第2話「勘違いキス」

 年末になる頃にはジェニーはよく笑うようになりました。

 笑ったジェニーはとても可愛くて、明るい髪色や、キラキラとした瞳の色は、彼女の魅力をより一層際立たせており、ありきたりな表現となってしまいますが、フランス人形のように可憐でした(フランス人ですしね)。


 私は、ジェニーと仲良くなれたことがとても嬉しくて、毎日のようにジェニーとお喋りしたり、放課後も一緒に帰ったりするようになりました。


 そんなある日のことです。

 具体的には年明けに、ジャパニーズ、パッピーニューイヤー、フクブクロ、チャレンジ! なる日本文化を教えるべく、ジェニーを買い物に誘った日のことです。


「ジャパニーズ、ハッピーニューイヤー、コンニチハ、イズ、明けましておめでとうございます」


「オー、アケマシテ?」


 可愛らしく小首を傾げるジェニー。

 私はもう一度、今度はジェニーが聞き取れるように、ゆっくりと発音します。


「お、め、で、と、う、ご、ざ、い、ま、す」


「オメデトゴンチャイマス」


「イエス!」


 いいんですよ、ゴンチャイマスで。


「ネクスト、フレンドリー、明けましておめでとうございます、イズ、アケオメコトヨロ!」


「オー、アケオメコトヨロ!」


「イエス!」


 私、将来は海外で働こうかな。

 ジェニーは嬉しそうに、「アケオメコトヨロー!」と数回繰り返してから、私を見てニッコリと微笑みました。


「アー、フエンチ、friendly、ボジョー、is」


 今度は、ジェニーが私に何かを教えてくれるみたいです。

 ただ、ジェニーって、英語とフランス語の発音が良すぎて、何を言ってるか分からない時があるんですよね。

 とりあえず、フレンドリーと、イズは聞こえました。

 なので、友達の何か––––ですね。


 私の疑問を他所に、ジェニーは私に顔を近付けて。

 ほっぺに。

 私のほっぺに。

 チュッと。

 キスを。

 キスをしました。

 ジェニーは私のほっぺにキスをしました。


 ……なんで?

 なんでなんでなんでっ?

 私、私、あれ? なんで、なんで?

 私は––––頭がパニックになってしまい、その場から逃げるように走り出してしまいました。


 気が付いた時には、自宅の前まで来ておりました。

 予定よりも早く帰宅した私の姿を見て、お母さんや、お姉ちゃんはとても心配して、どうしたのかと聞かれましたが、答えることが出来ませんでした。


 ジェニーにキスをされた––––なんて、言えるわけないじゃないですか。


 ベッドで布団を被り、枕に顔を埋め、もやもやとした考えが頭をグルグルと渦巻きます。

 なんで、なんでなんでっ。

 ジェニーは私が好きなの?

 女の子同士ですよ?

 いや、確かにジェニーは可愛いけど、いきなりキスはなくない⁉︎

 最初は、デートとか、あっ……もしかしてっ、今まで二人で遊びに行ってたのは、デートだったってこと? ジェニーの中では⁉︎

 ジェニーの中では、ちゃんと場数を踏んだ上での、キスだったってこと⁉︎

 てか、好きとか、そういうの言った⁉︎

 ……あ、言ってる。


「アイラブ、ジェニー!」


 しかも、その時に抱き付いたりしてた。

 いや、でもでもっ。

 仲のいい友達なら、普通そのくらいするよねっ?

 嬉しい時とか、するよねっ?

 そう、これはいわば、ジャパニーズ、フレンドリー、コミュニケーションなんです。

 だから、その説明をした上で、なんか、そういうの勘違いなんじゃない? って伝えれば……。

 ……伝わるかな。

 コミュニケーションが取れるといっても、パッションですし。

 言いたいこと、伝えたいこと、ちゃんと伝わるかな。


 ––––そもそも。

 え、好きなの?

 ジェニーは、私のこと好きなの?


「…………むうぅぅううっ!」


 どうしよ。

 どうしよ、どうしよ、どうしよ!

 ……分かんないけど、ジェニーに好きって思われているのは––––正直嬉しい。

 だから、きっと、これは、多分、好きなんだ。

 それでいいじゃん。


 私は、スマホを取り出して、電源を入れました。

 走っている最中に、鳴り止まないジェニーからのコールを強引に鎮める為に電源を落としたからです。

 直ぐに、電話が鳴りました。

 発信元は、ジェニーです。

 通話ボタンをタップすると、私が言葉を発する前に、ジェニーの声が聞こえてきました。


「イマ、アナタニ、イエニ、イル!」


 文法はめちゃくちゃでしたが、何を言っているのかは直ぐに分かりました。

 だって、電話口と外から同じ声が聞こえてきましたもの。

 窓の外を見ると、息を切らし、胸を抑えたジェニーがいました。

 私は急いで、布団から飛び出し、玄関の戸を開きました。


 ジェニーは涙目になりながら、仕切りに「ゴメンナサイ」と口にしておりました。

 私は、「大丈夫、I'm OK ウルトラファイン!」と言ってから、ジェニーを近くの公園へと連れて行きました。

 ジェニーは何かを言いたそうにソワソワとしておりましたが、私が先に言わないといけないことがありますので、静止し––––そして、心を決め、言います。


「アイム、ジェニー、スペシャルラブ!」


 さらに。

 私は、ジェニーの口に勢いよくキスをしました。

 あまりの勢いに、お互いの歯が当たってしまい、カチッと音が鳴るという、情けないキスになってしまいましたが。

 ですが、これで気持ちは伝わったはずです。

 言葉で伝わないのなら、行動で伝えるまでです。

 キスが好きな人にする行為なのは、万国共通のはず。

 私もジェニーのことが好きなのがこれで伝わったはずです。


 しかし、今度はジェニーが私から逃げる番でした。

 あまりのスピードに私は着いて行くことも出来ず、左右に揺れるジェニーの明るい髪色は、直ぐに見えなくなってしまいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る