私とキスとフレンチガール

赤眼鏡の小説家先生

第1話「仲良くなったキッカケはマルバツゲーム」

 私には彼女が何を考えているのか分かりません。

 それは彼女が、無表情であまり笑わないとか、口数が少ないとか、そういう話でもあるのですが––––根本的な問題はそこではありません。


 ––––言葉が通じないのです。


 二学期の始まりに、私と同じ二年二組に転校して来た彼女は、黒板にカタカナで、『ヅェニー』と書き、拙い日本語で「ジェニーです、よろしくお願いします」と、小さな声で挨拶をしました。

 それ以降、出席確認以外で彼女の声を聞いたことはありません。


 最初の頃は、興味本位で彼女に話しかける生徒もいたのですが、ジェニーは話しかけられても笑顔を浮かべるだけで、しばらくすると、そんな反応に嫌気がさしたのか、つまらないと感じたのかは分かりませんが、誰も彼女に話しかけなくなりました。


 外国から来た転校生が居るクラスでは、よくある光景なのかもしれないし、もしかしたら、よくはない光景なのかもしれません。

 まあ、中学生の私にはそんなことは分かりません。

 ただ一つ分かることといえば、ジェニーはクラスで孤立してしまい、笑わなくなってしまったという事だけです。


 しばらくして、席替えがありました。クジを引いて、座席の場所を変えるというシンプルな席替えです。

 席替えの結果にクラスメイト達は、はしゃいだり愚痴を言ったりしていました。ちなみに私の結果はどうだったかというと––––愚痴を言いたい方でした。

 私の新しい席は一番後ろであり、仲のいい友達はみんな離れた前の席で、反対に私の周りは、あまり話した事がない人たちばかりでした。

 まあ一人は一回も話したことがないジェニーですけど。というか、隣ですけど。


 私は、仲良くなった人とは結構喋れる方なのですが、それ以外の人ですと、途端に喋れなくなってしまいます。

 初対面で話せる人や、誰とでも仲良くなれる人はすごいと思います。


 だから私は、休み時間の間、仲のいい友達の席に行ったりして時間を潰し、休み時間が終わったら自分の席に戻る––––みたいなことをしておりました。

 唯一給食の時間だけは、近くの人とグループを作り(大体六人くらいです)、席をくっ付けて食べないといけないため、その時間は私にとって苦痛とも言える時間でした。

 私のいとこに聞いた話では、いとこの中学校ではそういうのはなく、みんな席をくっ付けずに食べているそうです。

 別にその話を聞いた時には、そのことに対してなんとも思いませんでしたし、そっちの方がいいとも思いもしませんでしたが、今だったら、ハッキリと思います。そっちの方がいいです。


 黙々と食べる給食が、こんなにも面白くないものだなんて知りませんでしたし、嫌いな食べ物を交換する––––なんてこともありませんでした。

 少し離れた席から、仲のいい友達の笑い声が聞こえると、私も向こうの席の方が良かったと思ったものです。


 そんなある日、英語の授業の時間の事です。

 不甲斐ない話なのですが、私は英語の教科書を無くしてしまっていて、英語の時間はいつも隣のクラスの友達のところに行って英語の教科書を借りておりました。

 なので、英語授業の前は毎回隣のクラスに行って、教科書を借りるのを日課としていたのですけど、その日は少しお腹の調子が悪くて、借りに行くのを忘れてしまいました。


 それに気づいたのは、担任の先生でもある、英語の先生が教室に入ってきた後でした。

 私はこう見えて結構小心者なので、授業が始まった後に隣のクラスに行き、教科書を借りる––––なんてのはミッションインポッシブルなのです。

 どうしようかと悩んでいますと、肩を叩かれました。

 私がそちらに目を向けると、一度も喋った事のない女生徒、ジェニーが英語の教科書をフリフリと振っていました。

 なんとなくその仕草で、教科書を見せてくれようとしているのは伝わったので、私は頷いてから、ジェニーと席をくっ付け、教科書を見せてもらいました。


 そして、私は小さな声で、


「ありがとう」


 とお礼を言いました。

 このくらいの日本語なら伝わると思いましたし、実際に伝わっていたらしく、ジェニーはコクンと頷きました。

 授業が始まり、ジェニーの英語の教科書を見ると、マルバツゲームと思われる落書きがありました。

 私がそれを見ていると、ジェニーは急いで落書きを消しました。

 彼女が誰かとマルバツゲームをやっているとは思えませんし、おそらく一人で、授業中の暇つぶしのためにやったのでしょう。

 その行為をなんだか––––可愛いと思ってしまいました。私も同じことやった事ありますし。


 ––––なので。


 私はホームルームで配られた保護者への連絡表の裏に、ペンで横線を二本、縦線を二本引いて、真ん中に『○』を書いてから、ジェニーに渡しました。

 ジェニーはその紙を見てからニッコリと笑い、左上に『×』を書いて私に返して来ました。

 授業中なので喋るわけにはいきませんし、そもそも彼女とは喋ることが出来ません。

 ですが、私達は––––マルバツゲームを通してコミニュケーションが取れていたと思います。

 言葉は通じなくても、紙とペンとマルバツゲームがあれば問題などありませんでした。

 そして、授業が終わる頃には、戦場となった紙の至る所に、マルバツゲームによる激戦の証が刻まれていました。私とジェニーは、授業なんてそっちのけでマルバツゲームに興じていました。

 先生に見つからず、怒られなかったのは––––本当にラッキーだったと思います。


 このマルバツゲームをきっかけに、私はジェニーと仲良くなりました。

 身振り手振りと、パッション英語で何とかコミュニケーションを取り、彼女がフランス人であると今更ながら知りました。

 これからは、パッションフランス語が必要みたいですね。


「ボンジュール、メルシー、エッフェルトウ!」


「コンニチハ、アリガトゴンチャイマス、Mr.フジ!」


 こんな感じです。

 Mr.フジが何方かはご存知ありませんが。

 あっ、もしかして富士山ですか? 日本人は山にも「さん」を付けると思われてます?


「ノーノーノー、ミスターフジノー、マウントフジ、イエス!」


「アー、アッ、OK! Mt.フジ、OK!」


 ふっ、どーです、私の英語。

 ちゃんと伝わりましたよ。

 これなら、次のテストは百点かもしれませんね(七十七点でした)。

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