第三十二話 離脱

 西暦2028年2月12日20時59分 広島県呉市郷原町付近国道375号線



 俺たちに向けられた追手を短時間で排除した自衛隊を見て感心していると、比較的近くにいた自衛隊員の一人がこちらに顔を向けているのを見つけた。

 見つかった?

 透明化と認識阻害の魔法がかけられているマントがあるのに?


 そういえばさっきから俺はローナと直接会話してる。極力抑えたがその声が聞こえてしまったのだろうか? 

 もう手遅れだろうが、セシルに対してやった頭内通話に切り替えることにした。

 俺たちを見ていた自衛隊員が小銃を構えて筒先を向ける。


誰何すいか! 誰何! 誰何!」


 ばれたか?

 その言葉を聞きつけた近場にいた自衛隊員たちが反応してこちらに振り向くと銃を構える。

 が、すぐに困惑する。


「おい、どこに向かって言ってる? 何も無いぞ」

「疲れてるのか?」

「分からない、分からないが、そこに!」


 彼の言葉に他の隊員たちも改めて銃を構え直す。

 どうやら彼らには効いているようだ。なら何故俺たちを見つけた彼だけには効かないのだろう? そして見えていないが感じている彼を仲間たちが信じている。

 これはあれか、幽霊が見えるとかいう霊感の持ち主という事だろうか。


 そこにセシルが足音をなるべく立てずにやって来た。

 マントの効果で通常なら人間には見えないが、同じマントを身に着けた者同士なら見えるようにしている設計だ。


 足元で止まった彼女を魔法の板で俺たちの高さまで持ち上げる。

 息を整えているセシルに頭内通話で話しかける。

 すぐ近くに自衛隊員がいるからな、声を上げられん。

 ちなみに、ローナに抱かれている虎太郎は睡眠魔法でぐっすりだ。迂闊に泣き声を上げられたりしたら終わる。


『悪かったな、呼び戻して』

『いや。それにしても、こいつらは一体? 恐ろしく強いぞ』

『俺の故郷の軍隊だ。絶対に喧嘩を売るなよ』


◆     ◆     ◆


「こちらからは肉眼で視認できない。偵察車の各種センサーで探査できるか?」

『少し待て』


◆     ◆     ◆


 自衛隊員たちはこちらに向いたまま警戒態勢をとっている。

 その様子を見ていたローナが俺に話しかける。


『姿を現して正直に言ったらどうなの?』

『しかしなあ、俺たち車の体当たりに耐えた上、宙に浮いているんだよね』

『それが?』

『この世界にはない技術。それをこの国の偉い人が見たらどう思う?』

『……問答無用で訊き出されるね』

『せっかくのんびり暮らそうかと思っていたのに、こき使われそうなんだよなあ』


 ブラック企業に勤めたことがある身としては、偉そうに指図する人間は嫌いだが、だからと言って日本が嫌いなわけではない。愛国心はある方だと思っている。

 限度はあるが、個人的には協力しても良いとは考えていた。


 でも、それは今じゃない。

 呑気のんきに会話しているとだだだんと発砲音がした。展開していた無色の球状の盾に三つの火花と共に弾かれる銃弾。

 俺たちの存在に気づいた一人が三連射で撃ったようだ。


◆     ◆     ◆


「おい、何も無いのに無駄弾を……何だ今の」

「空中で銃弾が当たった?」

「センサーの反応は?」

『今、該当空間を中心に解析を始めた』


◆     ◆     ◆


 自衛隊員たちは銃を構えたまま警戒している。さらに周辺の安全を確保した他の自衛隊員もこちらに駆けてくる。


『何、撃たれたの?』

『今の攻撃なら余裕で防げるから安心してくれ』

『魔王領で聞いてはいたけど、本当にあんな武器があるんだー』

『信じてなかったのか? 酷いなあ』

『普通、あるとは思わないもん』


 俺の腕の中でローナがむくれる。


◆     ◆     ◆


『解析完了。該当空間に不自然な空間の歪みを検知。正体は不明だが何かいる』

「小銃で駄目なら、機関砲で撃ってみてくれないか?」

『目視できない以上、予算の関係上難しい。【無光むこう】を使う』

「世知辛いな……、了解。引き続き警戒する」


◆     ◆     ◆


 ローナと会話中、セシルが話しかけてくる。


『こらこら、いつまでくっついているんだ、妬いてしまうぞ』

『あー、悪かった』

『ふふん、役得役得ぅ』


 手を離し、不可視の板の上にローナを立たせる。

 突然、俺たちの周囲に張り巡らしておいた不可視の盾が一部激しく赤熱する。


『お』

『む』

『わ、今度は何?』


 俺たちは戸惑いつつも事態を読み取ろうと観察する。

 盾が赤熱したまま空中に残ったので向こう側の視界が遮られたため、周囲に張り巡らせた球状の盾を少しずらすと原因が判明した。

 一りょうの装甲車に載せられた上部構造、それにはめ込まれたレンズがこちらを向いていたからだ。


『今の攻撃はあそこからか? 確かあの形状は、レーザー兵器だったような……?』

『何だそれは?』


 観察している俺にセシルが訊いてくる。

 何だっけか、武器見本市とかでどこぞの企業が対ドローン向けに開発された物が発表されたけど、それを防衛省が導入したのか。


『ほら、魔王軍にいた巨人が森を吹き飛ばしたときに使ってた』

『あ、びーむとかいう攻撃魔法だっけ』

『そう、それと似たような物だ』


 専門家に言わせれば別物で間違いなのだろうが、ローナたちを納得させるために必要な事なのだ。


『そんなのをわたしたちに向けて撃ってきたの?』

『あれと比べると威力はかなり低めだぞ?』


 実際に焼かれてはいないが、喰らったら大火傷やけどじゃ済まないだろうな。


『でも、危険なことに変わりはないよ!』


 ローナが憤慨しているのを見て、そうかもしれないと同意する。

 いかんな、魔法で防御力が上昇しているせいなのか大抵の事には動じなくなってる。殺傷能力のある武器を放たれた手前、ここは怒るべきなのだろうな。


◆     ◆     ◆


光着こうちゃく!」

「どうだ?」

『効果不明』

「何も無い所が赤くなってる……」

「やっぱ何かあるな」

『引き続き継続照射を行う』

「俺らもあの赤い部分周辺に撃ち込んでみるか」


◆     ◆     ◆


『こうしてやる、え~いっ』

『ちょっと!?』


 俺が止める間もあらばこそ、ローナが両手を突き出し手のひらから白い光の線が十本以上放たれる。

 マリーが使っていた光属性魔法の光の雨ホーリーレイだ。

 光線はシャワーのように装甲車に搭載されたレーザー兵器に降りそそぎ、青白い光がひらめくと同時、ばんっと大きな音を立てて煙が上がる。

 壊した? 壊した!


『ふんっ、どうだぁ!』

『あー……』

『典男よ、これはまずいのでは?』


 自信満々で俺に笑顔を向ける彼女に、顔が引きつる俺。心なしかセシルの声が若干震えている。

 やっちまった。


『……逃げるか』

『えー、やっつけようよー』

『馬鹿、死ぬわ!』


 そう言ってる間に俺たちに向けて小銃を発砲する自衛隊員たちと、銃弾が着弾する数がぐんと増える。

 時折ときおり、車載機関砲が火を噴いて盾に大きな火花が複数散り、盾の修復力を上回る攻撃で表面がブロック崩しのようにがりがりと削られていく。

 ごくわずかではあるが、不可視の盾を維持するための俺の魔力量も減っている。


 なんとなくだが、今姿を見せて正体を明かしに行こうとすると問答無用で殺されるのではないかと直感し、この場を逃げることにした。

 無属性魔法の盾の層を分厚く球状に張り直しながら、いつもの要領で高度を稼いで滑り台を作成し、とっととその場を離れようとすると、不可視の盾がまたもや赤熱した。


『またか!』

『今度はどこから!? 潰す!』


 眼下を見下ろし攻撃してきた場所を探しながら高度を上げ続ける。

 アニメ等の描写だと空間を走るレーザーが格好良かったんだが、現実は見えないのか……残念。

 無属性魔法の視力拡大で探すと、別の装甲車に載せられたレーザー兵器がこちらにレンズを向けているのが見えた。

 それどころか、車載レーザー兵器の全てがこちらへ指向してるような……。


 照射されている箇所が赤から白へ変化し、盾の表面がどろどろに溶けていくのが分かる。

 溶けた箇所に銃砲弾が弾かれずにめり込んで止まる。

 思ったよりも威力が高いかもしれない。貫通されたら大やけどじゃ済まないぞ。


『白くなってる盾が邪魔で狙いにくいよ、どかしてくれない!?』

『それよりも逃げるから捕まってろ、滑り降りるぞ!』


 一目散に滑り降りる。その間もレーザーによる照射が続く。ほとんど狙いにずれはなく、盾がなければ俺たちに確実に命中し続けている。

 銃砲弾の方は不規則な動きで命中率が少々落ちていて、俺たちの近くをぴゅんぴゅんと掠めていく。


 滑り降りる途中で気が付いた。闇夜の中で視認しづらいが、何か滑る先で横に走る線が複数見える。段々と近づいてくる物体が何なのかを理解した瞬間、滑降かっこう先を微妙にずらした。


「え、え? どうしたの!?」

「障害物だ、気にするな!」


 ローナにはそう言ったが、何のことは無い、鉄塔から鉄塔へ走る送電線のことだ。

 いくら対電撃の刻印魔法が施されたマントでも、ここまでの電圧に耐える設計にはなっていない。

 うっかり引っかかろうものなら感電死間違いなしの凶悪な代物だ。


 上手い事にすり抜けたが、俺たちを追ってきたレーザーが複数の送電線の内二本に当たる。線を抉られたらしく自重でがくんと垂れ、二本ともぶちぶちと千切れてしまった。 


 眼下の町の明かりが一斉に消える。

 俗に言う停電だな。まだ無事な送電線を盾に逃げるとしよう。

 俺は送電線伝いに飛んで逃げた。


 なお、このときの俺たちは知らなかったが、ローナの攻撃で一瞬明るくなったところをばっちり撮影され、画像解析されてしまった。

 結果、虎太郎を抱いた金髪少女ローナの上半身がはっきり写ってしまい、子持ちのテロリスト!? いや魔法少女!? いやいや子連れ魔女!? などと防衛省ではちょっとした騒ぎになっていた。


◆     ◆     ◆


「熱源、不規則な動きで離れて行きます!」

『【無光むこう】、射程外に出たため照射中止』

『機関砲による射撃も中止』

「あー、送電線が……」

「復旧にどのくらいかかるんだか」

「一尉、連隊本部への報告よろしくお願いいたします」

「胃が、胃が痛い……」

「一尉、逃走した正体不明の物体ですが、衛星で熱源を感知し現在追跡中とのことです。また、部隊の一部を抽出して目標を追跡捕捉し可能なら拿捕せよ……との命令を受けました」

「はあ? 相手は小銃が効かないうえに空を飛ぶんだぞ、無理だろ」

「…………余裕が無いので申し訳ないが現地の部隊と連携して当たれ、とのことです」

「……了解した。現時刻をもって一部任務を変更。全員に通達。負傷者がいない部隊のみで追跡に移る。……それで、目標の行く先は?」

「呉方面とのことです」


◆     ◆     ◆


 レーザーや機関砲による攻撃が完全に止んだ。

 もう大丈夫だろうと判断して送電線から離れ、しばらく滑って適当なところで速度を落とす。

 落ち着ける場所はないか? というかどこだここ? 北極星が見えるからだいたい南の方向に向かって飛んでるのは分かる。

 見下ろすと、先ほどまでの山がちな地形と違って街明かりが見える平坦な場所に出たようだ。

 この辺りなら着陸するにもってこいだ。

 皆にその旨を伝えると、ゆっくり降下していった。

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