかと身構えていた矢先の見事な落ちっぷりに思考がついていってなかった。
ヨナが他のみんなの様子と見ると自分と同じように呆気に取られている。それに反してサーシャは震えているようだ。いや、笑いを堪えていた。しかもちょっと苦しそうだ。
「でかした、超大馬鹿め」
とそこへ岩場の陰から一人の女がサーシャに向かって一直線に走ってきた。皆が完全に油断してしまっていた。完全に落とし穴の男に気を取られていたその隙を突かれた。
ヨナが気づいたときには既に遅かった。今から魔法を発動しても間に合わない。
「させるかっ」
間一髪のところでカルロが女の武器を一撃で弾き返した。カルロ以外は女の動きにまったく反応できていなかった。ヨナは改めてカルロの存在の大きさに感謝した。
女は頭と顔は黒い布で覆ってあったが、装備はかなり軽装だ。腕と足の肌が見える。決して大きくないが、しなやかでバネのある筋肉だ。
「くっ、あと一歩のところで」
絶好の機会を逃してしまい、ナーシスは悪態をつく。
「お前の隊長は残念だったな。というか残念な隊長だったな」
「それに関しては返す言葉もない」
「ヨナ! 風魔法の準備をしろ!」
カルロに言われてヨナは慌てて詠唱を開始した。だがナーシスは何か危ない気配を悟って、カルロに向かって黒い球を投げてきた。
「ヨナ、飛ばせ!」
「はいっ、『風よっ!吹き上げろ』」
ヨナは風魔法で黒い球を上へ吹き飛ばした。吹き飛ばした後、軽く弾けて黒い煙が上方に広がった。
「なっ、ま、魔法だとっ!」
「シュリ!」
「はいっ」
そこへ、シュリがナーシスを斬りつけようと短刀を振った。担当はシュリが最も得意とする武器であり、素早く相手を斬りつけるのが得意だった。シュリの持つ短刀はドラゴンの鱗を削って作ったもののため、軽くて斬れ味は抜群である。
ヨナの魔法に一瞬気を取られたナーシスはシュリの一撃をかわし切れなかった。シュリの短刀は確実に女の脇腹を斬りつけた。
「くっ、しまった」
「まだだ」
ナーシスが身を翻して距離を取ろうとしたところに、カルロが距離を詰めて刀で斬りつける。ナーシスはギリギリのところで何とか受け流し、体勢を整えた。
ヨナは初めての実戦に完全に飲まれていた。ついさっきカルロの声掛けがなければ、すぐに魔法は出せなかったことをまだ引きずっていた。魔法を発動するまでにはどうしても時間が必要で、剣士がその隙を作ってくれないと魔法士は何もできないのだと痛感した。
ウィステリアとフロワであればもっと簡単に発動できるだろう。自分ではそうはいかない。落ち着け。状況をよく見るんだ。次に何をすればいい。ヨナは戦況をじっくりと観察した。そして次の一手のための詠唱を始めた。
一方そのころ。入り口付近では、アラマンが落とし穴に落ちた男をずっと見張っていた。落ちてからしばらく何も反応がない。サーシャの報告からすると、あちらで戦闘をしている女を含めて残り三人がまだどこかに隠れていることが分かっている。
「フロワ、ウィステリア、まだ敵は三人いるはずだ。周りに注意して。そして手筈通り、魔法の準備をしておくんだ」
「はい!」
静寂が長かった。カルロたちが行っている戦闘と違い、こちらはとても静かだった。相手はまだ出てこない。
アラマンは状況を整理していた。先程落ちた男はサーシャが言うように隊長だろう。なぜあんな子供騙しの分かりやすい罠に引っかかったのは謎だが、向こうの女は我々が男に気を取られて油断しているところを襲ってきた。あれも作戦だろうか。あれから大した時間が経過しているわけではないが、いつ敵が襲ってくるか分からない。敵はこちらの一瞬の隙を突いて来るはずだ。
一瞬たりとも気を抜けない緊張感が、三人の体を疲労させていた。
カルロたちの戦闘で何かが弾けた音が聞こえた。音がした方を見ると黒い煙が上方に立ち上っているのが見えた。とそこへ物音がして二人がアラマン達に向かってきた。
「フロワ、ウィステリア! 今だ」
「はい、『光よっ』」
フロワとウィステリアが同時に魔法を放った。合図すると同時の発動だった。あまるにも素早い魔法の発動にアラマンは息を呑んだ。下級魔法とはいこれ程早く発動できる二人を頼もしく思った。
「くそっ、こいつらも魔法を使うのか」
敵は光の魔法で目がくらんで一歩退いた。アラマンは追い打ちをかけるように詠唱を済ませておいた土魔法で、落とし穴に落とそうとした。
が、あと一歩のところで敵は落とし穴をかわした。だが、視力は完全に回復していないのか、そのまま入り口から外に退避してしまった。そして、またこの場は沈黙してしまった。
ヨナは土魔法を放った。女の足元を泥に変えて足を奪う算段だった。急に足元が泥に変わって女がよろける。
「よし、ちゃんと効いたぞ。カルロさん、今です!」
と叫んだとき、上空で何かが飛んでくるのが見えた。
「何だ、あれは?」
よく見ると羊皮紙の巻物のようなものがヨナたちの方へ飛んでくる。
「みんなっ、危ない。逃げてー!」
サーシャが急に大きな声で叫び出した。
「なんだ? 急にどうしたというのだ」
急に大きな声を出したサーシャにカルロたちもびっくりした。
「あれは魔法が込められた紙だよ! あれが開いたら魔法が発動する」
「魔法が込められた紙? 何でそんなものが? それでどうしたらいいんだ?」
「一気に聞かないで。何が発動するかは分からない。逃げるか、燃やすしかないよ。でも間に合わない」
サーシャが叫びながらも、もう既に巻物は開きそうになっている。
カルロは今から逃げることを考えた。だが、行動に移す時間もなく巻物が開いた。そしてそれと同時に巻物が光り、拳くらいの大きさの火球が無数に出現した。火炎魔法であった。
「みんな、逃げてー!」
どう考えても今から逃げたのでは間に合わない。このままではナーシスにも火球が直撃しそうであった。ヨナたちは退路のない状況に何もできないでいた。
「まだよっ。フロワ!」
「うん、分かってる。『水よっ、いっけー!』」
「『炎よ、いけっ』」
フロワが放った水魔法が火球にぶつけられた。ほぼ同時にウィステリアの火炎魔法が巻物を燃やし尽くした。だが、火球にぶつけられた水は急激に蒸発し、爆発した。あたりに水蒸気が爆散して周囲の視界が奪われた。
ヨナは、その隙に敵が女を救出して去っていくのを視界の端で捉えた。また、同時に落とし穴から男が救出されて去っていくのもアラマンが確認していた。水蒸気が引いたころにはその場から敵は完全にいなくなっていた。
「お、終わったの?」
敵の気配はなくなり、辺りは静かになった。
「な、なんであんなに一瞬で魔法を発動できるの? あなたたち、一体何者……?」
サーシャは一瞬で魔法を搔き消したウィステリアとフロワに驚いている。
そんな中、周囲の警戒をしていたシュリがとんでもないものを発見してしまった。
「サーシャ、ちょっと、これ……」
「ん? どうしたのシュリ?」
「この人……大丈夫なの?」
シュリの指差した先にはエクレルが血まみれで倒れていた。
「えっえーーっ!! なんでっ??」
確かにそこには詰所で寝ていたはずのエクレルが血まみれで倒れていた。
「うっ、さ、サーシャ、すまない」
エクレルの意識はあるようだ。サーシャがエクレルを抱き上げた。
「あんた何やってるの? っていうか馬鹿なの? なんでここにいるのよ」
「す、すまない。あそこで寝ていたら大きな音が聞こえたから目が覚めたんだ。外に出てみたらみんなが戦っているのが見えて。僕も戦わなきゃと思ったんだよ。そしたらゾール紙が投げ込まれて、すぐに爆発して、そのときに敵にぶつかって、治療してもらった傷がまた開いたみたいなんだ」
「えっ? あんたやっぱり馬鹿だったの?」
「馬鹿ばっかり言うな。まあ、とんだ間抜けなのは間違いないかもな」
「馬鹿と何が違うのよ、それ」
「盛大に違うぞ。なぜなら……」
会話が永遠に終わらなさそうで、エクレルの流血が止まっていないのが見ていられなくなり、ヨナが声をかける。
「あのー」
「ヨナ、何よ」
「一旦、エクレルさんを詰所まで運びませんか? 流血が酷いですよ」
「えっ、ああ、そうだったね」
サーシャは今頃になってエクレルの傷が重症であることに気が付いたようだった。
「シュリ、族長を呼んできてくれないか」
「はい、すぐに」
カルロの指示でシュリは族長を呼びに素早く走り出す。
「相変わらず素早いわね、シュリのやつ。私の風魔法っていらないんじゃないかとたまに思うわ」
ウィステリアはシュリの素早い行動に息を巻く。
ヨナも含め、皆初実戦で疲れていた。カルロがエクレルを抱き上げ、皆で詰所へ戻っていった。
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