第7話
side ラティ
私は眼前で繰り広げられる戦闘から目が離せなかった。自分たちが2人がかりでターゲットを分散して何とか避けていた突進を、彼は槍1本でいなして見せた。
「これが、前作組……。」
前作プレイヤーと今作から始めた新規プレイヤーの差はまさに「経験」、この一言に尽きる。中でも前作のトップを走り続けたプレイヤーは魔法やスキルの造詣の深さ、操作やゲームへの理解が新規プレイヤーとケタ違いである。
掲示板やSNSにおいて、彼らトッププレイヤーは「フロンティア」と呼ばれている。
新しい魔法を作り上げるのに執着していた魔法使いクランのクランマスター、戦闘スキルはひとつも習得せずにひたすら装備を作り続ける生産協会の面々、闘技場に引き込もり対人戦を極めた戦闘狂、NPCとプレイヤーを扇動して国ひとつを丸々乗っ取るクーデターを起こした謀反人、その剣術1本で王国騎士団の団長にまで成り上がった廃人など伝説は枚挙に暇がない。
槍聖の名を冠し、戦場を数多の武器と駆け抜け、常に最前線で踊り続けた彼もまたその1人であった。
「姉ちゃん、」
ベルガが話しかけて来る。彼は人見知りがちな私の弟である。
「あの人、多分あのジンさんだよ!何回も動画で見たフロンティアの1人の!」
普段は口数の少ない弟が目をキラキラさせながら叫んでいる。
私だってあの最後の戦争の動画は何回も見た。強く、強くあの場所に立ちたいと何度も思った。
何故こんな初期の街にまだいるのか、何故こんなにまだレベルが低いのか、普通であれば身体にダメージを受けても部位が欠損することはないはずなのに何故左腕がないのか、疑問は尽きないがマギボアとの戦闘を見せられては信じるしかなかった。
片腕で大剣を振り回し、細剣の猛攻を曲芸じみた動きで避け、最後は見たこともない槍スキルで相手を圧倒する。これまで見たどんなプレイヤーよりも洗練された動きに感動を覚えたのはつい最近だ。
目の前ではなおも激しい戦闘が繰り広げられている。
マギボアから放たれる多重に展開された魔法を彼は拳で打ち消していた。
「嘘でしょ。魔法は避けるか魔法で打ち消すのが定石じゃないの…?」
よく見ると彼の手は淡く青色の光を放っている。
「あれは、スキルの光…。」
訳の分からない叫び声を上げると彼は飛び上がり、マギボアに殴りかかった。
ぼたん鍋?イノシシだから?
マギボアが暴れて牙を振り回せば、彼は避け、弾き、時には掴んでその勢いを利用して移動する。私もベルガもその泥臭くも的確な立ち回りに魅了されていた。短期間で相手の行動パターンを読み取り、自分の手札をいかに通していくか。
戦闘とは結局のところ、ダメージトレードの連続である。自分が10のダメージを受ける間に20のダメージを与えられるなら、2倍近い体力が相手だろうと倒せる。彼の技術はそのダメージトレードを極めたものだった。自分が50のダメージを受けようと、1000のダメージを通せるならその痛みを背負うことに迷いがない。
「戦闘」はかくあるべしというものをまざまざと見せつけられていた。
遂にマギボアの身体が沈んでいく。彼は素材をアイテムポーチに入れるとぶつぶつと呟きながら、こちらと近づいてきた。
にやりと片方の口角を上げたその顔は、幾度も動画で見た王国騎士団第七部隊隊長のそれだった。
「な?1人でも倒せるもんさ。」
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