第7話 ひまわり

 私が入院している間、毎日彼はひまわりを持ってきてくれました。外の蝉ばかりが元気よく、院内はいつも静かで退屈でした。けれども彼が病室をノックすると、たちまち私の胸は高鳴ったものです。ひまわりを一輪持って、彼は照れくさそうに「来たで」と、いつも声をかけてくれました。まだ高校生だった彼にとって、連日ひまわりを買い続けることは、負担だったのではないかと、今になって思います。しかし当時の私は子供で、幼なじみの大好きなお兄さんがくれるひまわりを楽しみにしていました。

 彼はひまわりを活けかえると、必ず谷川俊太郎の詩を朗読してくれました。一日に一作だけ、彼は淡々と詩を読み上げました。私は詩に興味はなかったけれど、彼が読んでくれる声が好きでした。もう声変わりしてしまった低音が、私の全身に響くのでした。彼はきっと将来詩人になるのだろうと、私は一ミリの疑いもなく信じていました。

 彼は帰り際に毎回、「こんな目に合わせてしもてごめんな」と、泣いて私に謝りました。私は彼を責めたことは一度もありませんでした。たまたま彼の家で起きた火事が隣の私の家に飛び火して、身の危険を感じた私は二階から飛び降り骨折したのです。彼の家族も私の家族も出かけていて、怪我人は私だけでした。私はただの不運だと考えていました。それでも彼は私の手を取り、何度も何度も謝罪を繰り返しました。そんな時、いつも私は彼の頭を優しくなでながら、ぼんやりとひまわりに見とれていたのでした。

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