第三十話 帰還、現代日本へ
この世界から離れるときにカルアンデ王国国王からは報酬のダイヤモンドを、魔王からはルビーとサファイアを定期的に送ってもらう契約をした。
魔王には世話をかけっぱなしであったが彼からなかなか楽しめたぞ、ポットは大事にすると言われ嬉しくなった。
また、魔王は故郷の日本に興味を示して俺に度々聞いてきた。政治体制や軍事、文化、メディアなども片っ端から聞かれた。特に娯楽に興味を示しボードゲームなどを開発することになった。
だがここでもまた余計なことを言ったのかもしれない。それというのも二次創作という同人誌の文化を教えてしまったのがきっかけだったと思う。
彼はそれに見事にハマり百合に目覚めてしまった。何と言えばいいのか、同じ男として彼と添い遂げようとする女どもの野心的なことに辟易していたところに百合同人誌の存在がいたくお気に入りとなったようだ。
俺に対して東京へ戻るのなら百合の同人誌を買い込んで定期的に魔王の元に送って欲しいと言う頼みを受けざるを得なかった。
少なくとも魔王がホモに目覚めなくて良かったと思う。もしそうなったら俺はお店の中でホモの同人誌を買い漁らねばならなくなり、周囲からドン引きされる可能性が高かったからな。
SNSが流行っている昨今、全世界に晒されかねないのでそれは避けたい。
なんと専用の特別な魔導通信を用いれば地球とこの世界の通信が理論上では可能だと言う。
定期的に連絡を取ることになり、そのついでで同人誌を送ることが決まった。
宝石には成功報酬も含まれているそうなので、是非やらねばなるまい。
◆ ◆ ◆
今、魔王城の隣にある神殿内の床一面に魔法文字がびっしりと書き込まれていて、送還魔法の準備が着々と進んでいる。
カルアンデ王国からアンリらが来て魔法陣に間違いが無いか精査している。
見送りにカルアンデ王やウェブル、ルモールにモンリーも訪れた。
念のためコリンズに王国で留守番させているそうだ。
要人が一気にカルアンデ王国から出国して大丈夫なのか尋ねたところ、国内の主戦派閥の抑え込みにも成功しつつあり万事順調とのこと。
良きかな。
準備は良いかと言う魔王の言葉に俺とローナ、セシルは頷いた。
送還の呪文に失敗して命の危険にさらされるような場所に送り込まれてもいいように、出来る限りの対策を施した専門家の意見を取り入れ、俺が手掛けた刻印魔法入りのマントを虎太郎を含めて四人が装備している。
マントには魔方陣がびっしりと書き込まれており、もし何かあっても対応できるはずだ。
ちなみに、虎太郎はローナの胸の辺りでおんぶ紐により固定されている。
「それではこれより送還の儀式に入る」
俺たちは魔法陣の中心に立ち、その外周をずらりと魔法使いたちが囲む。
「ではな、無事に帰り着くことを祈っておるぞ」
「ありがとう」
魔王の言葉に俺は簡潔に礼を言った。
「魔王様、貴方の優しさをいつまでも覚えています」
「お世話になりました、この恩は
「良い、戦争を終わらせることができただけで十分だ」
セシルは泣きそうな顔で魔王に別れを告げ、ローナは腰を折って礼をした。対する魔王はひらひらと片手を振るだけだ。
魔王とのやり取りをしている間、魔法使いたちは呪文を唱えると魔法文字が徐々に光りだし、俺たちを包み込んでいく。
「それにしても、マントなんて必要なの?」
「一応念のためだ、外すなよ? 間違って溶岩の中に出たら困るだろう」
「もう、心配症なんだから」
正式に妻となったせいか、ローナの口調は砕けている。
「向こうに着いたら私も子作りしたいぞ」
「気が早いぞ、日常生活を送れるようになってからな」
セシルの要望に訂正を入れた。
儀式の終盤、突然カルアンデ王国から魔導通信が入った。
「緊急事態です、申し訳ございません、主戦派の残党が儀式を妨害しています!」
「コリンズさん!?」
何と主戦派残党の思想に同調した魔法使い達が遠隔操作で俺の送還儀式を妨害しようとしていて、それが成功しつつあると言う。
コリンズは部下を率いてその現場に突入し、儀式中の魔法使い達の手前にいる敵と戦っている真っ最中だ。
魔王が直々に画面に映っていた主戦派魔法使いたちを魔眼で始末していくものの、妨害を阻止することはできなかった。
また、儀式で集められた魔力が膨大なため、中断すると暴走しかねないため儀式は続行されることになった。
「何という欠陥、次があれば改善を要求する」
「直接的な妨害行為には対策を施してあったが、カルアンデ王国の神殿で呼び出し、結んだ
俺の苦情にアンリが謝罪する。
「勇者たちはどうなる?」
「邪魔が入った箇所は修復中です、儀式終了までには間に合うかどうか……、できるだけ努力します」
「頼む」
心配げな魔王の言葉にアンリが応対する。
「もうすぐ儀式が完了します!」
「どこまで修復できた?」
「亜空間にのみ込まれたり、人体がばらばらになることは防げました。ただし、帰還後の出現位置がずれていますな」
魔王やアンリたちのやり取りに不安を覚えた俺は魔方陣の外へ呼びかける。
「地面の下や海の中、はるか空の上は
「安心せい、地面の上に出るように調整したわい。……というかどこじゃここ? ううむ、儂にはこれ以上は分からんな」
「大丈夫だよな!?」
「できる限りの事はする。女どもに不安を与えたくなければ、どっしり構えておけぃ」
「……はい!」
「間もなく儀式が完了します! 十、九……」
秒読みが始まった。
「ああ、もう、どうにでもなれ!」
「お世話になりました! 皆様お元気で!」
やけっぱちになった俺は投げやりになった。対するローナは皆に対する挨拶を忘れない。
「四……」
「絶対に幸せになってやる!」
セシルは叫んだ。
「三……」
「追加の報酬、楽しみにしておけ!」
魔王が笑顔で見送るのが見える。他の皆は儀式が上手くいくのかどうか心配な表情だ。
「一、発動!」
瞬間、俺達の視界が白く染まった。地面も無くなり独特な浮遊感に包まれる。
何かに精神がもみくちゃにされるような感覚を受ける。
うおお、これはきつい。
確かに副官の言う通り、妊婦や生まれてから間もない赤子には耐えられないかもしれん。
◆ ◆ ◆
時間にして数秒で闇の中へ場所へ出た。石のような地面に着地する。
「わったったっ」
「っと、大丈夫か?」
「おっと」
よろめくローナに手を伸ばし抱き支える。セシルは無事着地したようだ。
「日本に着いたのか?」
「暗くてよく分からん」
西暦2028年2月12日20時42分 広島県呉市郷原町付近国道375号線
周囲を見回すが、夜間なのに明かりがほとんど見えない。本当にここは日本なのか?
とはいえ、旅行を趣味にしていない俺にとって東京都内から出たことは余りない。せいぜい学生時代に林間学校や修学旅行などで遠出したくらいだ。
セシルがその場にしゃがみ込んで石でできた地面、恐らくアスファルトに手を置いている。
「変わった石畳だな」
「アスファルトと呼ぶそうだ」
「ほう」
セシルが路面をなでて感触を確かめているようだ。
引き続き周囲を見回していると、突然闇の中から飛んできた物がマントに施された刻印魔法の効果に弾かれ金属音を立てて落ちた。
しゃがんで確認するとナイフのようだ。詳しく観察しようと手に取って持ち上げると、隣にいるローナが覗き込んでくる。
「……これは」
「ナイフですねえ」
「何でだ?」
「さあ? ……でも、この
限度はあるが俺たちに物理攻撃は無意味に近い。だからこうして暢気に会話することも可能だ。
ローナの反応から察するに、見覚えのある物らしい。
詳しく尋ねようとすると、周辺からかすかに小さな声がぼそぼそと聞こえてきた。
声のリズムや言葉から類推すると、カルアンデ王国国立魔法学園で習った攻撃魔法の呪文に非常に似ている。
というか、そのものじゃね?
無意識に無詠唱で外周に張り巡らせた無色の盾に火の玉や水の束、石の雨に風の刃が殺到してきたが全てを弾く。
マントにも耐久力がある。さすがに受けるがままにしておくとマントがぼろぼろになってしまうためだ。
魔法が飛んできた方向に目を走らせると、全身を黒っぽい
こっちはマントに透明化の刻印魔法を刻み込んでいるんだぞ、何で位置がばれてるんだ?
「俺には良く分からないんだが、あいつらが誰か分かるか?」
「あー、昔見た事ある。どこかの貴族が召し抱えてる暗殺者だよ」
「なるほど。……暗殺者!?」
ローナの暢気な言葉を流そうとして、犯人たちを二度見した。
再び飛んできた魔法が盾に着弾し空気が震える。
「恐らく君たちから聞いていた、カルアンデ王国の主戦派閥の残党から差し向けられたんじゃないか?」
「しつこいな!」
「典男はそれだけ恨まれてるってことだねー」
「何、暢気な事を言ってるんだ。お前たちも狙われてるかもしれないんだぞ」
「それは困るねー」
「叩き潰しておくか」
セシルの推測に俺が毒づく。
ローナは相変わらずのほほんと感想を述べたので、頭痛に悩まされながら言い返すと二人が戦う気を見せた。
魔王が主戦派閥の議員を殺害したのはやりすぎだったということか?
まああの時の魔王を止める術は無かったし、遅かれ早かれ主戦派閥はカルアンデ王国国王に弾圧されていた可能性はあっただろうし、過ぎた事だ。
俺たちはこの世界まで追いかけてきた敵と対峙した。
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