第22話

side 冥竜


 白くてまばゆい光に目を細める。地面に差された剣は跡形もなくなっていた。何も無いはずの空中を掴むと、彼は引き抜いた。まるで


 私とアルドは揃って胸を拳で叩く。紫と白の魔力が空中を舞う。あの剣は今の状態で受けたら死ぬ、そう思わせるほど、あまりにも殺意が高い。


 身体が作り変えられているのがわかる。全身が鱗に覆われて角もさらに伸びる。背中からは自分の身長と同じくらいの翼が生え、呼吸する度に口から紫色の魔力が漏れる。


 私もアルドもかろうじて人間の形をした竜となる。これが第3段階だ。


「若き竜の2人よ、やっと本気を出す気になったな。その状態で理性を保てているのはすばらしい。推して参る!」


 まるでオーケストラを指揮しているかのように、レイモンドは腕を振るう。その度に見えない衝撃が私たちを襲う。

 しかし私達も第3段階、安定して解放できる限界まで力を出してる。これしきではやられない。本物の龍は気高く美しく、そして強い。


 自分たちが目指す龍たちを思いながら攻防を続ける。最早私とアルドの間に言葉は無かった。少年Kの助言があるからか、お互いが次になにをしたいかが動きから伝わってくる。


「いい連携だ。普通の騎士団の連中も相手にできんなこれは。」


 彼が剣を縦に構えて腕を上げる。竜の2人が知る由もないが、まるで剣道の面を打つ直前のような構えに、2人は警戒を強める。


「無いはずの剣が見える。」


 私は言葉を小さくこぼす。彼の手にまるで白銀でできたかのような白く光る剣が見えた気がする。


「君たちくらいなら見えるだろう。剣がなくとも、振れる。」


 そうして彼は何万回と繰り返してきたその動作を開始する。綺麗な弧を描いて振り下ろされたそれは、着地点が分かっていようと避けられない。


「昔、私と引き分けた若者が笑いながら言っていた。「これは漫画の受け売りだけど、剣は片手で振るよりも両手で振る方が強ェ」とのこと。成程、道理である。」


 さっきよりも出力の上がった魔力の奔流は私たちを捕らえて離さない。2人して腕を交差させてなんとか見えない剣を受け止めるも、衝撃は逃がしきれず足元の地面が沈む。

 不意に腕にかかっていた力が消える。


「力比べしたい訳じゃないのでね。」


 レイモンドは再び上段で剣を構える。私たちはこの隙にと彼に接近し、腕を振りかぶる。

 次に気がついた時には仰向けに倒れていた。


「抜き胴、やはり基本は佳い。」


 私たちは確かに腕を振りかぶって2方向から拳を当てようとしたはず。アルドが先刻胸を切られたように、横一文字の傷が私の胸にも刻まれていた。


「上段の構えが必ず振り下ろされる訳ではないということだ。」


 彼は私達が飛びかかった瞬間に構えを水平に変え、攻撃を避けながらその勢いを利用して剣を打ち込んだと言う。

 分かっていればいくらでも対策ができる、しかし知らないと何が起こったかすらわからない。知識でも経験でもまだまだこの階段を上り始めたばかりだと気付き、悔し涙が出そうになる。


 少年Kはあの人間離れした練度で青い花を咲かせた。そこにはとてつもない努力、執念、そして探究心があった。

 レイモンドはその気高さでもって、あの高みに登りつめた。守るべきものとはなんなのか、自分が勝ち取った力をどう使うのか。

 これまでの知識と経験を総動員して戦いに臨む姿勢は、私とアルドには眩しく、そしてあまりにも遠く映った。


「あぁ…まだこんなにも遠い。」


 涙を流しながら私が呟くと、隣から鼻をすする音が聞こえる。

 だがこれは試練、己が体力が尽きるまで食らいつかなければならない。


 なんとかぼろぼろの体を鞭打って立ち上がると、最初に出会った位置と同じ場所に彼は立っていた。

 

「これは試練。私としてはもう合格なのだが……。」


「まだ、、やれます、、。」


「その意気やよし!」


 彼はあの少年と同じように空に向かって吠える。


「聖龍殿、見ているだろう?ここで私の試練は終わりでよろしいか!この者たちはしかと耐えた!自分では勝てないと踏んだ相手にさえ牙を剥いた!」


『良いでしょう。気高さは泥臭さの中から生まれるもの、超えなければならない壁を見たならそれは僥倖。あの小竜だったあなた達がここまで精神的に成長していること、悔しさで涙が流れるほど努力を積み重ねたことを嬉しく思います。』


 レイモンドの後ろに白銀の龍が姿を現す。聖龍は翼を広げると、私たちの前に2つの箱を置く。


『よく頑張りました。これは私とレイモンドからの贈り物。あなた達なら使えるでしょう。ここで私の試練は終わり。また後で会いましょう、祭りはまだ続きますよ。』


 目の前に置かれた箱を開けると私には新しいランスが、アルドには新しいハンマーが入っていた。銀の意匠が施された武器は、初めから私たちに使われるために生まれたかのごとく、手に馴染んだ。


「君たちはよく耐えた。だが今までの全力じゃこの先は厳しいだろう。この後に待ち受ける2人は…私の見間違えでなければ、500年前から考えるとありえない組み合わせだ。骨の髄まで楽しんでくるといい。」


 そう言うと、彼と聖龍は姿を消した。残された私たち2人は、へなへなと尻もちをついてへたりこんだ。

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