学園の小動物系アイドル

「はじめまして、吉岡くん」


 九条真弓。


 入学して早々にこの学園中から注目を集めた生徒の1人だ。ただし、俺や桐花のように悪い意味ではなく良い意味で。


 間違いなくこの学園で最も低い身長に、幼さを残す…………というより現在進行形で幼いその顔立ち。


 桐花もどちらかといえば小柄な少女だが、九条は単純に背が低いというよりは成長が止まってるんじゃないかと思わせる。正直な話、九条がランドセル背負しょってても違和感がない。むしろ微笑ましいほどに似合っているだろう。


 そんな小動物のような可愛さに加えてコロコロと変わる表情に、時折見せる太陽のように輝く笑顔。それがこの学園中の生徒の心をガッチリ掴んでおり、男女学年問わず幅広い人気を誇る女子生徒だ。


 そんな少女が目の前にいる。


 ボランティア部の部室。俺の対面の席、桐花の隣に…………タケルの彼女として。


「……マジかよ。マジでタケルと付き合ってんの?」


 思わずこぼれてしまった言葉は、疑問というよりもそうであって欲しくないという願いに近かった。俺はタケルに対してどちらかといえば硬派な印象を抱いていた。そんな男がこんな…………言い方は悪いがほぼ幼女と付き合っているという状況が想像できなかった。


 しかし、九条は俺のその願いを否定するようにはっきりと頷く。


「はい! 私はタケルくんと付き合っています」

「そ、そうか」


 タケルくん。


 そうか、あいつ彼女にタケルくんって呼ばれてるのか。


「何やってんだあのロリコンゴリラぁ」

「……九条さん同い年ですよ?」


 桐花が何か言ってるがよく聞こえなかった。


「なあ九条。タケルと付き合った時のことを教えてもらえるか? 例えばどっちが告白したかとか」


 気になることが多すぎる。一度全部聞いておかないとこれが現実であるということを認められない。


「えっと、私の方から」

「え? 九条から? いや、まあそうか」


 あのタケルに女子を口説くような真似ができるとは思えない。だから九条の方から告白したという話には納得できる。


「確か九条とタケルって……」

「うん。同じクラスだよ」

「つったって付き合ったのって入学して2週間経ってからくらいだろ、どういうきっかけなんだ?」


 出会ってから付き合うまでが早すぎる。そんな短時間であいつが女子と仲良くなっている姿を想像することができなかった。


 しかし、頬を赤らめた九条の答えは俺の想像の上をいくものだった。


「その……私の一目惚れで」

「マジかよ…………」

「私の方から頑張ってアプローチして」

「マジ……かよ……!」


 絶句する。よもやこの世の中にアレに一目惚れする女性がいるとは思わなかった。


 タケルは身長190cmを超える巨漢だ。柔道で鍛えて膨れ上がっているため横にも大きい。顔もいかついし毛深い。


「そりゃあ俺も、あいつはゴリラの中では男前な方だとは思ってるけどよ……」

「吉岡さん?」

「でもな九条。その感性は人類には早すぎると思うんだ」

「吉岡さん」

「九条が肉食系なのはわかったけど、ゴリラの肉はいくら何でも悪食が過ぎーー」

「吉岡さんっ!!」


 桐花に怒鳴りつけられる。


「何なんですかさっきから! 吉岡さんいくら何でも失礼すぎますよ! というか、本当に剛力さんと友達ですかそれで!?」

「いやだってよお、お前あのゴリラ一度でも見たことあんのか? マジでゴリラだぞ」

「ゴリラだから何だというのですか! いいですか? 九条さんと剛力さんの間にはがあるんです! の前では全てが瑣末なこと! があるからこそどんな見た目をしていようが関係ないんです! さえあれば! 人種、国籍、年齢、性別、種族全ての壁を越えられるのです!」

「いや、種族の壁は越えちゃダメだろ」

の前では瑣末なことです!」

「……あの、愛愛ってそんなに連呼しないで」


 九条の顔は真っ赤でどこか居た堪れなさそうだった。





「それで九条さん。私にしてくれた話を吉岡さんにもう一度お願いできますか?」


 話がだいぶ脱線したため桐花が軌道修正を図ろうと九条に説明を促した。


「うん。えっと、告白にOKをもらってから付き合いはじめたんだけど、私たち2人とも許可証を持ってないから絶対他の人にバレないように気をつけてたの。学園ではお互い話しかけないし、外でも極力会わないようにして。でも家に帰ったらLINEでメッセージのやりとりとか通話してたんだけど、ちょうどゴールデンウィークが明けた時くらいから既読はつくんだけど全然返事が返って来なくて、通話にも出てくれないし」

「喧嘩でもしたのか?」

「ううん。直前までなんともなかったのにいきなり。気づかないところで怒らせちゃったのかなって思ったんだけど、学園じゃ話しかけられないから理由も聞けないしどうしようって悩んでた時に桐花さんに相談したの」

「九条。そりゃあ悪手ってもんだ」

「どういう意味ですかね? 吉岡さん」


 よりによって桐花咲に自分の恋愛事情を明かすなんて、それこそ骨の髄までむしゃぶりつくしてくださいと自ら皿の上に乗るようなものだ。


「まあ事情はわかった。とにかくタケルが九条と連絡を取らなくなった理由を調べりゃいいんだな?」

「うん。私が何か怒らせちゃったんなら謝りたいし、それにその……クラスでも最近タケルくんの様子が変なんだ。どこか元気がないっていうか、暗い顔してて」


 そう言って俯く九条。一方的に連絡を断ったタケルに憤ってるのではなく、本気で心配している様子だ。


「吉岡さん何か聞いてませんか? 友人同士そういった悩みを打ち明けてることも期待してたんですが」

「いや、その……訳あってここ一月くらい口聞いてなくて」


 あいつが今どうしてるかも一切知らない。


「つまり何の情報もないと?」

「はい」

「とんだ期待外れですね」

「うるせえ!」


 桐花の刺すような視線が痛い。九条の目も心なしか冷たい気がする。


「確かに何の情報もねえけどよ、俺にはお前らにできないことができる!」

「何です?」


 決まっている。


「あいつに直接問いただしてやる!」


 そう意気込んで立ち上がろうとしたその時だった。


「ちょっと待って!!」

「ぐええっっ!」


 九条が立ち上がろうとした俺の服の襟首を掴んだ。


「ごほ! 何しやがる! 首に思いっきり食い込んだぞ!」

「ご、ごめん。でも何する気? タケルくんに直接聞くつもりなの?」

「そうだけど?」

「吉岡さんバカなんですか? あっちから連絡を断って何も言って来ないのに、その理由を話す訳ないじゃないですか。そもそも九条さんを無視するのはなぜか? なんて学園で直接聞ける訳ないじゃないですか。何度も言いますけど2人の関係は秘密の関係なんですよ?」


 桐花の言葉は一言一句正論だった。確かにあの頑固なタケルを問い詰めたところで口を割るはずがない。


「じゃあどうすんだ? タケルの周りに聞き込みでもするのか?」

「元々はそのつもりだったんですけど、吉岡さんが剛力さんと1ヶ月も口を聞いてないとは誤算でした。こんな状態で剛力さんの周りの人物に聞き込みなんて行ったら不信感を抱かれます」


 タケルの様子がおかしいなんて、一体どこから仕入れた情報なのか? って話になる。


「ここはやはり協力者を増やすしかありませんね」

「協力者って、それタケルと九条の関係を話さなきゃならねえだろ? 秘密をバラして問題なくて、俺たちに協力してくれる奴なんているか?」


 そんな都合のいい奴がいるとは思えなかった。


 しかし、桐花は首を横に振る。


「いえ、1人だけいるんです。その、すごい偶然の産物なんですけど」

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