深・真相

『剛力、すまなかった。俺たちの問題に巻き込んでしまって。お前が泥をかぶる必要はない、明日の朝にでも先生達に本当のことを言ってくれ』


 そう言った部長さんと水崎マネージャー、そして念の為の石田を残して俺たちは道場を後にした。どうやらこの後話し合うそうだが、あの水崎マネージャーは話し合いでどうにかできるタマではないだろう。


 真相は明らかになった。しかし事件が解決したとは言えないだろう。


 それがわかっているからこそ俺たちに間に漂う空気は重かった。


「…………」


 タケルも何も言わず、ただただ憔悴しきっている。


 その空気の重さに耐えかねた俺は桐花に話しかけた。


「なあ桐花。結局部長さんの彼女って誰なんだ?」

「吉岡さんも知ってる人ですよ」

「え? まじで?」


 一体誰のことだ? 女子の知り合いは少ないけど全くわからない。


「漫研の部長さんですよ。本当に気づいてなかったんですか? ほら、前に言ったじゃないですか漫研の部長さんの彼氏の特徴、運動部に所属している大柄な大食いの3年生。柔道部の部長さんとピッタリじゃないですか」

「いや、それだけの情報じゃ他にも候補はいるだろうに」

「決定的だったのは今日の昼休み、漫研の部長さんが私たちに会いに来た時ですね。私たちが剛力さんのことを調べていることを聞いたっておっしゃってましたけど、それをいったい誰に聞いたんだと思います? 私たちが剛力さんのことを調べてたのを知ってるのはごく一部、それこそ柔道部関係者ぐらいですよ。多分部長さんは窓ガラスを割ったところを目撃した宮間さんから話を聞いた後、一回柔道部の部長さんに知らせたんじゃないですかね? そして部長さんはその情報を私たちに教えてくれようとした」

「ああ……そこにつながるわけか」


 随分と奇妙な巡り合わせだ。


「それに宮間さんおっしゃってたでしょう? 昨日部長は珍しく早く帰った、って。ふふふ100%、間違いなくデートのために早く帰ったんですよ。デートの詳細はぜひ聞かなきゃいけませんね」

「だからそっとしといてやれって」


 下卑た笑みを浮かべる桐花を窘めるが、多分聞きゃあしないんだろうな。そんなことを考えながらため息をつく。


「それより吉岡さん。さっきのこと説明してください」

「さっきのこと?」

「ほら、剛力さんが泥をかぶることなく、部長さんが停学になることもない考えってやつですよ」

「あー、あれか」


 ぽりぽりと頬をかく。


「実はだな……あの時はその場の勢いで言ったから特に考えはなかったていっていうか……」

「はあ!?」


 桐花が今まで聞いたこともないような大声を出した。


「吉岡さんのその考えを信じて部長さんに後を任せてきたというのに、その場の勢い!?」

「いやほら、なんか水崎マネージャーのニヤケ面がムカついて、なんとか鼻を明かしてやろうと思って……つい」

「どうするつもりなんですか!? 明日には剛力さんの処分は決まっちゃうんですよ!?」

「ああいや、こうしようかなって思ってることはあるんだよ。ただ具体的な考えが頭ん中でまとまんなくて……」


 言い訳っぽく聞こえるかもしれないが、これは本当のことだ。


「だから桐花その辺りのこと、タケルを助ける方法をちょっと相談させてーー」

「誰が助けてくれと言った」


 唐突に、タケルが声を上げた。


「誰が、こんなことをしてくれと頼んだ!!」


 タケルが声を荒げ、恨めしげな目で俺を睨みつけてくる。


「なんで放っておいてくれなかった。あのまま俺1人泥を被れば全て丸く収まっただろうが!」


 こんなタケルの姿を俺は見たことがなかった。そのことが思っていたよりもショックで、返事をすることができなかった。


 何も言えなかった俺の代わりに、桐花がタケルに答える。


「剛力さん。それは八つ当たりです」

「……八つ当たり? 違う。部長も水崎マネージャーもいなくなったら柔道部はどうなる? お前達が真相を暴かなければそんな危機的なことにはならなかっただろうが!」 

「ですが、このままでは剛力さんはあらぬ汚名を被ったまま柔道部を辞める羽目になっていました」

「どうだっていいだろ! 俺なんて、どうなっても……!」


 悲嘆に暮れたように顔を歪ませる。


 ああ、まずい。そう思った。このままではタケルは自分が窓ガラスを割ったという証言を曲げないだろう。そしてそのまま柔道部を辞めてしまう。


 考えが甘かった。タケルがここまで追い込まれていたとは。


 だが、なんと声をかければ良いのかわからなかった。なんと言ってやればタケルを救うことができるのか俺には思いつかなかった。


「ふざけないでください!!」


 鋭く打つような桐花の声。


「いいでしょう。そこまで言うなら私にも考えがあります。ついてきてください」


 有無を言わせない口調で背をむけ歩き出す。


 その小さな背中を追いかけていくと、たどり着いたのはボランティア部の部室だった。


 そして桐花は乱暴とも思えるほどに勢いよく扉を開け放つ。


 バンっ! と響く大きな音。その音に中にいた人物は飛び上がるように驚いていた。


「き、桐花さん!?」


 九条だ。


 彼女は桐花が推理を披露している間、ずっとこの部屋で待機していたのだ。


「九条? 九条がなんでここに……?」


 不思議そうな声をあげるタケル。九条は桐花の後ろにいるタケルに気づくとビクリと身をすくませる。


「おい桐花。九条のことはタケルには秘密だって……」

「もうそんなことを言っている場合ではありません。私は怒ってるんです、剛力さんにも……

「は? 九条に?」


 なぜ九条に苛立つことがあるんだ?


「さて始めましょうか。最後の謎解きを」



「最初に違和感を覚えたのは、剛力さんのスランプの原因が柔道部に空き缶をばら撒かれるという嫌がらせを受けているのだと気づいた時でした。そもそも、今回私がこの一連の事件にかかわるきっかけとなったのは、九条さんの最近剛力さんに連絡を無視されるという相談を受けたことが始まりです」

「おい、一体なんの話をーー」

「タケル、最後まで聞いててくれ」


 桐花の意図は俺にもわからない。だが、この推理は決して無駄な物ではないはずだ。


「九条さんの証言によれば、剛力さんとの連絡が途絶えたのはゴールデンウィークが明けた時くらいからとのこと、そして剛力さんへの嫌がらせが始まったのもゴールデンウィーク明けから」

「ほとんど同じ時期だな」

「そうです。それが変なんです」

「へ?」

 

 どういうことだ?


「吉岡さん、おかしいと思いませんか? 剛力さんへの嫌がらせは犯人の部活の関係上1週間に2回だけ、つまり九条さんを無視し出した時には1回か2回しか嫌がらせを受けていないんですよ? 継続的な嫌がらせでスランプになるのはまだわかります。ですがたった1、2回の嫌がらせで急に恋人との連絡を断つような真似すると思いますか?」

「……確かに」


 よくよく考えれば変だ。ショックは受けただろうが、それでいきなり人との連絡を断つような真似タケルらしくない。


「おい吉岡、一体なんのーー」

「だから黙って聞いてろって! 桐花、確かに変だがそれがどうしたんだ?」


 まだ話が見えてこない。口を挟んでくるタケルを制して桐花に推理の続きを促す。


「そして次に覚えた違和感、これが決定的でした。最初に石田さんと顔合わせをした時、許可証を取ったら秘密の恋人関係を解消するのかどうか? という話をしていた時です。あの時九条さんはこう言ったんです『色々言ってくる人に懐から許可証を取り出して印籠みたいに突きつけるのに憧れる』と」

「ああ、言ってたな。それが?」


 他愛もない世間話だっただろ?


「あの時話の主題は剛力さんが許可証を取ったら、という物だったはずです。ですが九条さんの口ぶりはまるで許可証を持っていたらという口ぶりでした」

「それはそうだが……」


 だがそもそもあれはまだ仮定の話だったはずだ。もしもの話の中で自分が許可証を持っているように錯覚してしまっただけではないか?


 そんな考えを口にしようとしたが、九条を見るとなぜか青ざめ小さく震えているのに気づいたためできなかった。


「九条?」


 問いかけるが答えはなかった。


 明らかに様子のおかしい九条を無視して桐花は推理を続ける。


「さらに、九条さんはこうも言いました。『許可証をポケットとか財布に入れて持ち歩くこともないだろうし』と。……私ですね、許可証の実物を見たことがないんです。許可証がカードのような形状なのか? それとも卒業証書みたいに大きな物なのか全く知らないんですよ。なのになんで九条さんは財布に収まるサイズのものだと知っているんですか? 自分で言うのもなんですが知らないんですよ?」


 これ以上ない説得力だった。この学園で桐花以上に他人の持つ許可証に関心を寄せる生徒はいない。


「だから私こう考えたんです。入学時に行われた学力テスト、九条さんはそのテストで上位に入ったんじゃないかと」

「おい桐花それって……」



「九条さん。あなた許可証持ってるんじゃないですか?」



 桐花の発した言葉の意味が数瞬飲み込めなかった。


「……いや、桐花。それはおかしいだろ? だって、そんなの、前提がおかしくなるだろ!」


 言葉がうまく口から出てこない。


「そもそも、九条がお前に依頼した理由は、許可証持ってないから大っぴらに自分が動けないからだっただろ?」


 つっかえながらも必死に言葉を紡ぐ。そうしないと立っていられないような気がした。


「なんでそんな嘘をつく必要が? だって、そんなのまるで……!」


 無意識に手が震えているのに気づく。


「吉岡、いい加減教えてくれ! 許可証だのなんだの、一体なんの話をしてるんだ!?」

「とぼけんな! お前は知ってんだろうーー」


 振り返って怒鳴りつけようとして、言葉が出なくなった。


 

 そこには、状況が理解できず本気で戸惑うタケルの顔があった。



「…………まさか」


 喉が干上がる。


 信じていた物全てが音を立てて崩れ落ちる感覚。必死こいて積み重ねてきたものを盤上ごとひっくり返されたような喪失感。


 辿り着いた答えは、あまりにもーー



「そうです。剛力さんと九条さんは、

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る