第15話
ライラと夜の商業区を回った日から数日後、俺は1人でデュオルから少し離れた森にいた。エリアの名前は「黒い森」となっており、その名の通り黒褐色の木々が乱立している。はじまりの街からウノスに続く道中にあったさわやかな森と違い、こちらは不気味な様相を呈していた。
この数日でワールドクエスト「龍の伝承」についての情報もぽつぽつと出回っていた。龍にはそれぞれ属性があり、人里離れた場所に稀に姿を現す。近くにいる人間はイベント戦として彼らと戦うことになり、条件は判明していないものの一定のラインを達成すると龍から「贈り物」が貰えるそう。それは龍の素材だったり、龍関係のスキルだったり、称号「龍の友」だったりと様々らしい。
「龍の友に関しては俺も持っているが、竜の里ってなんなんだ本当に。竜祭に関係あるのは確かだろうが。」
ただ、ネットのどこを探しても俺のステータス欄に燦然と輝く「冥龍の息吹」や部位欠損のバッドステータスは見受けられなかった。あれは果たして通常イベントだったのか怪しいところだ。
さらに龍達は突然やってきて戦闘開始、戦闘が終わると飛び去っていってしまうらしい。そう考えるとゼノはやはり異質である。戦闘開始の時こそ口を開かなかったが、いやブレス吐いてるって意味では口は開いてるんだが、無限にパリィした後はぺらぺらと喋ってたしな。
俺は黒い森を進む、不自然な程にモンスターが出現しないで知られるこのエリアは、フィールドボスすらまだ見つかっていなかった。
特に行く宛もなく彷徨っていると不意に視界が開けた。黒い森には似つかわしくない静謐な泉が姿を見せる。
「不気味なフィールドにこんな綺麗な場所もあるんだな。」
迷わずスクショを撮っていく。そういえばイベント告知でフォトコンテストもあったっけか。
写真と言えば妹はどうしてるだろう。うちの妹は高校1年生で写真部に所属している。風景を撮るのが好きで、休日はよく外に遊びに行っているらしい。SNSで妹らしきアカウントを見かけた時、フォロワー数が3万人くらいいてびっくりしたのを覚えている。
この世界は戦場とか無さそうだし写真映えするところも沢山あるだろうなぁ。
と、家族のことを考えながら以外にも大きい泉を散策していると茂みの奥に人の気配を感じる。
茂みをかき分けながら進むと、脚を押さえながら座り込む騎士風の人間が見える。反射的に頭を確認したが、角は生えていないようだ。魔族じゃないな。
どうやら怪我をしているようで動くのも辛そうだ。NPCかプレイヤーか分からないが、一声かけておくか。
「おい、大丈夫か。」
そいつはうめき声を上げながら蹲るばかりで返事はない。
俺は近づくと様子をうかがう。やっとこちらに顔を向けた彼女の目は綺麗な赤色をしていた。
「すまない、脚をやられてしまってね。この泉には癒しの力があると聞いてここまで来たが、もう少しのところで転んでしまったんだ。」
綺麗な脚に目をやると、たしかに縦長に三本の傷が入っていた。このゲームの傷エフェクトは本来赤色のはずだが、彼女の傷は紫色に光っていた。この色に見覚えはあるものの、依然思い出せない。
「そこの泉だろ、手を貸す、と言っても右手しかないが。」
俺のスーパー片腕ジョークを飛ばす。このゲームで俺にしかできないジョークだからな。笑えよ。
「は、はは……。ありがたくお手を借りるね。」
「おい、引き笑いするんじゃねぇよ。手伝わんぞ。」
「ごめんごめん、お願いするよ。」
俺は彼女と肩を組み泉の方まで引きずるように連れていく。縁に座るように彼女を下ろし、脚を泉につけると
淡い緑色の粒子が舞い彼女の脚を包んでいく。脚の傷は少しの赤みを残して綺麗に消えていった。
「ありがとう。君が来てくれなかったらどうしようもなかったよ。」
「いいさ、たまたま通りかかって良かった。そういえば名前を言ってなかった。俺はジンだ。よろしくな。」
「私はフィオ、よろしくね。」
「聞いていいかわからんが、どうしてこんなところにいたんだ?」
「うーん。説明が難しいんだけど、私は今修行中でもうすぐ試験があるんだ。でもちょっと無理しちゃって脚をやっちゃったんだ。治癒の泉の話を昔聞いたことがあって、それでここまで来たんだよ。」
(話しぶりからするとNPCっぽいな。)
「この森にはボスはいないのか?」
「いるよ。イビルトレントだね。でっかい木のモンスターさ。そいつと戦った時に脚をやられたんだ。呪いがあったのか普通のポーションでは治らなくて。」
「呪いか、あの紫色のは。もうボスは倒したのか?」
「うん、なんとかね。ジン、助けてくれてありがとう。試験まで時間が無いからもう行かなきゃ。」
「おう。どんな試験かわからないが頑張れよ!」
「ありがとう!またこの恩返しはいつか!」
そう言うとフィオはズボンの土を払って森の出口へと向かっていった。真っ黒な髪に紅い瞳、どこかで見た気がするんだよなぁ。
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