決起

「みなさんお集まりいただきありがとうございます」


 既に使い慣れたボランティア部の部室で桐花は大仰なセリフとともに俺たちを見渡す。


 タケルを救うため、授業をサボった形で集まったのは桐花、俺、九条、石田の4人。


「まずは状況の整理をしましょう。今朝柔道場の一室の窓ガラスが割られました。そしてその犯人だと名乗り出たのが剛力猛さんです」

「タケルくんはそんなことしない」

「そうっす、剛力くんに限ってそんなのありえないっす」


 九条と石田は即座に桐花の言葉を否定する。あいつが窓ガラスを割った犯人だとは微塵も思っていないようだった。


 俺はこの2人ならそう思ってくれているとわかっていたが、実際に声に出して宣言してくれたことでホッとしていた。


「ですが、この学園の皆はそう思っていません。すでに剛力さんが窓ガラスを割った不良生徒だと言う噂が出回っています」

「もうっすか? こんなに早くなんて」

「この学園は校則がゆるっゆるな割に超平和なとこでしたからね。まあ、だからこそ特に目立った不良行為をしていない吉岡さんが学園一の不良なんて呼ばれる原因の一つだったわけですが」

「全くだ。あの野郎、俺を超えて不良の代表格みたいになりやがった」


 あいつにそんな役割は似合わないというのに。


「私のクラスにも噂は広まってた。……みんなタケルくんのことよく知ってるはずなのに」


 九条が悲しげに目を伏せる。この中で一番辛い思いをしているのは九条だろう。恋人の悪い噂が流れているのに、秘密の関係であるからこそ表立って庇えない状況だ。


「まあ、噂が出回っているとは言っても信じている人の割合は半々ぐらいでしょう。今の段階ではあくまで噂なんですから。ですがこの噂が事実となってしまうまで時間がありません」


 桐花は真剣な目をして腕を組む。


「現在学園側、つまり教職員の皆さんの意見も割れています。本当に剛力さんがそんなことをしたのか? と」

「そうなのか? ……いやそもそもなんでお前が教職員の様子を知ってるんだよ」

「まあ、ちょっとした伝手ってやつですよ」


 なんだろうこいつ、職員室を盗聴でもしているのだろうか? 正直していたとしても全く不思議のないことが驚愕だ。


「剛力さんが誰よりも熱心に部活動を行なっていたのは教員の皆さんの中でも共通の認識でしたからね。加えて授業態度も至って真面目で生活態度も問題なし。品行方正な青少年というのが剛力さんの評価です。誰かさんと違って」

「うるせえ、ほっとけ」


 どうせ俺は不良少年だよ。


「だからこそこの件をどう処理すればいいのか意見が割れているんです」

「じゃ、じゃあさ。このまま何事もなくーー」


 何か期待するような九条の言葉を桐花は手を振って遮り、冷静に告げる。


「いえ、期待しない方がいいでしょう。この事件の一番の問題点は剛力さん自身が、自らが窓ガラスを割ったと証言していることなんですから」


 前に刑事ドラマで見たことがある。犯人自らやったという証言、つまり自首はどんな証拠よりも証拠能力が高いのだと。


「もちろん先生方もその証言を鵜呑みにしたりはしていません。現になぜそんなことをしたのか、という質問に対しては剛力さんは沈黙を貫き、ただ自分がやったとしか言ってなかったそうですから」

「あからさまに怪しいだろそんな状況」

「ええ。ですが剛力さんがやっていない証拠もなく、他の犯人についての情報もない現状では剛力さんの証言、つまり自らが犯人であるという言葉が採用されてしまうんですよ」


 歯痒い。あいつ犯人だという証拠は何もないのに、あいつ1人の証言で全て決まってしまうなんて。


「剛力さんは退部届を提出したようです」

「なっ! あいつ!?」

「落ち着いてください吉岡さん。今は処分保留となっていてまだ受理されていません。ですが、次の職員会議で剛力さんの処分が決定してしまうと退部届が正式に受理されてしまいます」


 退部。


 その言葉を聞き九条も石田も顔を青くする。タケルがどれだけ柔道にのめり込んできたかわかるからこその反応だ。


「そして職員会議で下される処分はおそらく停学でしょう」

「……いつだ。次の職員会議はいつなんだ?」


 おそらくそれまでがタイムリミットとなる。


「……金曜日。つまり明日の朝です」

「……!」


 絶句する。


「それって、つまり……」

「そうです。この事件、今日のうちに解決しなければなりません」


 あまりに短すぎる。


 半ば絶望的な気持ちになっている俺に向けて、桐花は2本の指を立てた。


「私たちのやるべきことは二つ。一つは真犯人を見つけること。これは確実にやらなければなりません」

「まあ、当然だな」

「そして二つ目、これが難しいのですが、剛力さんがなぜ自らが窓ガラスを割ったと嘘をついたのか、その理由を明らかにした上で

「……タケルくんの嘘を暴くってことだね?」

「その通りです。剛力さんは自らの意思で退部届を提出しました。剛力さんの真意は分かりませんが、このまま犯人が判明してその人物を学園に突き出したとしても、剛力さんが納得しなければそのまま柔道部を辞めてしまう可能性があります」

「納得って、一体何をっすか?」

「まだわかりません。だからこそ今からそのことを解明しなければならないのです」


 タケルが嘘をついた理由、なんでアイツは自分が窓ガラスを割ったなんて嘘をついたのか?


「……普通に考えりゃ、誰かを庇ってるとかか?」


 窓ガラスを割った犯人はタケルにとって大切な人で、その人物を庇っている。自分で言ってなかなか納得できる答えのような気がしてきた。


「順当に考えればその可能性は高いです。ではその誰かとは一体誰なのか?」

「剛力くんにとって自分が犯人の汚名を被ってでも庇いたい誰か、っすよね?」

「ああ、あいつが自分の柔道人生と天秤にかけてでも守りたいと思える誰かだ」


 部屋の視線がある一点に注がれる。それは、タケルの小さな小さな恋人。


「え、え? 私そんなことしてないよ!?」


 九条が慌てたように両手を胸の前で振る。


「……最有力候補っすね」

「やっぱ痴情のもつれとかか?」

「私と柔道どっちが大切なのよ! ってパターンは王道ですね」

「してないから!」


 憤慨したように顔を真っ赤にして涙目で睨みつけてくる。まあ正直全然怖くないしむしろ微笑ましいくらいだ。


「冗談だ冗談。さすがにそんなこと思ってねえよ」

「もう! 心臓に悪いよ! 第一それを言うなら吉岡くんも犯人候補じゃん!」

「は? 俺?」


 思わず自分を指さす。あいつが俺を庇っただって?


「だってそうでしょ? 学園でめちゃくちゃ評判が悪くて柄も悪い不良の友人が窓ガラスを割っちゃったりしたら、停学を超えて退学の心配をしちゃうよ」

「九条お前、言うようになったな……」


 あいつは俺がそんなことになっても庇うような真似はしねえよ。むしろ俺をどつき回した後、学園に突き出すだろうよ。……まあ一緒に頭を下げてくれるかもしれんが。


「恋人の九条と違って、ただの友人の俺をあいつが柔道捨てでまで庇うわけねえだろ」


 呆れている俺の肩にポンっと軽い衝撃。振り向けば桐花が肩に手を置きサムズアップをしている。


「私、男の人同士も全然いけーー」

「うるせえよ」


 この状況で何言ってんだこの女。


「まあ、少なくとも誰かを庇っているという路線は間違ってないと思います。剛力さんの交友関係を洗っていけば犯人を絞り込めると思います」


 だったら話は早い。俺たちに残された時間は少ないのだ。


 直後、授業が終了し、昼休みのチャイムが鳴り響いた。こんなくだらないやりとりをしている間にも時は流れ、タイムリミットが近づいている。


 桐花が俺たちにそれぞれタケルのどの交友関係を調べればいいのか指示を出し、休み時間中にある程度の情報を集めたらまたここに集合するようにと話がまとまった。


 真犯人を捕まえるべく、早速取り掛かろうと俺たちが立ち上がった瞬間、扉からコンコンと控えめなノックが響いた。


「ん? どちら様ですか?」


 時間帯的には昼休みだが、ほぼ廃部状態のボランティア部を訪れる人物に心当たりはない。訝しげな表情を浮かべながら桐花は扉を開けた。


「あ、いたいた。本当にここにいたんだ」


 訪問者は見覚えのある女子生徒だった。


「あなたは確か……漫研の部長さん?」

「そうそう。久しぶり……ってほどでもないか」


 以前桐花に付き合わされた事件の当事者だ。なぜこの人がここに?


 というか、石田はともかく九条がここにいるのを見られるのはまずいんじゃないか?


 そんな俺の心配をよそに、部長さんは九条を一瞥しただけで特に何も言わなかった。


「えっと……どうしたんですか?」

「桐花さんが柔道部の1年生、剛力くんだっけ? その子のことを調べてるって聞いたんだけど本当?」

「ええ。そうですけど?」

「その剛力くんって、道場の窓ガラスを割ったって噂されてる子だよね? それが本当なのか今調べてるんだよね?」

「はい……え、どうしたんですか?」


 桐花が首を傾げて不思議がる。部長さんは何の用事でここにきたんだろう?


「ああやっぱり、じゃあここに来て良かった……かな?」

「……あの、本当に何の用ですか?」


 奇妙な態度を取り続ける部長さん。まるで言いたいことはあるが言っていいのかわからないと言った様子だ。


「桐花さんと吉岡くんにはお世話になったから、伝えておこうと思ってね」

「はあ……」

「その、剛力くんのことなんだけど……」

「はい」



「うちの宮間ちゃんが、剛力くんが窓ガラス割ってるとこ見たって」

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