真相
肩を振るわせ俯くタケル。
俺はあんなに弱々しいアイツの姿を見たことがなかった。
「タケル……」
俺はアイツになんと声をかけてやればいいのかわからなかった。
今回の事件アイツに非がないことは明らかだ。アイツが学園から処分を受ける理由も、柔道部を辞める理由はない。
桐花の推理をそのまま学園に報告すればタケルは処分を免れるだろう。
だがこれでタケルが救われたと言えるのか?
アイツは自分の意思で柔道部を守ろうとしたのだ。だが俺たちの行いは、その秘密を暴こうとしたその行為はアイツの意に反するものだ。
どうすればいいのかわからない。ただ重苦しい沈黙に包まれる。
そんな時、沈黙を破るように岩野部長が声を上げた。
「……
一瞬、呆気にとられた。
この部長は一体何を言ってるんだ? タケルがあんたを庇おうとしたって話だろうが。
そう怒鳴りつけてしまいそうになったが思いとどまった。
部長さんは本気で困惑した表情を浮かべていたのだ。
「不純異性交遊? 俺と水崎が? そんなこと一切してないぞ!?」
とぼけているようには見えなかった。予想外の事態を飲み込めておらず、突如かけられた疑惑に本気の戸惑いを見せていた。
「……え?」
その様子を見たタケルも戸惑いの声を上げた。当然だタケルのやったことは部長さんが不純異性交遊を行ったことを前提としたものなのだから。
「お、俺は昨日部活が終わった後すぐに遊びに出かけたんだ。そもそも俺と水崎は付き合っていない」
それは事前に聞いていた証言だ。だが桐花の推理を聞くうちにその証言は嘘だと思っていた。だが今の部長さんを見て嘘を言っているようにも見えない。
先ほどとは違う沈黙が場を支配した。
疑惑に包まれ、お互いがお互いを探り合うような空気の中、ただ一人桐花だけは冷静だった。
「
「……な!?」
あっけらかんと言い放たれ、呆然としてしまう。
「だって部長さん他に付き合ってる人がいるんですよね? 昨日街で遊んだというのもデートだったんじゃないんですか?」
「え?」
「え?」
部員のタケルと石田が同時に疑問の声を上げた。
「な、なんで知っている!?」
「え!?」
「えっ!!??」
部長の肯定とも言えるその返事に、タケルと石田は本気で驚愕した様子を見せた。
「つまり部長さんには鉄壁のアリバイがあるわけです。部室での不純異性交遊なんて出来ませんよ」
「だ、だけどお前さっき、部長さんと水崎マネージャーが……」
「言ってませんよ。2人が不純異性交遊をしてるなんて。私が言ったのは不純異性交遊をしてしまっていると剛力さんが思った。ということだけです」
確かにその通りだ。
だが……ということはつまり。
「つまりこれはタケルの勘違いだったってことか?」
そんな話があっていいのか? アイツが自分の全てを投げ打ってでもした行いだぞ?
だが桐花は俺の言葉を否定した。
「いえ、あながち勘違いとも言えないんです。実際に窓は割れていて、限りなく怪しい状況が出来上がっていたのですから。つまりこの事件には真犯人がいるんです。窓ガラスを割ることで、部長さんと水崎マネージャーの不純異性交遊を偽装しようとした
真犯人。
この一連の事件全ての黒幕。
「一体誰が? いやそもそも誰にこんな真似ができるんだ?」
桐花の推理通り、女子更衣室の窓ガラスは施錠されていて外部からの侵入は不可能だ。道場の鍵そのものも職員室にあるものは貸し出しの記録がなく、部長さんの持つ物を使うことも不可能。
そんな中、一体誰が女子更衣室に侵入できるというのか?
「それはですね、一つの簡単なトリックで説明がついてしまうんです」
ことも何気に言い放つ桐花。すでにその謎も解けているらしい。
「まずポイントとなるのは女子更衣室の窓がどんな物であったかという点です。更衣室の窓ですからね、当然中が全く見えないようにすりガラスとなっていました。ということはですね鍵を閉めずに窓を閉め切っても、外から見た時施錠されているかどうかは全く判別できないんですよ」
「……は?」
「あとは簡単です。部活が終わった後周りに誰もいないことを確認した上で堂々と窓から潜入。中から窓ガラスを割り外に出る。おそらく割られたのは鍵に手が届くような範囲だったのでしょう。そして窓を閉め、割れたガラスの隙間から鍵をかければ犯行は完了です」
「おい待てよ桐花!」
思わず声を荒げる。
だって……そんなのありえないだろう?
女子更衣室の窓の鍵をあらかじめ開けておいただって? そんなことができる人物なんてーー
「そうです。そんなことができるのはただ1人」
部屋中の視線が一つに集まる。
今回集められた関係者。タケル、岩野部長、石田。そして最後の1人はーー
「真犯人はあなたです。水崎マネージャー」
「…………」
桐花から真犯人宣告を受けた水崎マネージャーは無言だった。
呆然としているわけでもなく、憤っているわけでもなく、ただ興味深そうな表情で桐花を観察しているように見えた。
その視線を真正面から受け止める桐花。2人の間に漂う空気は静かであったが、どうしようもないほど不気味だった。
その空気に耐えきれなくなった俺は沈黙を破り桐花に話しかける。
「な、なあ桐花。そりゃ変だろ? 自分が不純異性交遊をしているように偽装した? なんでそんなことを、一歩間違えりゃ退学だぞ」
自分から退学になろうとするなんてまともな神経でできることじゃない。
「……そうね桐花さん。どうして私がそんなことをしたのか教えてもらえるかしら」
やっと口を開いた水崎マネージャーの口ぶりはどこまでも他人事で、その様子に寒気が走った。
「先ほど部長さんにお聞きしました。水崎マネージャーは部長さんに告白したことがあると、そして部長さんはそれを断ったと」
「あら、部長意外とおしゃべりですね」
「水崎マネージャー、先ほど部長さんに彼女がいると私が言った時あまり驚いていませんでしたね。知っていたんじゃないですか? 例えば、断る口実として彼女がいると教えられたとか」
「すごいわ。その通りよ」
薄く微笑む。
「それこそが理由だと私は考えています」
「つまり何か? 部長さんを停学か退学にさせるためにこんなことをしたと?」
「そうです」
「いや……そんなの……」
まともな神経でできることじゃない。
そう言おうとしてできなかった。氷水を浴びせらたかのような空気が漂う部屋の中で、ただ1人微笑み続ける水崎マネージャーはとてもまともな神経だと到底思えなかったのだ。
「だけど、部長さんをそんな目に合わせたいのなら、部長さんに恋人をいることを学園に報告すればいいことだろ?」
部長さんが許可証を持っているという話はなかった。つまり学園に無断で男女交際を行なっているのだ。
水崎マネージャーもそのことを知っている。ならば学園に報告すれば、退学とはいかずとも停学ぐらいには追い込めるはずだ。
「わかっていませんね吉岡さんは。水崎マネージャーは部長さんに好意を持っているんですよ? 学園に無許可の恋愛を報告するということは、ある意味で部長さんが交際していることを認め、周囲にとってはその交際が事実となってしまうんです。そんなこと水崎マネージャーは耐えきれなかった。それならばいっそ、自分と部長さんが結ばれていることを
めちゃくちゃだ。とても理解できる考えではない。
だが否定できない。
何より当の水崎マネージャーが肯定するように微笑んでいるのだから。
「自爆テロ……いえ無理心中とでもいうべきでしょうか。その歪んだ恋心こそが、今回の事件を引き起こしたんです」
「それで……どうするつもりなのかしら?」
しばらくの沈黙から口を開けた水崎マネージャーの言葉は予想だにしない物だった。
「何がです?」
「真実を知ったあなた達はどうするつもりなのかしら? 学園に報告する? そんなことをすれば私は当初の予定通り部長との不純異性交遊を主張するわ」
「な……!?」
「部長さんのアリバイを証明しようとすれば部長が付き合っている彼女のことも明るみに出る。そうすれば停学は確実でしょうね。それともすべて隠してそのまま剛力くんに泥をかぶってもらう? 私としてはどれでもいいけど」
「っ! 貴女は!!」
ここまで冷静だった桐花が声を荒げる。
「人を好きになれば何をしてもいいとでも!? 想い人を陥れて、全く無関係の剛力さんを巻き込んで、そんなことが許されるとでも思っているんですか! 恋は何をやっても許される免罪符じゃないんですよ!!」
桐花の怒号に対してもその笑みは崩れない。
それを見た桐花は顔を歪める。水崎マネージャーが一歩も引く気がないことがわかったのだろう。
「……俺に考えがある」
無意識のうちに言葉が口をついていた。
「タケルが泥をかぶることもなく、部長さんが停学にもならない、そんな考えが」
初めて水崎マネージャーの笑みが崩れた。
俺を睨むような視線を向けてくるが、怯むわけにはいかない。
「あんたの思い通りになんて、何一つさせないからな」
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