目撃者


 タケルが窓ガラスを割っているところを見た。


 そう証言している宮間が俺たちが拠点としているボランティア部へと訪れていた。


 漫研の部長さんの隣に座り、にこやかに話しかけてくる。


「桐花さん久しぶり、この前はありがとね! また変な事件に首突っ込んでるんだって? 根っからの探偵気質ってやつだね!」

「…………」

「吉岡くんも、また桐花さんに付き合わされてるんだって? いやー、相変わらずすごい忠犬っぷりだね!」

「…………」

「えっと……そうそう! そこの坊主頭の君は柔道部? 君が今回の依頼人?」

「…………」

「…………。あっ! 1年の小動物系アイドルの九条さん!? 何でここにいるの? 桐花さんの友達?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 全員無言。


 気まずい空気が部室内に流れ始める。


 その気まずさに耐えきれなくなったのか、宮間がとうとう爆発した。


「もーー!! 何なの!? 何で皆無言で睨んでくるの? こっちはお呼ばれした立場なのに、何でこんな尋問されてる捕虜みたいな目で見られなくちゃならないの!?」


 宮間の言い分はごもっとも。わざわざ短い休み時間に証言をお願いして来てもらったのに、こんな扱いをされれば憤るのも無理はない。


 だがこちらの気持ちになって欲しい。俺たちはそもそもタケルが窓ガラスを割っていないという確信のもと動こうとしていたのだ。


 その矢先にタケルが窓ガラスを割ったとい証言が来たら、そんなの出鼻をくじかれたどころの騒ぎじゃない。前提条件が丸々ひっくり返ったのだ。証言者の宮間を疑いの目で見るのも当然だろう。


 だがまあ、こちらの事情など宮間が知るよしもないので、桐花は立ち上がり、椅子に座った宮間に素直に頭を下げる。


「すみません宮間さん。ここにいるみんな時間も情報もなくてピリピリしてまして。宮間さんの証言はとても重要なんです。私たちの今後を左右しかねないほどにね」

「う、うん」

証言は偽りなく正確にお願いします」


 訂正。あれは頭下げてるんじゃなくてメンチ切ってるわ。てめえ適当ぶっこいたら承知しねえぞ、って感じで。


「うう、わかったよぅ」


 桐花の迫力に押されながらも宮間は自分が見たことを話し始めた。


「えっとね、今日の朝私は6時ごろに学校に来たんだけどーー」

「待て、何でそんな早くに?」


 朝6時なんて学園が開かれるのとほぼ同時だ。出欠確認のホームルームまで少なくとも2時間はある。そんな時間に学園に来る生徒なんてそういない、まさか漫研に朝稽古があるなんて言わないだろう。


「えっと……部室に宿題忘れちゃって」

「またかよ」


 何回目だこの女? ついこの間もそのうっかりで場を引っ掻き回して奇妙な事件まで作り上げたというのに。


「仕方ないじゃん! 今まで忘れてた宿題が溜まりに溜まってすごい量になったせいで全然終わんなくて、昨日部長に教えてもらおうと思ったのに、珍しく早く帰るからそれもできなったの! こっちも朝早くに来てずっと宿題してたせいで眠くて大変なんだから!」

「全部が全部時効自得じゃねえかよ」


 俺だって宿題を忘れることはあるがここまでじゃない。学園一の不良の俺よりよっぽどアウトローじゃねえか。


「まあそれでね、職員室で部室の鍵を借りて部室に行って宿題やってたんだけど、窓の外からパリパリって変な音が聞こえてね、何だろう? って思って窓を開けたんだ。あ、ほらうちの部室って柔道部の道場と結構近くてね、ご近所さんだから柔道部の掛け声が部活中も響いてきて結構うるさいんだ。で、窓を開けたら道場の横っ側が見えるんだけど、そこに今噂の剛力くんがいてさ、何してんのかなって思って見てたら……」

「見てたら?」


 もう、この時点で嫌な予感が止まらなかった。


「その剛力くんが何かを投げて、窓ガラスが割れるガシャンって音が響き渡ったの」

「っ!」


 ああ、事前に部長さんに聞いていたとはいえ、目撃者本人の口から語られると衝撃が大きいな。


 だが、だからといってその証言をそのまま鵜呑みにできるほど諦めが良いわけではない。


「宮間。それは本当に剛力タケルだったのか? 見間違えてたりしないか?」


 このうっかり女ならあり得る。いや、むしろそうであって欲しいとすら思っていた。


「いやいやそんなわけないよ、わたし視力良いしね。剛力くんってあの体がめちゃくちゃ大きい厳つい人でしょ? あんなゴリラみたいな人そうそう見間違えないよ」


 だが宮間は言葉を曲げない。自分が見たものに絶対の自信があるようだった。


 俺はスマホの写真……入学時、あまりにアイツと制服の組み合わせが似合ってなくて笑いながら撮ったものだ……を宮間に突きつけて確認する。


「いいかよく見ろ。お前が見たのは本当このゴリラだったか? 柔道部には同じような丸刈りで筋肉質なゴリラがいっぱいるんだぞ、ゴリラ違いじゃないか?」

「うん、間違いなくこのゴリラだったよ。首周りの筋肉の盛り上がり具合とか、彫りが深すぎて老け顔に見える感じとかこのゴリラ以外いないって!」

「…………お二人ともゴリラゴリラ言い過ぎじゃないですかね?」


 何度も何度も念押しするが間違いないと言う。思わず頭を抱えてしまいそうだった。


「……どういうことだよ、マジで」


 タケルの犯行ではない、その前提が覆された。


「なあ宮間、本当にーー」

「吉岡さんやめましょう。宮間さんが嘘を言う理由はありませんし、この話は真実であると受け止めるべきです」

「だけど桐花!」

「私たちには時間がないんです。こんなところでつまづいていては手遅れになってしまいます」


 そんなこと言われなくてもわかってるさ。だけど、そんな簡単に受け入れられるはずがない。


「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」

「剛力さんがなぜ窓ガラスを割ったのかを考えるべきです。スランプによるストレスで割ったのでなければ、そこには必ず理由があるはずです」

「理由って……」


 アイツが道場の窓ガラスを割る理由だって? そんなの全く想像がつかない。


「宮間さん、先ほどパリパリと言う音が聞こえたとおっしゃいましたね? どんな音だったか詳しく説明していただけますか?」

「えーと、なんて言うんだろう? ガラスが擦れて落ちたような音だったと思うけど」

「それってガラスが割れた音か?」

「ううん。それだともっと大きな音がするよ。ガラスが割れた音を聞いたのは一度きりだよ」

「タケルが何かを投げた時か?」

「そうそう。すんごい音だったよ」


 朝見た窓ガラスはかなり派手に割られていた、当然音もド派手なものになるはず。


「なるほど、やっぱり先に現場を見るべきですね」


 口元に手を当てた桐花がそう提案する。


「宮間さん、今の話は絶対に誰にも言わないでください」


 宮間の証言はタケルにとって致命傷になりかねない。ここは黙っていてもらうしかない。


「え、うん。別に誰にも言いふらしたりしないけど」

「ありがとうございます」


 そして、桐花は立ち上がった。


「柔道場に行きましょう。そこに答えがあるはずです」

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