第四十二話 もう一人の副官の足取り
もう一人の副官が身支度を済ませるまでの間、魔王の執務室に新たに呼び出された人物が困惑の声を上げる。
「それで、何で私がこんなところに呼び出されたんで?」
「モンリー中隊長、君の意見を訊きたくて呼んだんだ」
「はあ」
彼はウェスティン国王をちらちらと見ている。雲の上の人を前にして落ち着かない様子だ。
「ちなみにモンリーを呼んだのは私です」
「面倒事に巻き込まんでくだせえよ……」
「まあまあ」
俺の言葉に困った顔でため息を吐くモンリーをなだめる。
その後鎖付きの首輪を外され真新しい衣装を着せられ身綺麗になって入ってきたもう一人の副官の姿を見たモンリーは、本物の副官と何度も見比べて驚愕する 。
彼にも彼女の事は口外無用と約束させてから本題に入った。
まずは平行世界の副官からこれまでの経緯を質問を
結果、俺がカルアンデ王国に召喚されて王立魔法学園に編入されたところまでは同じだったようだ。
ただし、それ以降が大幅に変化している。
彼女がもう一人の俺との寝物語に聞いた話ではカルアンデ王国の主戦派閥とのつなぎを取り、学徒動員は免除されたようだ。
その代わり、魔導機関から派遣された女性教師と学園の女教官に手取り足取りみっちり教育を受けさせられたらしい。
その間にも戦況は悪化の一途をたどり、学徒動員された魔法学園の生徒たちの半数が戦死した。さらに平民が動員され魔王領と全面戦争となり、そこでようやくもう一人の俺が投入されたそうだ。
それまでの劣勢がどこへやら、破竹の進撃を続け魔王軍本隊を撃破するとその勢いで魔王兄妹を捕らえたそうだ。
攻撃魔法を極めたのではないかと思わせるほど圧倒的なもう一人の俺に、魔王は妹の副官の命乞いの条件にその場で殺害された。
もう一人の副官はカルアンデ王国兵士たちに取り囲まれる中、もう一人の俺にその場で強姦されたと言う。
散々
魔王領を併合した功績でもう一人の俺は魔王領の統治をカルアンデ王国に認められ、彼女は彼の奴隷になったそうだ。
それからというもの、夜な夜な彼に呼び出されては彼の女たちの監視の中で激しく抱かれたと言う。
不思議なことに専ら抱かれるのはもう一人の副官だけで他の女たちに手出しをすることは無かったらしい。
そんな生活を送っていると彼が故郷に一時帰省するという話が持ち上がり、彼に連れて行かれた先で俺たちに出会ったようだ。
「……以上となります」
ぽつぽつと語り終えたもう一人の副官は顔を俯けたままだ。
「何と
魔王の顔は渋面に満ちている。
周囲の面々も同意見らしく重苦しい沈黙だ。
「…………お優しいことで……」
かすかに呟かれた皮肉げな言葉が静寂した部屋に響く。
「誰だ、今
「……あっしです」
魔王がじろりと今の発生源を睨めつける。その視線の先にはばつの悪そうな表情のモンリー中隊長がいた。
「どういう意味だ、言え」
「……もう一人の勇者様に対して言ったことでして……」
「言え」
有無を言わさぬ魔王の威圧にモンリーはしぶしぶ話始める。
「……はい。……あくまで憶測でしかありやせんが、もう一人の勇者ヤスタケさんがもう一人の副官殿に対して働いた乱暴狼藉は必要だから仕方なくやったんだなと思いやして」
「……何だと。必要?」
「はい」
「どういうことだ」
困惑する魔王にモンリーはもう一人の副官に問いかける。
「別の世界での戦争じゃ、カルアンデ王国の人々が大勢戦死したんでやすよね?」
「……魔王領も含めてです」
「なら、カルアンデ軍の兵たちは行き場の無い怒りや恨みの捌け口を目の前にいたあなたで発散させようと思ったんじゃないでしょうか?」
「……え」
「あっしがその時の平民なら徴兵されてろくな訓練を受けさせられず、もちろん教育も無かった場合そうする可能性が高いでしょう」
もう一人の副官が固まる。そしてその事を想像したのか、両手で自身を抱いて真っ青になりがたがたと身体を震わせ始めた。
そんな彼女を横目にモンリーは話を進める。
「もう一人の勇者殿の事は知りやせんが目の前のヤスタケさんと同一人物の場合、そういう行動に出るだろうと考えられやす」
「……つまり身も知らぬ者どもに
怒りに震える声で魔王が確認する。
「恐らくは。ヤスタケさんとは戦場でしか短い付き合いがありやせんでしたが、厳しいようでお人好しなのは理解しやしたんで」
「ううむ」
唸って考え込む魔王に俺はどうするのか聞いてみる。
「もう一人の私を殴りに行きますか?」
「良い案だ。……アンリとやら、奴のいる世界に行けるか?」
「…………可能ですが、彼がどの世界にいるのか探すのが手間ですぞ」
「いくらかかる?」
「途方もない時間と予算がかかりますな」
「ううむ」
遠回しに不可能と断言するアンリに魔王は悔しげだ。
そこに副官が助け舟を出す。
「もっと建設的な事を考えませんか?」
「しかし」
「今、手の届かない所にいる相手を恨んでも何も進展しません」
「……そうだな、そうだったな。すまん」
「いえ」
妹に謝罪する魔王に彼女はどことなく嬉しそうだ。
「もう一人の私が仕出かした事を謝罪します」
「…………お前はお前だ。それに、もう過去の事だからな」
俺が頭を下げると魔王は苦々しい表情でため息を吐いた。
理解していても感情はそうはいかないからなあ。
「……それでもう一人の副官に尋ねますが、答えたくない質問ならしなくて構いません」
副官の確認にもう一人の副官がこくりと頷いたのを見て副官が訊く。
「もう一人の勇者ヤスタケとの間に子をなしましたか?」
そういえばそうだ。それだけ抱かれでもすれば妊娠しているか既に出産済みのはずだ。
もう一人の副官の下腹部に視線をやるがお腹は出ていない。
まさか、産まれた赤子を殺したりはしてないよな。
「……いえ、妊娠してません。」
「そうですか?」
もう一人の副官の返答に副官が意外そうな、安心したような感情をにじませる。
「勇者ヤスタケの周りを固めていた女たちが性行為を管理してましたから」
さっきから何か不穏な事を発言してないか?
性行為の最中を監視? 管理? それではまるで、……この場合どんな表現をすれば良いんだ。
「勇者を家畜扱いって……」
ローナが信じられないといった表情で呆れる。ああ、まさにそれだ。
「主戦派閥からすれば、当然の処置じゃのう」
「……どういう意味ですか」
白いひげを撫でながら話すアンリの納得顔に俺が問いただす。
「ヤスタケ殿の優秀過ぎる魔力遺伝をそこら中にばらまかれたら、将来
『あー』
アンリの解説に俺ともう一人の副官以外が同意の声を上げる。
「なら、何で今の私は管理されていないのですか?」
「王国の主戦派閥に所属していないし、この世界から去ろうとしてるから脅威と受け止められなかったのでしょう」
俺の当然の疑問に副官が自身の推測を口にした。
カルアンデ王国ウェスティン国王の返事が無いという事は、肯定と受け取っても良いのだろうか。
「質問いいだろうか?」
「……どうぞ」
セシルがおずおずと手を挙げもう一人の副官に訊いた。
「その、あなたともう一人の勇者ヤスタケとの性行為を見てた女たちは彼と性行為をしなかった。そうですね?」
「はい」
「それは何故?」
「……勇者が不在の時に彼女たちが会話しているのを耳にしたのですが……」
もう一人の副官の証言を信じるなら次のようになる。
曰く、どこの者とも知れないよそ者と交わりたくない。
曰く、貴族崩れとなんて私たちの経歴に傷がつく。
曰く、膨大な魔力だけが取り柄の男に価値は無い。
曰く、けがわらしいもう一人の副官とばかり交わるとは獣以下。
などと列挙された。
「…………こんなところでしょうか」
もう一人の副官が話し終えると、場が沈黙する。
「それは、ちょっと」
「
副官と魔王が顔をしかめるが、ウェスティンはため息を吐きながら言う。
「格式の高い貴族の出だとそういう奴らは腐るほどいるぞ。膨大な魔力を魅力と思わず、血筋と家柄に固執するとは想像もしなかったがな」
ローナが俺に話しかけてくる。
「ちなみに典男、感想は?」
「……だからか」
「典男?」
「もう一人の俺は、恐らく彼女たちの差別意識を感じ取ったから手出ししなかったんだろうなと思ったよ」
俺の言葉に驚いたのか、もう一人の副官が目を見開いてこっちを見つめてくる。
「分かるんですか?」
「人間、悪意を隠しても隠しきれる人はそういないと考えてる。どこかしら、彼女たちからそれがにじみ出ていたんじゃないかなと憶測するけど。……合ってる?」
「……合ってます」
「だろうなあ。……こっちからも訊くけど、もう一人の俺が
「傍で見ていましたから。明らかに疲れ切ってました」
「そんな女たちが四六時中一緒にいたら気が休まらないだろうなあ」
そんな推測を考えながら話していると、ふとある考えが浮上してきた。
「もしかして、もう一人の俺は君を安全な所に逃がそうとして俺に押し付けてきたのか……?」
「……どうなんでしょう。もはや、彼から話を聞く機会は閉ざされてしまいました」
話が続かなくなったため、別の質問をすることにした。
「そういえば君たちと出会った時にローナの姿を見なかったけど、彼女はどうしたんだ?」
「……名前からすると女性のようですが、会った事はありません」
「……何?」
「え、何で私いないの?」
これだけ俺の後ろを親鳥を追いかけるひよこのようについてくる女がいないなんて事はおかしいだろ。
もう一人の副官が困り顔で答える。
「私に訊かれても知りません」
「…………考えられることは、解雇されたか……魔力を消費しすぎて消滅したかのどちらかだよなあ」
「嘘……」
俺の憶測に愕然となるローナを
「いや、そうと決まったわけじゃない。あくまで最悪の予想だから思い詰めた顔するな」
「……うん」
この話題を続けるのはまずいと判断した俺は別の話題を振る事にした。
「話を変えるが、もう一人の俺は何で主戦派閥と手を組んだんだ?何か思い当たる事はないか?」
「…………主戦派閥からもう一人のあなたに取り巻きの女がやって来るまでは手紙で連絡をやり取りしていたようです」
「手紙か」
手紙と言えば、魔法学園にいた頃に生徒と手紙をやり取りしてたくらいだな。
「…………あ」
「ローナ、どうした?」
「典男が魔法学園に在学中、色々な人から手紙が来て返事を書いてた事あったでしょ?」
「ああ、それが何か?」
「典男、それらの手紙の中に主戦派閥からの勧誘がしつこく来ててうんざりしてたの覚えてるよ」
「……あー、確かそんな事もあったな」
そこまで言って、ある考えが俺の脳裏をよぎった。
「……待て。ということは、もう一人の俺は奴らの誘いに乗った可能性があるって事になるが?」
「そんな道をたどった場合もあるということか」
ウェスティンが顎に手をやって頷く。
「それでもう一人の副官、何故もう一人の俺はあんなにも強大な魔法が連発できたんだ? 世界を渡る転移魔法を無詠唱で操っていたのは
「そんな事をしたのか、もう一人のお主が!?」
俺の質問にアンリが驚く。
明らかにおかしいんだよな。俺が魔法に不慣れなはずなのにそこまでできるとは到底思えない。
何か秘密があるはず。
「……よく分かりません」
「
もう一人の副官が中空を見上げ考え込む。
「…………そういえば、普段から小瓶に入っている錠剤らしき物を飲んでいるのを見ています。でも、あなたはしていませんね?」
「錠剤?」
そんな物、俺は口にしていない。
何か、そこはかとない嫌な予感がする。
「錠剤……いや、まさか……」
顎に手を当ててぶつぶつと呟くアンリが考え込んでいる。
「どうした、アンリ?」
ウェスティンの言葉にアンリが顔を上げる。
「もしかするかもしれませんが、ご禁制の品かもしれません」
「ご禁制とは?」
俺からの質問にアンリが答える。
「カルアンデ王国で禁止されている品物の事で、この場合は薬じゃな」
「効果は」
「集中力を非常に高め、魔力を大幅に増大させることができるものじゃよ」
そんな夢のような薬があるのなら今頃出回っているはず。けれどそれが無い。
「という事は、何かあるんだな?」
「危険な副作用があります。使い続けると肉体がぼろぼろになりますな。具体的には少し何かにぶつかっただけで骨が折れるなどといった具合に。また、依存症も高くやすやすと薬を手放せなくなる」
「それ、麻薬そのものじゃないか……」
「だからご禁制になったんじゃよ」
アンリのため息と共に吐き出された言葉に俺は絶句した。
話を聞いたウェスティンがもう一人の副官に向き直る。
「薬の出所を知りたい。誰が彼に渡していたか教えてくれるか?」
もう一人の副官が言うには、もう一人の俺の取り巻きにいた女の一人が錠剤を渡しているのを目撃していたようだ。
女の名前を訊いたウェスティンとアンリが顔をしかめた。
「待て、待て待て。その女は主戦派閥内のさる貴族の娘ではないか」
「魔法統括機関の委員会にも出入りしておるぞ」
二人が顔を見合わせる。
「女だと思って見逃したのは間違っていたか……?」
「統括機関内の摘発も進めましょうぞ」
ウェスティンが肩を落としため息を吐いた。
「俺の国はここまで腐っていたのか……」
「組織というものは立ち上がった時点で腐敗が始まるもの、と聞いたことがあります。国王陛下の責任ではございません」
そんな彼に俺は
傍で聞いていた者たちはどん引きだ。
「いくら俺たちに勝つためとはいえ、そこまでするか……?」
「勇者様に何てことをするのですか!」
魔王は顔が引きつり、ローナはぷりぷりと怒っている。
「それで、もう一人の副官の扱いはどうしますか?」
俺の言葉に副官が進み出た。
「この城の召使という事にして雇います」
「顔立ちが似すぎている。まあ、同じなんだが。すぐに噂になるぞ?」
「時期を見て実は行き別れの妹であることを明かし、正式に迎え入れることにします」
「……まあ、それが一番無難だな」
魔王城に混乱が生まれるだろうが、長い時間をかければ治まるだろう。
それ以上もう一人の副官に対する質問は無く、その場でお開きとなった。
ちなみに宣言通りセシルからは腹に一発、ローナからは顔面に一発殴られた。
グーで。思いっきりグーで。
幸い歯は折れなかったし、罰だから回復魔法は使わないことにした。
目指せ現代帰還~異世界で嫁を探したら幽霊メイドが憑いてきました~ルートB 塚山 泰乃(旧名:なまけもの) @Wbx593Uk3v2mihl
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