ふざけんな

 水曜日はカレーが値引きされてお得だ。


 まあ、そんなサービスがなくてもいつも昼食はカレーに落ち着いてしまうのだが。カレーはいつ食っても美味い。

 

「はあ……」


 食堂にて重いため息を吐く。


 今日も1人で昼食を取る虚無感からくるものではない。10kmのマラソンを終えた翌日のような、蓄積した疲労からくるものだった。


 原因は分かりきっている。桐花咲だ。


 たった2回。そう、恐ろしいことに桐花の謎解きにたったの2回巻き込まれたでけでこの疲労。こんなことが後何回も続くとぶっ倒れるんじゃないか? 本気でそう思ってしまう。


 そう考えていた時、あることに気がついて思わず苦笑した。


 “こんなことが後何回も続くと“


 まるで、次があって結局俺はそれに付き合うことを前提とした考え方じゃないか。


 予感というよりは確信に近いそれ。あいつはまた俺の前に現れて俺を振り回すだろうということがわかっていた。


 現に今も、カレーを口にしながら目だけで桐花を探している自分がいる。


 そして、今日もまた彼女が現れた。


「吉岡さん」


 初め桐花を見た時、おや? と思った。


 彼女が話しかけてくる時はいつも、まるで何か碌でもないことを企んでるような笑顔であることが常だった。


 だが今日は違う。口元をぎゅっと結び、真剣な表情で俺を見据えてくる。


「ーー大事なお話があります」


 ただし、その目に宿る光はいつもと同じく眩しいほどに強かった。





 場所を変えたい。


 そう言って桐花に連れられて来たのは前に訪れた文化系部活動の部室練。


 その一角、ボランティア部と書かれた部室の前に来たかと思うと、桐花は鍵を取り出して中に入ったのだ。


「おい、入っていいのかよ?」

「はい。ボランティア部は今部員が1人しかいなくてほぼ潰れてるようなもんなんです」

「…………いや、そりゃ入っていい理由にはならねえだろ」

「まあ要するに、バレる心配がないということですよ」


 バレなきゃ問題ない。とんでもない無法者アウトローである。


「つうかその鍵は?」

「まあまあ、そんな小さいことはいいじゃないですか」


 追求しようとする俺を遮り、室内に置かれたパイプ椅子に腰かける桐花。


 全然小さいことじゃねえと思いつつも、促されて俺も安っぽい長机に遮られた対面側の椅子に座る。


「すみません。こんなところまで付き合ってもらって」

「は?」


 思わず面食らう。


 なんだその申し訳なさそうな言葉は? 今までこいつには無理矢理振り回されてきた。そのことに対して詫びの一つもないのに、ほんのちょっと教室から離れた場所に連れて来られて来ただけでそんな殊勝な態度を取られるなんて思いもしなかった。


 伏し目がちにこちらを伺うその様子はとても演技には見えない。本気で申し訳ないと思っているようだった。


「いや、別にいいけどよ……こんな誰もいないところまで連れてきて、まさか俺に告白でもするつもりか?」


 奇妙な空気に背中がむず痒くなり、それを誤魔化すためにおどける。そんなわけないじゃないですか、というツッコミを期待してのものだった。


「そうですね」

「…………へ?」


 またしても面食らう。


「ずっと、吉岡さんに言わなければならないことがあったんです」

「へ、へ?」


 桐花は立ち上がる。


「初めて会った時から、言っておかなければならないことでした」

「ちょ、ちょっと」


 机に乗り出し、顔を近づけてくる。


「正直、このまま言わずにおこうかとも思いました。ですが、それは私の心に嘘をつくことになります」

「いや、待て待て!」


 さらに近づく。まつ毛の一本一本が数えられるんほどに。


 身動き一つ取れない。桐花の吸い込まれそうなほど大きな瞳から目を逸らすことができない。


 そしてーー



「すみませんでした!! 吉岡さんのこと騙して試していました!!」



 机に額をこすりつけるように頭を下げられる。


「………………へ?」


 訳がわからず混乱する俺に桐花は事情の説明を始める。


 それは告白は告白でも、罪の告白だった。 




「1週間前、ゴールデンウィークが明けてすぐのことです」


 それは、俺が桐花と出会うほんの数日前のことだそうだ。


「私がこの学園で人の恋愛沙汰について調べて回っているのはご存知だと思います。その過程で学園内の奇妙な謎に出会うとそれを解いて回っていました。おそらくそのことを見込んでのことでしょう、ある女子生徒に頼まれごとをされました」

「ある女子生徒?」

「はい。吉岡さんの友人である剛力たけるさんの恋人です」

「はあ!?」


 思わず立ち上がり、大声を上げた。


「は、恋人? タケルの恋人!? あいつに!? いや、待て待て待て! だってあいつ……ゴリラだぞ?」

「人間ですよ?」

「え、ちょ……それって人間の女か!?」

「…………当たり前じゃないですか。ご自分の友人をなんだと」

「い、いつから?」

「えっと、確か入学して2週間くらいの時からって言ってましたけど」

「入学してから2週間!?」


 あまりの事実に呆然とする。あいつ、そんな手の速い奴だったのか。


「知らんかった…………あいつそんなこと一言も」

「知らないのも無理ないと思います。お二人は恋人関係にあることを周囲に隠していたようですし」

「それって……」

「はい。剛力さんもお相手も許可証を持っていない。無許可の恋愛関係にあります」


 次々に出てくる情報に頭が痛くなってくる。あいつが校則に逆らって無許可で恋愛だって? あいつその手の規則は意地でも守る奴だと思っていたのに。


「……それで、その女子生徒はお前に何を頼んだんだ?」

「剛力さんの様子が最近おかしいと。電話をかけても出てくれず、LINEの返事も全くしてくれないそうです」


 それは……確かにおかしい。タケルはかなり律儀な奴だ。連絡に気づかなくても後からしっかりと対応してくれるし、どんなくだらない内容であってもとりあえずの返事は返してくれる。


「その理由がわからないから調べてほしいと依頼されたんです。交際の事実を隠している以上自分で直接問いただすわけにはいきませんからね。ただ問題が一つ」

「問題?」

「もし私が1人で剛力さんのことについて周りに聞き込みをしたりして調べたら、吉岡さんはどう思いますか?」

「どうって、タケルについて何かお前の好きそうなネタがあるのかと…………ああそういうことか」


 こいつが人の恋愛沙汰に以上なほど興味があるのは周知の事実だ。そんな奴が特定の誰かについて嗅ぎまわっていたら、そりゃあお察しってところだ。


「そう、剛力さんと彼女の関係は秘密の関係。私が剛力さんを調べることで変に勘繰り、この関係に気づく人が出てくるかもしれない。これは絶対に避けなければいけない事態なんです」


 ここまで言われれば、俺にだって大体の事情は察することができる。


「だから、俺か?」


 俺の言葉に桐花は頷く。


「はい。吉岡さんにと一緒に剛力さんを調べれば、友人の様子がおかしいと感じた吉岡さんが私の協力のもと聞き込みを行なっているという言い訳ができるんです」


 そこまで言い切った桐花は俯き、申し訳なさそうに消え入りそうな声を出した。


「…………ですが、そこで新たな問題が出ました。吉岡さんに協力を依頼するということは、こちらの事情、つまり剛力さんの恋愛関係について話さなければならない。ただし……その…………」

「俺がいい噂の聞かない不良だった。そうだな」


 言い淀む桐花の言葉を引き継ぐ。


 桐花が何を言おうとしているのか、一体何に対して謝っていたのかようやくわかった。


「だから、俺を試したってことか」

「…………はい」


 俺の中で熱がスーっと引いていくのがわかった。


「初めて会ったあの日、偶然財布を拾った私はこれは使えると思いました。吉岡さんのものでないとわかっていながら、この財布を落とさなかったかと声をかけた」

「俺はその時違うと言ったな」

「はい。だから少なくとも、人の財布をネコババするような意地汚い人ではないとわかりました」


 そうか、あの日から俺はこいつに試されていたのか。


「そして漫研で起きた事件。あの事件のおかげで思っていたよりも早く見極めることができました。吉岡さんは人の弱みに付け込むような卑劣な人ではないと。むしろこんな私に口では嫌々言いながらも付き合ってくれる面倒見のいい人だということがわかりました」

「なるほど、俺は合格だったというわけか」


 自分でも言葉が強くなっているのがわかった。そのことで桐花が傷ついた顔をしたのに気づいたが、止められなかった。


「つまり、あれだな。俺がタケルに彼女がいることを…………学園に無許可で男女交際している事実を周りに言いふらす可能性があったから俺を試したんだな」

「…………はい」


 肯定される。その事実がたまらなく辛かった。


「俺のたった1人の友人、そいつのことを裏切っちまうような卑怯者だと、その可能性を捨てきれないから俺に近づいたんだよな」

「…………そうです」


 どこまでも申し訳なさそうな桐花の顔。違うと言って欲しかった。


「お前の考えは理解できる。学園一の不良と呼ばれる俺を警戒するのは当然だ。理解はできる、理解はできるがあえて言わせてもらう。…………ふざけんな」

「っ!」


 自分でできる限り声を荒げないように努力したが、自信はなかった。


「さっきも言ったが、タケルはたった1人の俺のダチなんだ。そりゃあここしばらく口も聞いてねえよ。俺が知らないところで彼女作ってたことにムカつく気持ちもあるのは否定しない」


 だけど。


「だけどな、俺はあいつを妬むような真似も、嫉妬して誰かに言いふらすようなまねも絶対にしない!」


 あいつは俺の大切な親友なんだから。


「お前が俺を試したこと、納得はできない」


 裏切られたような気持ちだった。決してこいつには言わないが……桐花に振り回されるのは楽しいと思う自分がいたのだ。


 それが偽物だったような気がして悲しい。

 

 だけど、俺の個人的な感情なんて後回しだ。


「お前がやったことに納得はできないが、その上で言わせてもらう。協力させろ。タケルに何かあったんなら、俺も無関係でいられない」


 手を差し出す。


「……いいんですか?」

「何を今さら」


 差し出した手を取るようにさらに突き出す。すると桐花はその小さな手で握り返してくれた。


「わかりました。よろしくお願いします」

「おう」




「ところで、タケルの彼女って結局誰なんだ?」


 一番肝心なことを聞き忘れていた。一体誰なんだろう?


「ああ、1年の九条 真弓さんです」

「ふっざけんなっあのゴリラ!! ゴリラのくせして1年の小動物系アイドルが彼女だと!? どんな手を使いやがったあのクソゴリラがっっっっ!!!」

「…………えぇ、さっき嫉妬しないとか言ってたのに」

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