第3話
俺とマリアの付き合いは順調だった。
放課後デートも楽しかったし、休日に出かけたりもしたし、テスト前には勉強会なんかもやってさ。
俺は、罪悪感は勿論あったけど、なんていうか、マリアと一緒にいられるのが嬉しかったし、一緒の時間を過ごせば過ごすほど、マリアを好きになったし、だからもう、とにかく好きだ、って言い続けてた。
マリアは、最初のうちは俺に気を遣ってたみたいだけど、一緒に過ごすうちにすごくこう、自然になっていったっていうか、昔のマリアみたいになってた。俺が好きだ、っていうと恥ずかしそうにするのがめちゃくちゃ可愛くて、俺は…、
「手、繋ぎたい」
「……え?」
俺たちが付き合い始めて三か月くらい経ったころ、つい、言ってしまう。
「……いいよ」
そっぽ向いたまま小さく頷くマリア。
俺はマリアの手に、そっと触れた。
「はずっ」
マリアの耳が赤くなるのを見て、俺も恥ずかしくなる。でもさ、好きな人がそこにいるんだぜ? 触れたいって思っても、それって自然なことだよな。
今日は少し遠出して、海の近くの水族館に来ていた。水族館の中は少し薄暗くて、迷子になりそうだなってのもあったんだけど、なんていうかそんなことより、我慢できなくなってきたっていうか…、
「クラゲ、見に行こ」
俺はマリアの手を握ったまま、クラゲの水槽を目指した。実はこの水族館、あるジンクスみたいなのがある。クラゲの水槽で愛を誓い合ったカップルは、一生一緒にいられるっていう、愛のジンクスが。
マリアがそのことを知ってるかはわからないけど、俺はその話を聞いてからずっと思ってた。嘘から始まったこの関係が、もしかしたら本物になったりしないだろうか、と。このままずっと、こうして一緒にいたいと。
「ここだ」
クラゲの水槽コーナー。
他とは違い、少し小さめの部屋に小さな水槽がいくつも並んでいる。真ん中には大きめの水槽がドンと置いてあり、ライトアップされたクラゲたちの舞いが楽しめる場所になっていた。
「ここ、入るの?」
マリアが聞いてくる。
あ、もしかして、ジンクス知ってる……?
「クラゲ、嫌い?」
「ううん、そうじゃないけど……」
珍しく歯切れの悪いマリアを見て、俺は察した。
……知ってるんだ、ジンクス。
この部屋で、愛を誓い合うことを拒否しているのだ、と。そう……だよな。マリアは俺のことが好きで一緒にいてくれるわけじゃないんだもんな。
俺、バカだ。
「いや、やっぱりいい。出よう」
俺はそっとマリアの手を離した。
俺はバカだ。
自分ばかりが楽しくて、マリアに嘘をついてるってこと、忘れかけてた。彼女が好きなのは俺じゃないんだ。ただ、俺の嘘のせいで、俺に同情してくれて、願いを叶えてくれてるだけ。なのに俺は、そんなマリアの優しさを利用して、自分の気持ちばかり優先して。
最低だよな。
「ねぇ、カズ君! どうしたの? 怒った?」
俺のあとを追いかけてきたマリアが、心配そうに俺を見上げる。俺は、なんだかとてもいたたまれなくなって、目に涙を浮かべてしまう。
「カズ君っ? ねぇ、どこか痛い? 体調、悪い? 休もうか?」
ああ、駄目だ。
マリアに優しくされればされるほど、自分のバカさ加減に気付かされる。俺は好きな子に、なんて事させてるんだろう。こんなの、やっぱり駄目なんだ。
「マリア、ありがとう。なんでもないよ。今日はもう、帰ろうか」
「えっ?」
「送ってくよ。行こう」
俺の言葉にとても驚いている様子のマリアだったが、そのまま出口に向かう。マリアがお手洗いに行くと言うので、俺は売店を少しうろついていた。その時、目に入ったそれを、なんで買ってしまったのか……。
こんなもの、買っても意味ないだろうに。
俺は土産物が入った小さな袋を後ろのポケットに突っ込んだ。
*****
帰り道、普通に接してるつもりではあったが、なんだかお互いがお互いに変な気遣いをしているような気がした。二人の間に、壁が出来てしまったみたいな、妙な心地悪さ。
どうしよう。
マリアは、自分のせいだって思ってるだろうか。悪いのは俺なのに。
「なぁ、マリア」
電車を降り、駅からマリアの家まで歩く道すがら、俺は勇気を振り絞って、言うことにした。
「ん?」
「今日はその…、変な感じになっちゃって、ごめん」
「あ、そんな……私こそ、」
「いや、俺が悪いんだ。マリアに気を遣わせるようなことして、本当にごめん。しばらくさ、二人で会うの、やめよう」
「えっ? なんでっ?」
泣きそうな顔で俺を見るマリア。ああ、そんな顔しないでよ。抱きしめたくなるじゃん。
「俺が悪いんだ。マリアのせいじゃない。それに、ここんとこずっと俺のことばっかで、自分のこと出来てないだろ? 友達と遊んだりとかさ、そういうの」
「そんなの、ちゃんとやってるよっ?」
「うん、でも…、」
俺は、腹に力を籠める。
「もう少し頻度落とそうぜ。少しずつ、元に戻らなきゃな」
いつまでも続くわけじゃないんだ。
嘘から始まった関係。
俺が病気なんかじゃないって知ったら、マリアはきっと怒るだろう。俺に絶望して、口もきいてくれなくなるだろう。自業自得だ。
「じゃ、俺帰るな」
いつもの場所まではまだ少しあったけど、俺は踵を返してマリアと別れた。ポケットから携帯を取り出すと、マリアに追いかけられないよう、話しかけられないように着信が来たふりをして携帯に向かって「もしもし?」なんて話をし始める。
そうだ。
そろそろ潮時なんだ、きっと。
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