第4話
私は足早に去っていくカズ君の後ろ姿に声を掛けたかったけど、すぐに携帯で電話を始めてしまった彼に、声をかけられなかった。
その時、ポロっとカズ君のポケットから何かが落ちた。カズ君は気付いてない。
私は遠くなっていくカズ君の後ろ姿をしばらく見送った。振り向いてくれないかな、って思ったんだけど、一度も振り返ってはくれなかった。
カズ君のポケットから落ちたものを、拾うと、水族館の売店の小さな紙袋。いつの間にお土産なんか買ってたんだろう。
お土産? 誰に?
「もしかして、私に……?」
テープが張ってないお土産袋の中身が気になって、思わず中を見てしまう。中からコロンと出てきたのは、
「……指輪?」
可愛い、イルカの形をした銀の指輪だったのだ。嘘、これって私に……?
クラゲの水槽。
カズ君があの話を知ってるかなんてわかんないけど、あの水族館のジンクスは有名なんだよ? クラゲの水槽で愛を誓い合う。そしたら二人はずっと一緒だって。
私、カズ君がクラゲの水槽に行こうって言った時、それを思い出した。もしかして、改めて告白されるのかもって思ったら、すごく嬉しかった。嬉しかったんだけど、でも…、
私、嘘ついてカズ君と付き合い始めた。だけどさ、今はもう、本当にカズ君が好きなんだよ。優しいとこも、いつも私を笑わせてくれるとこも、みんなみんな大好きで。
でも、カズ君は死んじゃうんでしょ?
私、カズ君がいなくなるなんて、嫌だよ。
一緒にいればいるほど、もっと一緒にいたい、って、手、繋いだり、ぎゅってされたり、これからもずっと一緒にいたい、って。望めば望むほど、怖くなっちゃって。
なんで指輪なんか買ったんだろ。これって私に、だよね? まさか別の誰かに、じゃないよね? もしかしてあの水槽で……え? まさかね?
私は嬉しさと悲しさとで頭がごちゃごちゃになってしまう。
ねぇ、私のこの気持ち、どうしてくれるのよぉ!
*****
それから約一カ月、カズ君はまるで付き合ってたのが嘘だったみたいに、私と二人で会うことをしなくなった。
一カ月だよ?
これって、もう私たち別れたってことなのかな? あの日の告白……彼女になって、ってやつはナシになったってことなのかな?
私はなんだか落ち着かなくて、何度もカズ君に話しかけた。一緒に帰ろうって誘ったり、お休みの日に誘ったりした。でもはぐらかされたり断られたりで、なんだか心が折れそうになって…。
「ねぇ、マリア最近元気ないよね?」
私に声を掛けてくれたのはクラスメイトの佐倉真奈。面倒見がいい、姉御肌の彼女は、いつも一緒にふざけ合う仲だった。
「そう……かな?」
「そうだって! なんかあった? ね、私でよければ話、聞くからさ」
わかってる。
きっと真奈だったら親身になって聞いてくれるって。でも、約束しちゃったんだよ、カズ君と。病気のことは誰にも言わないって。だから話せない。
「ありがと。最近暑くなってきたから、夏バテなのかなぁ」
へへ、って笑って誤魔化そうとしたんだけど、真奈には通じなくて。
「我慢、してるでしょ?」
その一言で、私、泣き出しちゃったんだ。
真奈はビックリしたみたいで、急におろおろし始めちゃって。私は私で、泣いてるところみんなに……カズ君に見られたらヤバいって思ったから、二人で教室を出て屋上に続く階段の踊り場に移動した。
「どうしたの?」
真奈が優しく聞いてくれる。
私は、カズ君の病気のことだけは言うまいと、話を少し端折って真奈に聞いてもらったんだ。
「私、好きな人がいてね、その人も私を好きって言ってくれてて。でも、この一か月、急に避けられるようになっちゃって」
「はぁ? それなによ? 両思いだってことは、付き合ってるってこと?」
「えっと、少し違くて。私最初は別の人が好きで、でも相談とかしてたらその人に告白されてね、一緒にいるうちに段々、その、」
「ああ、傾いちゃったのか」
真奈が腕を組んで大きく頷いた。
「そういうことってあるよね。だって人間だもん」
どこかで聞いたフレーズだな。
「で、マリアはその人に好きって言ったの?」
「……言ってない」
「じゃ、その人はマリアが自分を好きって知らないの?」
「うん」
「なぁんだ! じゃ、簡単じゃない!」
「簡単?」
「そ。その人にちゃんと好きって伝える!」
だよね。
やっぱそうなるよね。
でもさ…、
「いつか別れるとしても?」
「はぁ? そんなこと心配してたら恋愛なんかできないじゃない! マリアは明日世界が滅びるかもしれないって考えたことないの?」
「へ?」
急に真奈が変なこと口にするから、私、変な声出た。
「あのねぇ、人間なんていつどうなるかわかんないって言ってるの! 今、好きだって気持ちがあるんだったら、それを伝えなきゃ絶対後悔するよ? 違う?」
ああ……、
確かにそうだ。私、自分は死なない前提で考えてるけど、私だっていつどうなるかわかんないじゃない。カズ君みたいに病気になったり、ううん、事故に遭ったりするかもしれないんだ。いつ死ぬかなんて、誰にもわかんないんだ。
「真奈……ありがと」
私は覚悟を決めた。
そうだ。ちゃんと伝えよう。今の私は、カズ君のことが好きなんだ、って。
「うん、よかった」
笑顔になった私を見て、真奈は満足そうだった。
「で、マリアの好きな人って、新村一樹?」
「ふぇっ? な、ななななんで?」
ドンピシャすぎて焦る。
なんで真奈、わかったの!?
「当たりか。だと思ったんだ~。ちなみに新村君、マリアにゾッコンっぽいよね」
「え?」
「気付いてないの? 新村君、いっつもマリアのこと見てるじゃん。この前体育の時さ、マリアがリレーで転んだじゃない? あのときなんかもう、すっごい心配そうにしてたんだよ? マリアが保健室行った後、私声掛けられてさ、大丈夫だったのか、って!」
「ひゃぁぁ」
顔が赤くなるのが分かる。
そっか、私のこと、気にかけててくれたんだね、カズ君。
「告白するの?」
真奈がにまにましながら聞いてくる。
私は、拳を握り締めた。
「する! 明日世界が終わっても後悔しないようにする!」
「そうこなくっちゃね!」
なんだか壮大な感じになってきたけど、私は覚悟を決めたんだ。
もしカズ君が死んじゃうとしても、カズ君の一番近くにいるのは私じゃなきゃ嫌だ!
他の誰かじゃない。私じゃなきゃ嫌なんだ。
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