第19話

side 冥竜


「この人、ふざけてるのに強い。」


 目の前にはロストウェポンである「魔導銃」を2丁構える少年が薄ら笑いを浮かべながら立っていた。父から試練の内容を聞いた時は楽勝だと思った自分を殴ってやりたい。


 人間相手に10連戦、最後には2 vs 2と聞いた時には気が抜けたものだ。未だ龍ではない竜だとしても、流石に人間相手に苦戦することはないと踏んでいた。それがたとえ、龍たちが選んだ人間だとしても。

 近場のフィールドボスで戦闘の調整した時も衰えを感じなかったはずが、少年相手に天竜と2人で苦戦している。


 思い返せばこれまで倒してきた7人は正直そこまで強くなかった。確かに街にいる人間から比べれば強いのだろう。しかしそれも騎士団にいるようなレベルにとどまっている。しかも試練は天竜アルドと2人で戦える。

 幼馴染の私とアルドはよく一緒に遊んだものだった。攻撃を仕掛けるタイミング、お互いの弱点も強みもよく知っている。それでもなお、目の前の小さな少年を突破するには至っていない。

 自らを少年Kと名乗った彼は笑顔を貼り付けたまま話し出す。


「こんなもんかい?竜ってのは。500年前の人間の方がよっぽど怖かったよ。」


彼は銃を1つしまい、両手持ちで構える。まるでお前たちには1丁でいいと言っているかのように。


「まだまだやれます!行くよ、アルド!」


「あぁ!」


 私はランスを、アルドは大きなハンマーを構えて突撃する。私たちの武器はどちらも大きく、故に攻撃が読まれやすい。

 小回りの効く彼はそこを上手く突き、ほとんど攻撃を躱していた。私のランスによる突きとアルドのハンマーによる振り下ろしが同時に彼を捉えた……かのように見えたが、半歩ズレた位置で彼は笑っていた。


「確かに当たったと思ったけど…。」


「でも俺のハンマーに手応えはなかった、なんで」


 不思議がる私達を見ながら少年Kは微笑む。


「半歩横にズレただけ、君たちは自分のタイミングが完璧だと思ってるようだけど、ほんの少し、ほんの少しだけアルドくんの方が早いんだよ。本当にこの程度なんだったらこの先は地獄だよ。さっき僕の後の3人をチラッと見たんだけどね、」


 彼は再び銃を構えると撃鉄を起こす。彼の手に青い光が集まったかと思えば、魔導銃に吸われていく。


「3人のうち2人は知ってるやつだったよ、あれは正真正銘のバケモノ。僕なんかは100回やって1回勝てたらいいほうさ。」


 彼の指がトリガーに掛かり、動いた瞬間私とアルドは上に飛んだ。私たちの下を2発の弾丸が木々の間を跳躍しながら円を描いて飛んでいる。


「お、よくね。」


 そう、あの弾丸は私たちを狙ったようで狙っていなかった。数回跳弾を繰り返した弾丸は、丁度私たち2人がいた位置でぶつかると青い光を放って消え去った。どれほどの計算をすればあれほど正確な射撃ができるのか想像もつかない。


 私たちは地面へ降りると互いに顔を合わせて頷く。お互いに力を解放しないと勝てないと理解したのだ。私たちは竜の力を3段階解放できるが、それ以上は安定しない。それゆえ龍に成れないのだ。ここまでの試練は今の状態で勝てたが、流石にもう無理だ。


「ほらほら、出し惜しみはなしだよ。ここで脱落するのは勿体ないだろう?」


 少年は楽しそうに笑う。

 彼の言うようにこんなところで負ける訳にはいかないのだ。父の期待に応え、冥龍の名をいただくまであと少しのところまで来た。自分の出せる力は全て出さなければ、父に、何よりもここまで修行を積んだ自分に申し訳が立たない。

 

 アルドも私も力を1段階解放する。八重歯が伸びて牙になり、尻尾は伸び、そして首元が鱗に覆われる。

 少年は心底楽しそうに笑う。


「すごいすごい!尻尾が生えるのキュートでいいね!魔力の出力も段違いじゃないか!」


 彼はいつの間にか両手に構えた銃を弄びながら嬉しそうに語る。


「おい、手の内見せる前に片をつけるぞ。」


 アルドはやる気十分のようだ。


「えぇ。彼もまだ本気を出していないでしょう、本気でいきましょう。私たちはまだこんな所で終われない。」


 さっきとは段違いの速度で彼に接近する。先程の貼り付けたような笑みではなく、口元をニヤリと綻ばせて彼も動く。


「遅いぞ!今度は避けられないだろ!」


 アルドが魔力を乗せたハンマーを振る、それに合わせて私もランスで突きを放つ。この一撃で決めるつもりだ。

 少年は両手の銃をクロスさせてハンマーの持ち手部分を絡めとると、私に銃口を向ける。


「ばん!」


 この銃弾を避けるために身を屈めれば、私の突きは防がれるだろう。ここは肉を切らせて骨を断つ。渾身の突きは果たして、私の肩の風穴と引き換えに彼に届く。

 彼は驚いたように目を丸くするが、その表情も一瞬、元の笑顔に戻る。


「やるじゃん。やっと戦い方が分かってきたみたいだね。」


 アルドは力任せにハンマーを取り返すと連撃を放つ。彼がいくら手に《身体強化》を掛けていようと、竜の攻撃を何度も防ぐには至らない。少しずつ彼にダメージが蓄積されているようだ。

 攻撃を続けること幾時が過ぎたか、彼が距離をとる。私もアルドも力を解放しているとはいえ無傷とはいかない。跳弾や正確無比な近距離射撃はどこまでいっても脅威である。

 彼は空を見上げて話し出す。


「どこで見てるか知らないけど、僕に課せられたミッションは成功しただろう?黒龍。」


 その言葉を聞いて初めて確信する、彼はあの黒龍に選ばれた人間なのだと。道理で強いわけだ。黒龍は龍の中でも気性が荒く、闘いを好む。

 彼はこちらへ向き直るとボロボロの身体でそれでも銃を構える。2人がかりだとこのままいけば彼を倒せるだろう。気を引き締め直して私たちは武器を握りなおす。


「いいかい、よく聞きなよひよっこ竜のお二人さん。君たちは7人もよく倒した。賞賛に値する。このまま続ければいずれは僕も倒せるんだろう。」


 彼は言葉を切ると、深呼吸をして静かに口を開く。


「僕は元々1 vs 2が苦手なんだよ。それに、しっかり試練の役割を果たしたと思ってる。だからここからは特別に見せてあげる。これは試練と関係ないけどね。」


 今度は上空でも私たちでもない虚空を見つめて彼は声を張り上げる。


「500年前の僕を知ってるフロンティアのバカども!聞こえてるか!見てるだろお前らも!久しぶりだな!」


 フロンティア、その言葉に聞き覚えがある。私たちが生まれるずっと前、人間と魔族が争っていた時代にいた異端児たちの呼び名だ。その伝説の幾つかは今でも語り継がれており、どれも狂ってるとしか言いようがないものだった。

 なおも彼は言葉を続ける。


「500年振りにやるから見とけよ!」


 こちらを向いた彼はノーモーションで銃を放つ。不意をつかれた私もアルドもそれでも弾丸を避ける。弾丸が止むタイミングで彼に近づこうとし、違和感を覚える。弾丸の雨が止まないのである。


「おいおい見てるだけでいいのかい?」


 彼は撃ち終わった銃を空中に投げると新たな銃を取り出し射撃を続けていく。先程の正確無比な射撃とは打って変わって、マシンガンのように魔力の込もった弾をばらまいていく。


 青い光が彼を中心に飛び回る。まるでそれはひとつの大きな花のようであった。


 私とアルドは誘われるかのように青い花に近付く。何とか弾丸をかいくぐって彼に攻撃を仕掛けるが、それすらも防がれる。よく見ると、撃ち終わった銃は光を残して消えていく。


「新しい銃を作り出した瞬間に魔力を込めて撃ってるの…?」


 常識では考えられない。どれほどの魔力操作の練度があれば可能なのだろうか。少なくとも自分は一生かけてもできない。


「人間はね、こんなにも馬鹿げたことができるのさ」


 楽しそうに声を上げて笑いながら、なおも彼は舞うのを止めない。力を解放していなければ私とアルドは一瞬で大敗を喫していたであろう相手に、それでも挑む。


 振り下ろし、突き、なぎ払い、打つ。どれほど攻撃を続けても届かない。彼は満足そうな顔をすると声を上げる。


「そろそろ僕も魔力が尽きそうだ。今度は試練じゃなくて1人の人間として君たちと戦えたらいいな。」


 魔力が少なくなったのか先程よりは少しは数の減った弾丸をくぐり抜けて彼へと接近する。基本に立ち返り、アルドの攻撃のタイミングをしっかりと見る、あぁ確かに。確かに私がほんの少しだけ遅かったんだ。

 初めて会った時のようなわざとらしい笑顔はもうなく、少年Kは楽しそうに笑う。


「合格だよ、ひよっこ。これから先の地獄を楽しんでくるがいい。ところで君たちは黒龍のブレスを見たことがあるかい?」


 至近距離で私のランスとアルドのハンマーが彼を捕える瞬間、彼の銃口は間違いなく私たちを捉えていた。《ウェポン・クリエイト》で作られた魔導銃ではなく、オリジナルのそれはスキルの青い光ではなく、見たことの無い黒い光を纏っていた。


「冥土の土産だ、食らっていけよ。《黒龍砲》」


 彼の人差し指がトリガーを引くのと私たちの攻撃が彼に届くのは同時だった。

 銃口からは深紅の炎が吹き出し、私たちの半身を焼いていく。


 ポリゴンとなって消えかける彼は拍手をする。


「お見事!あとは任せたよ、古い古い騎士団の2人。」


 静かになった場所で私たちは尻もちをつく。アルドの左半身と私の右半身は炎に飲み込まれたせいで真っ黒になっていた。一息つくと空から龍が降ってくる。


 大地を震わす声で、黒龍は声を上げる。


「ここまで成長していたとは思わなかった。あの生意気な少年の願いだ。お前たちに癒しがあらんことを。」


 先程に似た炎が私たちを包み込む、しかし焼けるような痛みはなく、むしろ心地よい暖かさに包まれる。

 焼けたはずの身体だけでなく、彼の弾丸による傷や使いすぎた魔力も回復していく。


「これは試練。お前たちは私の前で結果を出して見せた。あと3人、倒してみせよ。」


 そう言うと黒龍は空へと飛び立って行った。

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