第9話 受付嬢

 私は会社の受付嬢だ。私には何の特技も資格も必要ない。ただ、にこやかに行き交う人々を見守ればいい。誰かに挨拶されれば、私は微笑んで挨拶を返す。毎日はその繰り返しだ。基本的に、穏やかに、受け身でいればいい仕事だ。

 しかし、たまに妙な来客があったりする。今日はいきなり私の名前を聞かれた。答えると、氏だけでなく、名も名乗るのが礼儀だと指摘された。謝ったが、相手は納得いかない顔をした。そして、私の本名を言えと、怒鳴られた。私はうろたえて、黙った。

 私の振る舞いは、男にさらなる怒りの感情を沸き起こさせた。私に向かい大声で喚き散らす中年男性を周りの人々が冷たい目で見つめていた。しかし、幸い、騒ぎに気付いた同僚がかけつけてきてくれた。この受付嬢はアンドロイドですから名字はありません、と彼は説明した。一気に場が静まった。私は一安心して、いつもの様に口角を上げた。

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