後処理と女子トーク
「お願いします。このことは誰にも言わないでください」
桐花の推理が終わると同時に部長は深々と頭を下げてきた。
「えっと、じゃあ……マジなんすか?」
「ええ、全部桐花さんの言う通り。私は学園に隠れて付き合ってる恋人がいます」
「マジかよ……」
少し呆然とする。
なんとなくだが、そんな感じの人には思えなかった。
いや、別に恋人がいることが不思議とか、そんな失礼なことを考えていたのではなく、この学園の校則を真正面から破るような人には到底思えなかったのだ。
「この場所、部室練には昼休みに訪れる人はいないし、部室には鍵をかけているから他の人とは絶対遭遇する心配がないから彼と一緒にお昼食べるには絶好の場所だと思ってたのに…………宮間ちゃんが鍵開けて飛び込んできた時は心臓が止まるかと思った」
「そりゃあ、宮間のうっかりなんて想定できやしないでしょうけど…………そうじゃなくても学園で恋人と一緒に昼飯食うなんてリスキーすぎやしませんか?」
バレたら重い処分が下される。俺だったら校内ですれ違っても目も合わせないだろう。
「わかってませんね吉岡さんは。バレるかバレないかのギリギリ感なんて、恋人同士に取ってはお互いの絆を深めるスパイスでしかありませんよ」
「それって、この部長さんがそのスリルを楽しんでたってことか?」
火遊びにしちゃあ危なすぎねえか? そう思いながら部長さんに視線を送ると、頬をわずかに赤らめながら視線を逸らされた。
「嘘ぉ……」
もう本当に意外だ。
「お願い! 本当に誰にも言わないで! 私はどうなってもいいから…………彼にだけは迷惑をかけたくないの!」
と、なぜか部長さんは俺に向けて懇願してくる。
「…………あの、もしかして俺がこのネタ使って部長さんを脅すと思ってます?」
「…………違うの?」
「しねえよ! んなこと!!」
あまりの物言いに憤慨する。
「まあまあ吉岡さん。部長さんの心配も最もですよ。自分がこの学園でなんて呼ばれているかわかっていますか? 学園一の不良ですよ? そんな危険人物に校則に違反した恋人がいるなんて知られたりしようものなら、それをネタに口では言えないアレやコレをーー」
「ひっ!!」
「だからしねえつってんだろ!!」
風評被害にも程がある。一回この女とはじっくり話し合う必要がありそうだ。
「そうですか、それは安心しました」
さらに怒鳴り込んでやろうと思っていたら、桐花は思っていたよりもあっさりと身を引き笑みを浮かべる。
そして部長を安心させるために穏やかな口調で諭す。
「部長さん安心してください。この吉岡さんは見た目こそ安っぽい金髪に堅気とは思えない人相の悪さですが、中身はそれほど危険な存在ではありません。むしろ自分とは全く関係ない私の好奇心に付き合ってくれるくらいにはお人好しです」
「…………な、なんだよ急に」
突然の擁護に戸惑う。なんだかむず痒い。
「決して部長さんの不利益になるようなことはしませんよ。ですよね、吉岡さん?」
「……ああ。当然だ」
よろしい。とばかりに大仰に頷き、桐花は自らの胸に手を当てる。
「当然私もです。部長さんの秘密を盾に脅迫するような真似はしませんし、学園側に報告するようなこともしません。私は恋愛が好きです。人を好きになって、お互いを思い合える恋愛が大好きです。だからこそ、その恋愛で傷つく人を見たくない」
「桐花さん……」
部長さんはほっとしたような、感動したような視線を桐花に送る。
俺も今まで知らなかった桐花の内面を見れた気がして……ほんの少しだけ、この少女を見直していた。こいつは思っていたよりも良いやつなのかもしれない。
すると、桐花は懐から赤いカバーの手帳を取り出しーー
「だから、代わりと言ってはなんですが。彼氏さんと付き合った経緯と付き合ってから普段どんなことをして過ごしているか、そこんところをじっくりネットリ聞かせてもらえませんか?」
「…………それ脅迫してね?」
なんか色々台無しだった。
「いやあ、実りある昼休みでした」
桐花の脅迫……もといお願いによる恋愛トークは昼休み終了を告げる予鈴がなるまで続いた。
謎解きと恋愛トークの二つの大好物をたらふくたいらげた桐花は、ホクホクと満足げだ。
「なんか、最後あたりは部長さんもノリノリだったな」
最初は桐花の勢いに戸惑っていた部長も、話していくうちに調子が出たのか段々と言葉に熱がこもっていき、終わる頃にはどこか満足げだった。
「結局最後までお相手の正体を話してくれなかったですが。ですがヒントはたくさん頂きました。大食いなのに栄養バランスには気をつけなくてはいけないとおっしゃってましたから、何かしらの運動部に所属していることは予測できます。加えてあんなに大きな体なのに狭い机の下に押し込めて申し訳なかったという発言から体格の想像も可能。さらに! 思わず口を滑らした『先輩』という呼び名から3年であることは確定!! ふふふ、ここまでくれば特定は余裕ですね」
「そっとしといてやれよ」
いくらなんでも口が軽くねえか? そんなことを指摘すると何故か桐花は自慢げに笑った。
「そりゃあそうでしょう。秘密の恋人関係は息が詰まりますから。ほら、女子って結局恋愛トークが大好きなんですよ。今まで誰にも言えなかったことを吐き出せる機会があれば口が軽くなるのも当然ってものですよ」
「そんな状況でも、やっぱこっそり付き合ってる奴っているんだな」
この学園で校則に違反してまで無断で恋人を作る人物がいることに、俺は驚いていた。
「当たり前ですよ。私が知るだけでもこっそり付き合ってる人たちは何組もいます。つまんない校則なんかで、青少年の溢れ出すリビドーを抑えられるもんですか。って話ですよ」
「リビドー」
溢れ出すリビドーって言葉、なんかエロいなとは思ったが、流石に空気を読んで口にはしなかった。
「それよりも吉岡さん。本当に今回の秘密を誰にも漏らさないでくださいよ」
「わかってるよ」
「このネタで部長さん脅して、エッチなことしちゃダメですからね」
「だから、しねえって!」
「フフフ、知ってます」
楽しげに笑う桐花。
「ではそろそろ教室に戻りますね。またお会いしましょう吉岡さん」
そう言ってやや小走り気味に去っていく。その後ろ姿はどこか上機嫌そうだった。
「…………だから、またってなんだよ?
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