ファーストコンタクト
中学校に入学してすぐの俺は他の生徒より頭二つぐらい背が高く、当時はまだ髪を染めておらず黒髪であったにも関わらず生来の目つきの悪さもあり、今と変わらずと言うべきか周りからは避けられる存在だった。
これはまあある意味仕方なかったことかもしれない。小学校が同じで数少ない友人たちはクラスが分かれ、俺のクラスは俺のことを知らない奴ばかりだった。そして俺はどちらかと言えば口下手で、なおかつ緊張すると声がうわずり眉間に皺が寄って相手を睨んでしまう表情になるという悪癖があった。
『よ、吉岡くん……これからよろしーー』
『あぁっ!?』
『ひっ。いや、なんでもないです……』
まあこんな感じで、クラスのみんなに対する俺の第一印象は最悪の一言に尽きた。
そしてその第一印象がその後の人間関係に与える影響の大きさを俺は身をもって体感することになる。
まず誰も話しかけてこない。どいつもこいつも俺を遠巻きに眺めるか、存在そのものをなかったように扱われた。
周りでどんどんグループが形成されていくことに焦りを覚えた俺は勇気を振り絞り、クラスの連中に必死に声をかけた。しかしどれもこれも失敗に終わった。先ほども述べたが俺は口下手な人間だ。そんな奴が俺を怖がっている生徒に話しかけたところでうまくいくわけがない。
それで結局、俺はグレた。吉岡アツシ13歳、ちょっと早めの反抗期である。
まあグレたと言ってもそんな大層なことはやっていない。誰彼構わず喧嘩を売るような真似はしないし、タバコや酒と言った非行に走ったわけでもない。学校には行くし授業もサボらない。
ただ一つだけ、必要最低限のコミュニケーションすら放棄したのだ。
誰にも話しかけない、話しかけられても返事をしない(もっとも、話しかけられること自体稀だったが)。学校に行っても一切口を開かない日々が続いた。
誰に対する反抗なのか、一体何と戦っているのか? それは俺にもわからなかったが、俺のこのささやかな反抗は良くも悪くも成功したと言えるだろう。
想像してみて欲しい。強面を理由に避けられている男が1日中黙り込んで学校に居座っている姿を。特に何もしていない、だがその何もしていないことが非常に恐ろしかったらしく、クラスの雰囲気は最悪となっていた。
触れてはいけない存在。それが俺だった。
そんなお通夜みたいな空気が漂っていたある日のこと。とある授業で数回に分けてグループ学習を行い、各グループがそれぞれ内容を発表するということがあった。グループはくじ引きで決めるのだがくじを引くみんなの表情がどこか鬼気迫るものだったのはおそらく俺のせいだろう。
そのグループ活動で俺とタケルは出会った。
出会ったと言っても、同じクラスだし顔は知っていた。しかし席が離れていたため話したことはなく、そのまま俺が反抗期に突入したためあいつの人となりは知らなかった。
今でこそあいつは身長190cmを超える巨漢だが、意外にも中学生になりたてのタケルはクラスの中でもかなり背の小さい方だった。しかし幼少の頃より柔道で鍛え続けていたその体は一眼見てわかるほど筋肉質で、チビタンクという言葉がこれほど似合う男はいないだろうというのがあいつの第一印象だった。
グループ学習は案の定と言うべきか最悪の空気のまま始まった。協力して課題に取り組まねばならないのだが、反抗期真っ盛りの俺は終始無言。机を合わせて座っているだけの置物状態となっていた。
1回目のグループ学習ではテーマを何にするか、仕事をどう割り振るかを決めなけれなければならなかった。しかし俺のグループではそれが難航、異物と呼んでも差し支えない俺の扱いをどうするか決めかねている様子だった。
俺のスタンスとしては割り振られた仕事はしっかりとこなすつもりだった。しかしそんなことを知るはずもない他のメンバーは俺の顔色を伺いながらも、俺に一切の仕事を任せることなく仕事の割り振りを行なっていった。
その時俺は失望していた。そこまで俺のことを存在しないものとして扱うのかと。
今にして思えばとんだ思い上がりだ。第一印象が悪くなったのは自分の行動の結果だ、人間関係を築くことを諦めてコミュニケーションを取らなくなったのは自分の意思だ。今のこの状況の全ては自分のせいなのだ。
それなのにもかかわらず勝手に失望した。仕事を割り振ろうとしないメンバーに対して、ただ一言俺も何か仕事をすると言えばいいのに不貞腐れた俺はその結果を受け入れようとしていた。
しかしたった1人、そんな俺たちに対して異議を唱えた奴がいた。
タケルだ。
『なんでこいつに仕事をやらせないんだ?』
当たり前のように口に出した疑問で、グループ内の空気が凍りついた。
『グループ学習だぞ? 仕事しない奴が1人でもいるなんておかしいだろ』
『い、いやそれは……』
言い淀むメンバーを尻目に、タケルはこちらに視線を向けた。
『吉岡お前もだ』
『あ?』
『何無言で居座ってるんだ。もっと積極的に話し合いに参加しろ』
本来であれば、割り振られた仕事はするというスタンスだった俺にとってタケルの発言はわたりに船だったはずだ。だがすでに勝手な失望を覚えていた俺はその言い草にカチンときた。
『うるせえな。お前には関係ないだろ』
『関係ないわけないだろ。お前と同じグループなんだぞ』
『なっ……』
タケルは俺の目を見てはっきりと言い返してきた。
唖然とした。中学に入ってこんな奴は初めてだった。無言で睨み返すがその目を逸らされることはなかった。
『ひとまずこれとこれお前に任せるぞ。いいな?』
『…………ああ』
その後、数回のグループ学習では決して口数は多くないものの物怖じしないタケルが俺と意見の交換をし、それを見ていた他のメンバーも話し合いに参加して最終的にはまずまずの報告ができた。
グループ学習が終わった後、俺はちょくちょくタケルに話しかけるようになった。
あいつは俺のことを避けるようなこともなく、ただただ普通に接してくれた。
『なあ剛力、お前怖くなかったのか?』
『何が?』
この短い答えが妙に嬉しかったのをよく覚えている。
こうして俺の短い反抗期は終わった。
今の俺があるのは間違いなくタケルのおかげだろう。あのままグレ続けたらろくな人生になってなかった。だから俺はタケルに感謝している、幼い頃から続けている柔道でオリンピックに出るという夢を叶えるために努力を重ねているあいつを尊敬もしている。
だがーー
「は、はじめまして。剛力猛くんとお付き合いさせてもらっています、九条 真弓です」
「…………はじめまして」
今はあいつへの嫉妬で気が狂いそうだ。
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