第3話「それが好きってこと」

 意味が分かりません。

 どうして、ジェニーは私から逃げるんですか?

 ジェニーは私のことが好きなのでは?

 だから、キスをしたんじゃないんですか?

 それで、私も好きだよってキスをしたのに、どうして逃げるんですか?

 訳が分かりません。

 モヤモヤとした思考を抱えたまま家に帰ると、お姉ちゃんに捕まってしまいました。


「あんたさ、ジェニーちゃんと何かあったでしょ?」


「……別に何もないよ」


 目線を合わせないようにしましたが、お姉ちゃんは私の顔を心配そうに覗き込みました。


「嘘言わない、ほら、お姉ちゃんに話してみ?」


 少しだけ悩みましたが、お姉ちゃんに今日あったことを全て打ち明けました。

 すると、お姉ちゃんは「ああ……」と額に手を当て呻き声を上げました。


「何ですか、何がおかしいんですか」


「……あんた、それやっちゃってるよ」


「何がですか、女の子を好きになっちゃいけないとでも?」


 お姉ちゃんは「違う、違う」と手を振ります。


「フランスではね、ビズって言って、挨拶でキスをする文化があるの」


「? 何ですか、それは?」


 お姉ちゃんは、私の頬に自分の頬を当て、チュッと音を出しました。


「こんな感じに、ほっぺにくちびるの端を当てて、チュッって音を出すの。ほら、フィクションとかでも、フランス人は挨拶でキスするって聞いたことない?」


 じゃ、じゃあ、あのキスは好きのキスではなく、ああああ、挨拶のキスでしたの⁉︎

 そっ、そういえば、あの直前に私はジャパニーズ、パッピーニューイヤー、こんにちはを教えました。

 ジェニーは、そのお返しに、フランス式の挨拶を教えてくれようとした?

 そ、それを私は好きのキスと勘違いをして、暴走して、挙げ句の果てには、ジェニーのくちびるにキスをしてしまったと?

 そ、それはっ、それは、やってしまってます!


「あわわわわわっ、ど、どうしましょうっ!」


「はい、落ち着く」


 お姉ちゃんにほっぺをむにゅとされちゃいました。


「はにふるんへすか」


 お姉ちゃんは私の言葉にならない抗議を無視して、話を続けます。


「まずさ、今日初めて、ジェニーちゃんにビズっていうか、キスの挨拶をされたんでしょ?」


「……そうです」


「じゃあ、今まで、なんでその挨拶をしなかったか分かる?」


「そ、それは……」


 なんででしょう?


「まあ、京に入れば京に従えって言葉がある通り、日本の文化に合わせてくれてたんだよ。自分達がいつもやってる挨拶は、軽々しくやっちゃうと––––ほら、こうなるし?」


 言葉もありませんね。挨拶のキスを、好きのキスと勘違いしちゃいました。

 ジェニーがごめんなさいと言ったとは、日本の文化に無い挨拶をしたことで、私がビックリしたと思い、謝ったのでしょうね。


「……私、どうすればいいのでしょう?」


「話すしかないんじゃない? もう告白まがいなことしちゃったんでしょ?」


 しちゃいましたよ、ぶちゅうぅって。


「……私、自分が女の子が好きだったなんて思いませんでした」


「あんたは昔から、イケメン俳優とかより、アイドルとか、女優さんの方が好きだったもんねぇ」


 そうですよ、TWICEと橋本環奈ちゃんが大好きです。


「でも、それが女の子が好きって理由にはならなくないですか? 友達もTWICE好きって子多いですよ」


「ああ、それは、ほら、好きになった人が女の子だっただけじゃない?」


 そう言ってお姉ちゃんは、私の頭を優しく撫でました。


「ジェニーちゃんにさ、彼氏とか出来てさ、ジェニーちゃんがその彼氏さんとキスしてたらどう?」


 私はジェニーに釣り合いそうなイケメン彼氏を想像し、その彼氏とジェニーがキスをしている場面を思い浮かべました。


「嫌です」


 お姉ちゃんは優しく笑い、


「ほら、それが好きってことだよ」


 と私のおでこにデコピンを食らわせてきました。


「ふみゃあっ」


「あんた、ふみゃあって可愛いにも程があるよ」


 そんなの知りませんよ、勝手に口から出ちゃったんですから。


「ただね、あんたがジェニーちゃんのことを好きでも、向こうがあんたのことを恋愛対象として見れるか分からないからね」


 ……そうです、女の子同士なんて、普通じゃない。


「あんたさ、お姉ちゃんのこと恋愛対象として見れる?」


「……それは、えっと、家族だし」


「そう、家族だよね、家族は恋愛対象にならないの。ジェニーちゃんにとってのあんたも多分そう」


 そんな相手に、私はいきなりキスをしてしまった。

 ……謝っても許されることじゃありません。


「だからね、ジェニーちゃんがあんたを拒絶したら、諦めないとダメ。これは、あんたの為に言ってるの」


 私はお姉ちゃんの言った言葉の意味を考えました。

 私が何も言わないでいると、お姉ちゃんは私の頭をガシガシと揺らすように撫でました。


「まっ、どーなるかは分からないけどさ、さっきも言ったけどさ、ジェニーちゃんともう一度話さないとダメだよ」


「……それは、それは、分かってます」


 ですが、私がジェニーと話すことはありませんでした。

 連絡しても返事は無く、電話にも出ません。

 完全に拒絶されてます。

 ジェニーの家に行こうかと迷いましたが、相手が拒否しているのに押しかけるのは、流石に違うだろうと思い止まりました。

 ですが、新学期が始めれば学校で会えますので、そこで話せばいい––––と私は考えておりました。

 何を話せばいいのかは分かりませんが、そう考えておりました。

 浅はかな考えでした。


 だって、新学期の教室にジェニーの姿はなく、先生からジェニーはフランスに帰ったと告げられてしまったからです。

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