第21話
side 冥竜
森を進んでいくと断崖絶壁の前に1人の男が佇んでいるのが見えた。あの壁を超えれば最終地点に着くはずだ。
さっきの少年と違って、髭を生やした壮年の男性は両手剣を地面に刺し、静かにこちらを見つめていた。
「ここまでよく来た、と言うべきか。こんなところまで来てしまったと言うべきか。」
彼は髭を風にたなびかせながら剣を抜く。一般的な両手剣のはずが、今の位置から前に踏み出せない。あの間合いに入れば命は無いと本能が告げていた。
それはアルドも同じなのか肌が粟立っている。すぐにでも攻撃しなければという危機感と、安易に攻撃すれば一瞬で葬られるという理性が頭でぶつかっている。
「名乗るのが遅れた、私はレイモンド。聖龍から選ばれてここに来た。これが本当の戦でないことは分かっているが、やるからには本気で君たちを倒そう。」
そう言うと、剣が振り抜かれる。スキルも魔法も使わないただの一振り、されど空気が震え地面が鳴る。まるで龍のブレスを間近で見たかのような衝撃が私たちを襲う。
レイモンド、その名前と彼の着ている鎧である伝説を思い出す。
ーーー
500年前、ある男がいた。男は毎日剣を振っていた。雨の日も風の日も嵐の日も、空にワイバーンがひしめく日も、大きなイノシシが地上で暴れた日も、王都で祭りが行われる日も、新しい王女が生まれた日も、変わらずに剣を振り続けた。
男はこの世界でも剣の道を極めたいと願った。現実世界では最盛期の力を出せなくとも、この世界でならばそれができる。
来る日も来る日も強者を求めてさまよった。新しい猛者と戦う時には年甲斐もなく心が踊った。
男はその腕を見込まれ、王国騎士団への入団が許された。当時の団長は剣の腕は自分より低かったが、なにより人柄で勝てないと男は思っていた。
騎士団に入団して数年、団長が引退を発表した。なんでも孫ができたそうだ。あちらの世界に孫がいる男からすると、納得できる話だった。
ある日、団長に飲みに誘われた。そこでは今までの騎士団の話はもちろん、これからの話を沢山した。守るべきもの、守れなかったもの、気がつけば彼の志に賛同し、男は次期団長を引き受けていた。
団長に就任してから、彼は騎士団が守るべきものについて考えた。王か、国民か、国の土地か。いいや違う、全てである。この国全てを、ありとあらゆる害から守るのである。それが王国騎士団としての在り方なのだと。
そうして彼が団長となってから、モンスター及び魔族との抗争で、彼が地に膝をついたことは1度もなかった。
その男は常に銀色の鎧を身にまとい、どこにでもあるような剣1本でありとあらゆる敵からこの国を守った。人々は彼を「剣聖」と呼び、敵からは憎しみを込めて「王の守護者」と呼ばれた。
ーーー
「王の守護者……。」
「その名前を500年経った今聞くとは思わなんだ。君の想像通りだったか?私は。その称号は口にするにはあまりにも重いものだ。」
そう言うと自然な動作で剣を振り上げる。恐らく何万回と繰り返されたその仕草は、まるで芸術だった。
朝露が葉から滑り落ちるように、緩やかな弧を描いて振り下ろされた剣は私とアルドのちょうど間を捉えていた。
横飛びに避けたアルドへとレイモンドが迫る。なぎ払われた剣をアルドはハンマーで防ぐ。
金属同士がぶつかり合う音がするかと思いきや、彼はそのまま剣を振り抜く。
「なっ!!」
アルドが声を上げる。よく見ると彼の身体に横一文字の傷がつき、血を吹いている。
「アルド!」
「来るな!まだこいつの間合いだ!」
アルドは身を捩らせて無理やり間合いから離れる。彼の身体は白銀の魔力で満たされ、口からは牙が、尾てい骨あたりから尾が生えていた。
彼が構えていたハンマーは音もなく2つに断たれていた。
「切られる瞬間に力を解放して浅く済ませたか。見事!」
レイモンドは剣を振って血を飛ばすと身体の緊張を解いた。
アルドが突発的にとはいえ1段階目を解放したのに合わせて、私も力を解放する。体が黒と紫の魔力で満たされていく。頭がぼーっとして龍としての本能に食われそうになる。
衝撃を理性で殴りつけて平静を保つ。
アルドの体勢が整うまでは私がレイモンドを相手にする必要がある。私はランスを構えると彼らの間に滑り込んだ。
「次はお嬢さんかな。行くぞ!」
レイモンドは剣を腰に佩き、右手を柄にかけたままの姿勢でこちらを見ている。
動けば斬られる。そんなイメージが頭に浮かんでは消えていく。それでもこれは試練、自身の恐怖心すら押さえつけられないで、何が龍か。
果たして初めに動いたのは彼の方だった。ゆっくりとこちらへ近づくと、目にも止まらぬ速さで剣を抜刀しそのまま振り抜く。
受ければ武器が真っ二つになる。そう考えた私は飛び上がると彼目掛けてランスで突きを放つ。
振り抜いた直後とは思えないほどの速さで彼は身を翻すと、剣の面を使ってランスの矛先を逸らす。力の行き場を無くした私の脇腹はがら空きで、彼は的確にそこを剣の柄で殴る。
一瞬呼吸ができなくなり、目の前がチカチカする。たった1度の立ち会いでここまで力量差を分からせられる。これが伝説……。
追撃を警戒し、私はアルドの元へと下がる。
「本当にとんでもない人間ばかりだね、アルド。」
「これと戦っていた魔族も相当だよな。」
先程の傷から回復したアルドは真っ二つになったハンマーを一瞥すると短く息を吐く。
「お気に入りだったのに、残念だ。さっきのやつは俺たちを待ってくれていたがこいつはそうもいかねぇ。力を隠してる暇はねぇな。」
「全力でいかないと負けるね。」
そう言うと私は自分の腕に噛み付く。竜の力の解放は段階を踏む必要がある。
自分自身の身体が龍に近づく感覚を覚えて、アルドを見やる。何も無かった頭から角が伸び、瞳孔が細くなっていく。
第2段階の解放では私たちは武器を捨てる。爪が長くて持つことができない。しかし、そこらの鎧ならば簡単に切り裂ける爪と、攻撃力の底上げとして申し分ないほど頑丈な牙がある。
私は四つん這いの姿勢から、レイモンド目掛けて飛びかかる。先程よりも彼の剣が見える。爪で剣を掴むとそのまま体を捻って蹴りを試みる。
視界の端でアルドも飛びかかっている。この程度の攻撃で彼を攻略できたとは到底思えないが、ダメージくらいは入れられるはずだ。
「動きは良くなったが、それだけだ。」
レイモンドはあっさりと剣を捨てると、アルドの腕を掴み上げて背負って投げる。私は一瞬呆然とした。まさか剣聖が剣を捨てるなんて思わない。こと戦いに置いてはその一瞬の価値は重い。
両手が空いたレイモンドは剣を掴んだままの私に足払いを掛け、顔目掛けて拳を繰り出す。
組み伏せられた私は、顔を逸らしてすんでのところで拳を避ける。竜としての身体能力に物を言わせて無理やり拘束から抜け出す。
「人の形を取りながらも力は格別だな。だがこの世界、力だけでは生きていけないものだ。……未来ある若者たちよ、少しだけ年寄りの昔話に付き合ってくれ。」
そう言いながらも彼は攻撃の手を止めない。私とアルドは再度彼の攻撃をしのぎながらも、反撃の一手を狙う。
「私が団長になりたてのころ、1人の若者が騎士団の門戸を叩いた。その若さゆえか団員は彼を見くびっていたが、私は相対した瞬間に手の震えが止まらなかった。身に纏う魔力が、その使い方が常人のそれではないのだ。」
迫り来る剣を私がいなせば、アルドがレイモンドに向かって牙を剥く。彼はまるで演舞のようにそれらをかわしていく。全ての攻撃、防御が1本の線で繋がっているかのような動きは、まさに芸術的であった。
「その男は私を見つけると人の良さそうな笑顔で勝負を挑んできた。負けるわけが無いと、私以外の全員が思っていただろう。しかし結果は引き分け。私も彼も一歩も動けずにその場で倒れた。」
レイモンドの剣が頬を抉り、振り下ろされた余波で肌が削れる。しかし不思議なことに、死ぬことの恐怖はなかった。
「なんかいつもより龍の本能が抑えられてる気がしない?」
「だよな、身体に馴染んでる気がする。」
本人たちは何となくでしか気がついていないが、先程黒龍から受けた癒しのブレスは彼らの龍化を補助する力があった。
レイモンドの語りは続く。
「私を倒した彼は言った。力はもちろん必要だが、大切なのは使い方だろ、と。あぁそうか、この力を手に入れたのは確かに私だが、使い道を決めるのも私なのだと。そこで私は彼を騎士団に招き入れ、共に研鑽に励んだ。そして騎士団の者だけが使えるスキルを創ったのだ、ありとあらゆる敵を屠り、この国を守るために。」
「簡単に倒れてくれるなよ。少年Kも言っていたが、やはり500年振りに戦り合うのは心が高ぶるものだ。」
「王国騎士団流剣術 《
私たちは目の前の男から大量の水が押し寄せる様を見た。そして呑み込まれる直前に、波の奥から鈍い光がこちらに迫ってくるのを。
なんとか繰り出される剣に食らいつく、もう何が何だかわからない。幻術系の魔法ではないだろうし、先程見た波はなんなのか。
「これもしのぐか!龍の力、侮れないな!」
レイモンドは嬉しそうに剣を振っている。第2段階まで解放しておいて防戦一方なんて苦々しいにも程がある。こっちは2人いるはずなのに、攻撃の糸口を見つけようにも思考を剣への対応へ持っていかれる。
「まだまだいくぞ、これくらいで倒れていては最後の2人は倒せんな。王国騎士団流剣術 《
レイモンドが剣を横に振ると、雷が鳴り響くかのような轟音をたてる。龍のブレスかのような金色の光がゆっくりとなぎ払われていく。本当にあれは剣なのか。
私たちは受け流すことを諦め、空中に飛ぶことで光の束を避ける。あれを食らったら一溜りもないだろう。
すると目の前ににやりと笑ったレイモンドのかおがあった。
「空中は自分たちの領域と思ったか?甘い。」
地面を蹴ってこちらに近づいたであろう彼の剣が私たちに迫る。しかし、やはり空中の覇権は人間に譲れない。
私は伸びた爪でその剣を受け止めると牙で彼に噛み付こうとする。彼は剣を軸に身体を回転させて避ける、がしかし、空中では踏ん張りが効かないからか体幹が不安定になる。
「アルド!今!」
「わかってる!」
アルドは彼に近づくと拳を握り、パンチを打ち込んでいく。刹那、彼が吹っ飛び地面へ叩きつけられる。
「この私が傷を負うとは。久しい感覚だ。」
先程より幾分汚れた彼は、楽しそうに笑っていた。
「さて、せっかくの祭だ。竜と相対してこちらも力を隠していては興ざめというもの。ここからは本気だ、そちらの2人も力を惜しまぬよう。」
そう言うと彼は出会った時と同じように地面に再び剣を差すと、柄に手をかざした。
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