真・真相

「本当の謎解き?」


 桐花の言っていることの意味が理解できなかった。


「何言ってんだお前、謎はもう、解いただろ?」


 先ほどまでこいつが披露していた推理。あれで終わったんじゃないのか?


「ああ、あれは口からの出まかせですよ」

「出まかせだって!? あれが?」


 整合性のとれたものだと思っていた。少なくとも俺はあの推理で納得したのだ。


「いやだって普通に考えてくださいよ。教室から遠く離れた部室練の木陰で昼寝しているような物好きな人が、予鈴で目を覚まして慌てるような真似すると思いますか? スマホのアラームくらい設定してますよ。万が一そんなうっかりさんだったとしても、一つだけ問題があります」

「問題?」

「予鈴がなったその時、窓は閉まってたんですよ。宮間さんが言ってたでしょう? この部室の窓はすりガラスになっていて中の様子は窺えません。どうやったらこの部屋の窓の鍵が開いてるかを外から知ることができるというのですか。まさか鍵が開いているか一か八かの賭けに出て窓を調べたとでも? 授業に遅れるかどうかの瀬戸際、一分一秒が惜しいときにそんな分の悪い賭けするとは思いませんね」


 自分の推理を自分で否定する。


「いや……意味わかんねえよ。そりゃ今の聞いて納得はしたけどよ、じゃあなんであんなデタラメなこと言ったんだよ? なんのために?」

「宮間さんに納得してもらうためです。これから話す真相は宮間さんに聞かれるとまずいものですから」

「聞かれるとまずいって…………じゃあ部長さんは? なんで部長さんは残ってるんだ?」


 困惑。


 桐花の行動が理解できない。


 だが俺の混乱にを意に介さず、桐花はその不思議な光を宿す瞳を部長に向けキッパリと言い放つ。



「なぜならこの事件の…………文字通り鍵を握っているのは、部長さんなんですから」



 


「この事件のポイントは、どうやってこの部屋の鍵を開けたのか? という所にあります」


 先ほどと同じ語り口で再度推理を披露する桐花。その堂々とした佇まいはいっそ不気味ですらあった。


「まず私は鍵を開けられる人物について考えました。それは当然その時鍵を持っていた宮間さん、そして部長さんです。まず、第一発見者の宮間さんですが、もし彼女が鍵を開けたのならこれまでの話は全て宮間さんの狂言になります」

「狂言」


 つまり全部嘘で、無駄に話を大袈裟にしたってことか。


「もしこの事件が全て宮間さんの狂言なのだとしたら、彼女はとんでもない狂人です」

「まあ、わけわかんねえよな」

「流石に私でも狂人の考え方までは推理できないので、ひとまずこの線は無しにします」


 考えるだけ無駄ってことか。


「では残る選択肢は部長さんですが、部長さんはこの部室を宮間さんと出た後、彼女と一緒に職員室まで向かってそこから別れたと言いましたね?」

「おい、じゃあまさか……?」


 別れた直後に部室に戻ったとでも?


「いえ、部長さんもありえないんです。宮間さんは職員室に入る直前、忘れ物に気づいて突発的に部室に戻った。職員室から部室練までほぼ一本道です。もし部長さんが鍵を開けるために部室に戻ったのならば、どうやっても宮間さんと鉢合わせしてしまいます」


 そうだ。それに宮間はその直後に授業中の部長の教室に乱入して、連れ出したと言っていた。部長は職員室からまっすぐ教室に戻ったと考えるべきだ。


「となると困りました。この扉の鍵を開けられる人物が存在しません。だから私は次にこの部室に別のルートから侵入して、中から鍵を開けた線を考えました。しかし先ほど言った通り窓からの侵入はありえない。さて、どうしましょうか吉岡さん?」

「……いや知らねえよ」


 試すようにこちらを向いてニヤリを笑う。


「そこまで考えた時にですね、ふと疑問が湧きました。宮間さんがこの部室に来た時、部長さんはお昼を食べている途中だったそうですね?」

「え、ええ」

「確か、お昼を取った後に作業するつもりだったんですよね?」

「そう……だけど?」

「おかしくないですか」


 オドオドとした様子の部長の言葉を真正面からぶった斬る。


「宮間さんはその日『苦さ100倍、地獄のゴーヤチャンプルー』を食べる友人に付き合わされて、少なくとも昼休みが半分終わるまで食堂にいたはずなんです。部室に来たのはその後なのに、その時点で部長さんがまだ昼食を食べてる途中なんていくらなんでも遅すぎます」

「そ、それは……!」


 明確なまでの動揺。


「作業が終わったから昼食を取っていた。そう言えばおかしな点はなかったのに、咄嗟についた嘘であったために矛盾が生まれた。そして、人が嘘をつくのはーー」

「…………後ろめたい事情があるから」


 それは、いつか桐花が口にした言葉。


「その後ろめたい事情とはなんなのか考えました。同じ漫研部の後輩である宮間さんに嘘をつかなければならない事情とはなんなのか? その答えは、これを見つけたときにわかりました」


 そう言って桐花は手のひらを此方に向ける。その小さな手の上には先ほど拾った埃まみれのトマトがあった。


「お前それ、まだ持ってたのかよ」


 ばっちいから捨てなさいよ。


「そうはいきません。だってこのプチトマトは大事な証拠なんですから」

「証拠? このトマトが?」

「はい。このプチトマトがです」


 自信満々に胸を張られるが、そんな大層なものには見えなかった。


「これは部長さんが落としたものだとおっしゃってましたね?」

「……ええ。昨日は気づかなかったけどーー」

「それも嘘です」


 決して強くはない桐花の否定の言葉に、部長は肩をびくり、と肩を震わせる。


「お弁当に入ってるプチトマトなんてせいぜい一つか二つでしょう。そのうちの一つを落として気づかなかったなんて、吉岡さんならありえますか?」

「そりゃあ……まあ、俺でも気付くわな」


 俺なら慌てて水洗いしてそのまま口にするだろう。万が一踏みつけて潰してしまう可能性を考えると、最低でも拾いはするはずだ。


「ここでまたしても部長さんは嘘をつきました。その理由とこのプチトマトを落としたのはいったい誰なのかを合わせて考えると、答えは一つです」


 桐花はピン、と人差し指を立てる。


「事件があったあの日、この部室には部長さんと宮間さん以外にもう1人誰かがいたんです」

「え?」


 驚き部長の顔を見ると、なぜか彼女は青ざめていた。


「そう、あの日部長さんは1人でお弁当を食べていたのではなく、その誰かさんと一緒に食べていたんですよ。そこに宮間さんが現れたため誰かさんは慌てて隠れるはめになった、おそらくこの作業机の下でしょうね。人1人くらいなら余裕で隠れられますしね。しかしお弁当が机の上に残っていてはバレてしまう。なので一緒にお弁当を持った状態で隠れた結果、プチトマトを落としてしまった」


 そんな状況じゃトマトが落ちたことにも気づかない。


「じゃあ、宮間と部長さんが喋っている間ずっと……?」

「ええ、作業机の下で息を潜めていたのでしょうね」

「うわあ……」


 昼休みが終わる直前まで2人は喋っていたはずだ。作業机の下は桐花くらいなら隠れる余裕があるとはいえ決して広いわけではない。埃っぽくて狭い場所で長時間息を潜めているのはなかなかの苦行だ。


「そして予鈴が鳴り2人が部室を出て鍵を閉めた後にようやく、その誰かさんは作業机の下から出てきた。そして内側から鍵を開けて、部室から出ていき教室に戻った。開いた鍵はおそらく部長さんが授業終わりにでもなんとかするつもりだったのでしょう。しかしここで、宮間さんが取りに来たはずの宿題を忘れるといううっかりを発動してしまい、部室に戻ったせいで事態は大きくなってしまったのです」

「……開いた鍵を見て、宮間大慌て。ってことか」


 確かに桐花の言う通りなら色々と納得がいく。おしゃべりが弾んていたからこそ、昼食を食べるのが遅くなったと考えればおかしくない。部室の鍵が開いていた謎も解けた。


「だけど桐花。なんで部長さんはその誰かさんを隠す必要があったんだ? 別に誰と飯食ってようが後ろめたくなる事情なんてないだろ?」

「ところがどっこい。あるんですよこの学園においては後ろめたくなってしまう事情が」

「ん? …………あ」

「ふふふ、ようやく気づきましたか」


 そう言われると、なんで今まで気づかなかったのか不思議になる。この学園において何よりも重要視されているそれはーー


「『生徒の無許可の男女交際を禁ずる』……つまり部長さんが一緒にお昼を食べていたのは、部長さんの秘密の恋人です!」

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