第三十一話 執拗な敵対派閥
西暦2028年2月12日20時47分 広島県呉市郷原町付近国道375号線
俺たちを追ってきた暗殺者たちをどう撃滅してやろうか。
「典男、目くらまし使う?」
「やってくれ」
ローナが使う魔法はマリーが得意としていた光属性の魔法の照明を極端に短く、光度を高めたものだ。直接光源を見たものはしばらくの間視力が駄目になる。
セシルが俺に顔を向けて右手を軽く挙げる。
「私も反撃して良いだろうか」
「そういえば、セシルは何で応戦するんだ。白兵戦か?」
見たところ短剣しか装備していないのだが。
それだけでは心
俺が記憶する限り、彼女が魔法を使った事が無い。
「そのまさかだ。準備に十秒かかる、時間稼ぎを頼む」
「私に任せて」
ローナが両手を頭上に掲げ照明を発動させる。周囲の暗闇が昼間よりも明るく照らし出され、予想通り暗殺者たちは魔法の詠唱を中断され両手で目を覆う。
セシルがぶつぶつと呪文を唱え、アスファルトの路面に左手をつけて叫ぶ。
「来い、
彼女が叫んだ瞬間、足元に魔方陣が広がりそこから何かがせり出してきた。
召喚魔法か。学べば個人で行えるようにはなるものの、それなりの大きさを呼び出せるのは限られると聞いたことがある。
セシルはその中の一人なんだろう。
しかし、オウサツ丸。字面からして鏖殺なんだろうが、何でそんな名前にした。
魔法陣から出て来た物体は人型で頭部は厳しい兜をかぶり体は甲冑を身に纏い、しかして人間の大人の身長の倍を超える大きさ……。
ってこれ、よく見ると魔王軍が使用してるロボットじゃないか!
現代の日本にまで持って来ちゃったのか!?
安易にこの世界の人間に見せてはいけない代物ではないだろうか。
明かりに照らされて姿を現したそれは、普段練兵場で見ていた物とは所々細部が違っているようだ。
「どうしたんだ、これ!?」
「魔王様から
自慢げな顔のセシルに俺が突っ込みを入れる。
「こいつでの広範囲攻撃魔法の使用は禁止な! 周辺への破壊は最小限に努めろ!」
「何でだ?」
「この国の役人に怒られるわ!」
戦場で森を丸ごと消し飛ばした場面を思い出し、背筋がうすら寒くなる。
刑務所に入れられる可能性もあるが、それが無くても帰って来て早々にとてつもない多額の借金を背負わされたくない。
「そうなのか、努力しよう」
「努力するんじゃなくて、使用するなって言ってるんだ!」
「分かった分かった、……せっかく暴れられると思ったのに」
「セシル?」
「悪かった」
焦る俺に彼女はそう言うと、背面が開いたロボットの中へ跳び込みハッチを閉めた。
照明の魔法の効果が消え、再び暗闇が訪れる。
さて、今後の展開が心配だが準備は整った。反撃といこうか。
ロボットが手近にいる敵にがしょっがしょっと見た目に反して比較的軽快な足音を立てながら近づいて行き、視界が戻り現状を把握した奴が逃げようと背を向けたところにロボットの拳が叩きつけられた。
ぐしゃっという音と共に路面を跳ねて転がり、ぴくりとも動かなくなる仲間を見た敵が蜘蛛の子を散らすようにして一斉に逃走を開始する。
だがもう遅い、人間とロボットの一歩の歩幅が違う。たちまち追いつかれロボットの拳が赤く染められていく。
この様子なら、後はセシル一人に任せておけば敵全員を蹴散らせるだろう。
だからこそ、油断していた俺たちは目の前の敵に集中していたせいで気づくのが遅れた。
横合いから耳をつんざく甲高い音とタイヤと路面がこすれるような音が聞こえ、視界が真っ白な光に塗りつぶされる。
俺にとっては聞き慣れた音、ローナたちは初めて聞く音だろう。
その音が何を意味するのか理解しかけた瞬間、物凄い衝撃が俺とローナを襲い、跳ね飛ばされた。
世界が回転する中視界に映り込んだのは、急ブレーキをかけたのか速度を落としていく大型トレーラーと動きを止めたセシルのロボットの
一応、マントにはフードも付いており、誰だか分かりにくいよう認識
……ロボットを忘れてた!
よく考えたらロボットの存在を教えられてなかったから、刻印魔法で対策を施してない!?
撤収させよう、そうしよう。
あと今この場で運転手に正体を明かす選択肢があるが、そんな事をすれば修理代とかで弁償しきれない額を請求されそうなので逃げの一手だ。
俺、あおり運転をしているわけじゃないのに、なんでこんな目に遭ってるんだ。
ちなみに、カルアンデ王国に呼び出された時のスマホは向こうの世界に置いてきた。日本に戻って来た時に位置情報でばれると面倒なことになるからだ。
確か転移する前は中国と戦争になっていたんだっけか。
まさかとは思うが戦争に負けていたりしないだろうな。
通貨が変わって日本円が使われなくなったらどうしようかと思うぞ。
自衛隊もいるし日米同盟もあるから多分大丈夫だとは思うが。
お得意の無属性魔法で空中に網目状のネットを張り出して俺とローナ妻子の体を受け止め、勢いをある程度殺す。
ぐえぇとローナが乙女にあるまじき声を漏らす。かく言う俺も結構辛い。彼女が抱えている赤ん坊は、彼女が張った防御魔法で影響が無いようにしているようだ。
跳ね飛ばされた勢いが落ちてきたところでネットを消して、透明な滑り台を背後に出し、そのまま道路の上空へ俺たちは移動する。
俺は頭の中からセシルの頭の中へ無属性魔法による相互の会話を試みる。
『セシル、聞こえるか?』
『聞こえている。どうした』
『撤収だ』
『今現れたこの馬鹿でかいののせいか?』
『そうだ。鏖殺丸を……呼び出す前の状態に戻せないか?』
『できる』
『急げ』
セシルとやり取りしながら空中で静止した状態で眼下を見ると、暗くて良く分からないがどうも普通の車ではないようだ。
先頭車両の後に同じ車両が続々と連なっている。中には普通自動車と同じくらいの大きさの物もあったが、皆暗い色で統一されている軍用車輛という事だ。
もしかしなくても陸上自衛隊だ、これ。
そして今、停止した兵員輸送車から小銃で武装した自衛隊員たちが続々と出てきている。
「典男ー、あれ何?」
「あれが車だ」
日本に帰る前に、その存在を教えていたので理解できるはずだ。
「……嘘、本当に馬がいない」
「まあ、あれは軍用だ。国民が乗る車はあんなにごつくない」
「はあ」
ローナが目を疑い、俺の説明に頷くだけだ。
それはともかく、突然の自衛隊の登場に戸惑っているのは俺たちだけではなく視力を取り戻した暗殺者たちも同様でナイフを構えながら陣形を組み替えている。
セシルはすでにロボットから跳び下り、駆け足でその場を離れてこっちへ来る。ロボットはといえば足元に魔法陣が出現し、ずぶすぶと沈み込んでいった。
大まかな位置関係は道路上にいた俺たちを暗殺者たちが取り囲んでいたが、自衛隊が俺たちを押し出して入れ替わる形となった。
そして、アイマスクにごてごてと色んな物をくっつけたようなものを顔に付けた自衛隊員たちが、小銃で一様に暗殺者たちに狙いを定めている。
軍用車輛の上の機関銃だか機関砲だか分からないがそちらも暗殺者たちに砲口を向ける。
「
自衛隊員の一人が彼らに向けて叫ぶ。
「典男ー、スイカってどういう意味?」
「分かりやすく言うとどこの組織の者だ、それと名前を言え、だって」
昔、日本の某巨大インターネット掲示板のファンタジー世界に自衛隊が転移した、というお題目の掲示板で知り合った自衛隊員が教えてくれた言葉だな。もう十年以上顔を出してないけど、今あの人元気にしてるんだろうか。
自衛隊に向けて暗殺者が叫ぶ。
「お前たち、勇者の仲間なのか? そこをどけ、今なら見逃してやる!」
「……正体不明の武装した人物たちは外国人の模様、日本語が通じず会話も不能。指示を
「魔法で黙らせろ!」
自衛隊員は銃を構えたままどこかと連絡を取り合っているようだ。
一方、業を煮やした暗殺者たちは攻撃魔法の呪文を唱え始めた。
どうなるのかと俺は様子を見守ることにした。
「正体不明の武装勢力に告ぐ、今すぐ武器を捨て地面に伏せろ!」
「ファイアーボール!」
「ウォーターランス!」
「カッタートルネード!」
「ストーンレイン!」
自衛隊員の警告に返ってきたのは攻撃魔法の発動名。
直後、自衛隊員たちの背後の車輛に火の玉が幾つか命中し爆発し燃え上がる。
続いて複数の水の槍が何人かを貫こうとしてボディアーマーが功を奏したのか吹き飛ばされるだけで済んだ。
また形成された風の刃とどこからか現れた砂利が降り注ぎ、顔や腕それに足を押さえてうずくまる者が多数出た。
死人が出てなきゃいいけど。
「撃て!」
「敵は判別不能の未知の武器を所持している可能性!」
「まるで魔法だ、くそ!」
ファイアーボールの爆発直後に自衛隊員の命令で小銃の発砲が始まる。
対する暗殺者たちは何らかの防御策を講じていたのだろう、銃弾の中に混ぜられていた曳光弾が
驚いた。ファンタジーな連中、意外とやる。
「小銃弾の効果認められず、車載火器の使用を許可されたし!」
『敵の脅威度を本部でも確認した。許可を
「撃て!」
これまでの小銃とは比べ物にならないくらいの連続した重い火薬の弾ける音。
恐らく機関銃、下手すると機関砲を使用しているのだろう、空気が震え腹に響くような重低音が鳴る度、暗殺者たちの身体がはじけ飛び肉片が路上に散らばる。
擲弾でも撃ったのか地面が連続して爆発し、敵が吹き飛んでいる。
どうやら弾をそらす効果が期待できるのは小銃弾までらしい。
「対象無力化、発砲止め、発砲止め!」
自衛隊員たちは小銃を構えながら路上に転がる暗殺者たちに近づき、銃弾を頭部に叩き込んで死亡を確認してから素性を確認するため死体を仰向けになるよう蹴って転がす。
その一方で手すきの者は魔法の攻撃を受けた自衛隊員たちの治療に当たるため、負傷者を車輛に担ぎ込んでいく。
「典男、この世界の軍って凄いね。手練れの暗殺者たちをあっと言う間に仕留めちゃったよ」
「さすがに機関砲は無理だったか……」
空中で観戦していた俺とローナはそんな事を話していた。
俺の魔力量なら機関砲くらいなら防ぐ事はできるかもな。
別に敵対するわけじゃないから無駄な思考なんだけど。
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