協力者
タケルについて調べるためには協力者がいる。桐花はそう言ったがその協力者に求められるハードルは高い。
まず、タケルと九条の関係をバラしても問題ないやつが前提だ。ここはまあいいだろう。例えばタケルの別の友人に協力を依頼したとき、そいつがある程度友達思いであれば、校則を犯しているタケルをわざわざ学園に密告するような真似はしないでだろう。
問題はそんな友達思いな奴が俺たちに協力してくれるのかってところだ。
九条はともかく、俺と桐花はベクトルこそ違うがこの学園で最も評判の悪い2人だ。この凶悪な組み合わせに協力してくれるような酔狂な人間がいるとはとてもーー
「改めまして、1年の石田と言います。この前は財布を拾ってくれて本当に感謝してるっす!」
いた。
見覚えのある坊主頭の小柄な男子生徒。
以前桐花が拾った財布の真の持ち主。それが桐花が見つけてきた協力者だった。
「何か協力して欲しいことがあるそうっすね? お二人のためなら何でもするっす!」
びっくりするくらい協力的だった。まだ内容を話していないにもかかわらず。
それにーー
「お前確か、柔道部なんだってな?」
「はいっす!」
この男、痩せたジャガイモみたいな見た目をしておきながら何と柔道部なんだそうだ。
「タケルのことは知ってるか?」
「剛力くんっすか? もちろん! 柔道部では本当にお世話になってるっす!」
何でも柔道初心者である石田のために初心者向けのメニューを考えて付き合ってくれているため、タケルに対して恩を感じているらしい。
完璧だった。
タケルの秘密をしゃべる心配がなく、さらに同じ柔道部で俺たちにはない情報を持っていて、それでいて協力的。
協力者としてこれ以上ない奇跡みたいな人材だった。
「お前桐花、よくこんなの見つけて来れたな」
石田に聞こえないように耳打ちする。正直仕込んできたんじゃないかと疑うほど出来すぎていた。
「いや本当に偶然なんですって。私だってびっくりしましたよ」
小声で返す桐花の声には戸惑うような響きがあった。どうやら本当に偶然の産物らしい。
「それで、いったい自分は何をすればいいんすか?」
「ああ、そのことなんだが」
こうして俺たちはタケルと九条の関係を含んだ全てを石田に話した。
「なるほどなるほど、剛力くんに恋人が……」
俺たちの話を腕を組んで黙って聞いていた石田は、うんうんと言いながら首を縦に振る。
そして九条の方に目をやり、しばし無言で考え込むとーー
「…………え? 九条さんが剛力くんの恋人? あの剛力くんの? なんかの冗談じゃないっすよね?」
「だよなあ! やっぱそういう反応になるよなあ!」
「吉岡さん! 石田さんも!!」
やっぱり俺の感覚は間違ってなかった。
「いや、だってあの剛力くんっすよ? あの人まじで柔道のことしか考えてないんすよ」
「そうそう。授業中のあいつの様子見たことあるか? 空気椅子してんだぜ? ノート取りながら放課後までずっと」
「恋人とキャッキャウフフしてる剛力くんなんて全然想像できないっす。そもそも、前に先輩から好きな女子のタイプを聞かれた時、『自分より強い女子』なんてバカみたいなこと真面目な顔して言ってたんすよ!」
「ああすっげえ言いそう! お前より強い女なんて、それこそメスのヒグマでも用意してこないとーー」
「お二人ともいい加減にしてください!!」
タケルトークで盛り上がっていた俺たちに桐花が雷を落とした。
「お二人とも剛力さんのことを何だと思ってるんですか!? ……いや私剛力さんのこと全然知りませんけども!! それでも人は恋をしたら変わるんです! 例え柔道一筋の柔道バカだろうと、好みのタイプとは真逆の人間であろうと、人を好きになっちゃったらその方向にグーーンってまっすぐ行っちゃうんですよ!」
「き、桐花さん」
「そうやって人は結ばれるんです! そして、結ばれた剛力さんと九条さんの間には何よりも純粋で、誰にも断ち切ることのできない
「桐花さん! もういいから、お願いだからそれ以上言わないで……!」
熱弁を振るう桐花を九条が必死に止める。その顔は羞恥によるものなのか、耳まで真っ赤だった。
「すいませんっす、あまりにびっくりして。まさかあの剛力くんに恋人とは」
石田は興味深そうに九条を眺める。
「剛力くんは確か許可証持ってなかったはずっす。九条さんが許可証を?」
「ううん。私も持ってないの」
「ってことは秘密の恋人関係っすか。なるほど、それはちょっとドキドキするっすね」
「ですよねえ!!」
「うるせえよ桐花」
そんな同志を見つけたようなキラキラとした目をするんじゃない。
「でも剛力くんならすぐに許可証もらえそうっすね。次の大会では全国行きの最有力候補っすから」
「へえ。なら大手を振って私たちは恋人です! って言えるのも時間の問題か」
わざわざ危ない綱渡りをしなくて済むわけだ。桐花はお互いの絆を深めるスパイスとか何とか言ってた気がするが。
「……そうなったとしても付き合ってることは隠すかなやっぱり。いろいろ言ってくる人もいるだろうし。……そういう人に印籠みたいに懐から許可証突きつけて黙らせるのに、ちょっと憧れるんだけどね」
「……なかなか過激な考え方だな」
ちっちゃい水戸黄門が頭の中に浮かんだ。
「えへへ、そうかな? でもまあそんなことしないよ。許可証をポケットとか財布に入れて持ち歩くこともないだろうし」
「なら秘密の恋人関係は継続ってわけか」
桐花が喜びそうだ。
「それに……まずは今の問題を何とかしなきゃ」
「……ああ。そうだったな」
流石に話が脱線しすぎた。姿勢を正して改めて協力者の石田に話を聞き出す。
「ええっと、剛力くんの様子に変わったところがないかという話っすよね?」
「ああ。さっき説明した通りタケルのやつ九条を無視するような真似してやがる」
「剛力くんらしくないっすね」
「だろ? そこで最近のあいつ様子を教えてほしい」
同じ柔道部の石田なら俺たちが知らないタケルの情報を持っているかもしれない。
石田は口元に手を当て少し考え込むと、ゆっくり口を開いた。
「そうっすね。正直なことを言えば、最近の剛力くんの様子は少し変っす」
「変?」
「どこか上の空というか、稽古にも身が入ってない様子でしたね」
「タケルがか?」
あの柔道バカが稽古に集中できないなんて初めて聞いたぞ。
「それはいつ頃からの話ですか?」
「ゴールデンウィークが明けて一週間も経ってなかった時くらいからちょっとずつ様子がおかしくなり始めて、ここ最近はかなり酷くなってるっすね」
九条が連絡を無視され始めた時期とほぼ一致する。あいつの様子が変なことと何か関係がありそうだ。
「何でしょう、スランプとかですかね?」
「かもしれないっす。そのことを何とかしようとしているのか、最近オーバーワーク気味なんすよね剛力くん。放課後の稽古が終わった後は最終下校時刻ギリギリまで1人稽古してるみたいですし、朝も学園の門が開く時間と同時に朝練を……」
「た、タケルくん大丈夫なの?」
「全然大丈夫じゃないっすよ。最終下校時刻は午後8時だし、学園が開くのは朝の6時っすよ? うちの柔道部の稽古はただでさえハードなのにいくら剛力くんでも身体壊しちゃうっすよ」
話を聞く限り、タケルの様子はかなり深刻そうだ。
「なるほど、ではスランプに悩んだ剛力さんが柔道に集中するために恋人との連絡を断ったとか……」
「違う」
即座に否定する。
桐花の言っていることは一般的にはまず考えられる選択肢だ。色恋にうつつをぬかさず柔道一本に集中する。よくある話だが、タケルをよく知っている俺からすれば一番ありえない話だ。
「あいつは柔道バカだが、柔道のために他の全てを切り捨てるようなバカじゃねえよ。まして何の話もつけずに九条を無視するような真似は絶対しない」
他に事情があるはずだ。
「では石田さん。剛力さんの様子がおかしくなった前後で、何か周りで変わったことは起きませんでしたか?」
「変わったこと、っすか? ……あ。いや、でもあれはなあ……」
「何かあったんですね」
「いや、ちょっとこればっかりは……」
今まで協力的だった石田が急に口ごもりだした。
「その……関係ない気はするんですけど、ちょうどそのくらいの時期に柔道部にゴミがばら撒かれたことがあったんす」
「ゴミ?」
「ええ、柔道場の入り口付近に大量の空き缶が。それが2回続いたんす」
空き缶がばら撒かれた……か。どうも穏やかではない。
「それでうちの部長がマジギレしちゃって、犯人を探すって息巻いてたんすけど結局見つからなくてまた不機嫌になって大変だったんすよ」
「それはまあ、言いづらいわな」
しかしそれが何かタケルと関係あるのか?
「正直これあんま関係ないと思うんすよね。結局その2回以降音沙汰はありませんし、そもそも狙いが柔道部だったんすから」
「まあそうだよな」
タケルとの関わりが薄い。どちらかといえば柔道部全体の問題だ、そんな嫌がらせでタケル1人が気に病むとは思えない。
だが、桐花はそう思っていないようだ。
「石田さん。ちょっと柔道部まで案内してもらえませんか」
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