第十八話 尋問

 ざわめく俺達を見て黒髪の少女がふんと鼻を鳴らした。


「なんだ、敵はどんなやつかと思えば、我らのことを何も知らないんだな」

「女が戦場にいてはおかしいか?」


 黒髪の後に続いて金髪の少女が初めて口を開いた。たどたどしいカルアンデ王国の言葉でだ。


「俺たちが住んでる国と交流がないそうだし、知らないのも仕方ない。……それより、戦場で女が戦うのは普通じゃないのか?」

「ありやせんね」

「過去の戦争で学徒動員された例はあるけれど、女子も最前線に引っ張り出されたことはあったかなあ?」

「俺たちの場合は特別なんだろう」


 彼女たちの疑問に俺は答えると、モンリーたちに尋ねる。モンリーは即座に否定し、ウェブルが首を傾げ、ルモールが肩をすくめた。


「……とまあ、そういうわけでこっちの国では女子がそうそう戦うことはないそうだ。逆に質問するけど、どうして君達はここで戦ってるんだ?」

「家族の仇を討つために決まってるじゃないか!」

「……家族?」


 俺がこちらの現状を説明し、彼女たちが戦う理由を訊いたら、いきなり黒髪が激高げっこうした。ウェブルが眉をひそめる。


「何言ってやがる、軍事国家の民を皆殺しにしたくせに!」

「俺たちの戦友まで殺しやがって!」

「ふざけるな! あたしたちの国でさんざん好き勝手しといて!」


 腹を立てた兵たちが黒髪の少女と怒鳴り合いになり、一人の兵が彼女につかかかろうとしたので俺とウェブル、ルモールが間に割って入る。


「ちょっと待った! 双方落ち着け!」

「ああ!? 何だあ!?」

「話が食い違ってる、何かおかしい!」


 俺が待ったをかけ、声を荒げる兵たちにウェブルが呼びかける。兵たちが黙って彼女たちをにらみつける。

 俺は彼女たちに問答をすることにした。


「黒髪の女、まずは名前を教えてくれ、呼びにくい」

「……セシル」

「金髪の方は?」

「ネア」

「セシルとネアの二人に訊く。家族を殺されたというのは誰にだ?」

「人族」

「右に同じ」

「二人とも、か。……まさかとは思うが、このロボ……巨人を操っている者たちは皆同じ境遇きょうぐうだったりするか?」


 俺の質問に困惑した二人のうち、ネアが答えた。


「そうだ。それが何か?」

「……何となく見えてきた。君たちの家族を殺したのは軍事国家なのかい?」


 ウェブルも察したらしく、核心を突く問いを二人に投げる。


「そうだ。だが、お前たちも人族だろう」


 セシルが首を縦に振ったが、俺たちを見る目は猜疑心さいぎしんあふれていた。


「僕たちカルアンデ王国では、君たちが突然軍事国家に攻め込んできた、と聞かされているんだけど……」

「何故そんなことになっている! 逆だ!」

「軍事国家の方から先に仕掛けてきたんだ!」


 ウェブルがカルアンデ王国で流れている情報を口にすると、二人が怒り出し、その剣幕けんまくに兵士たちや学園生たちに動揺どうようが広がる。


「そんな話、聞いたこともないぞ?」

「一体いつの話だ?」

「今から三年くらい前に軍事国家があたしたちが住んでる魔族領に攻め込んできた。その頃は魔族同士で争ってたんだけど、軍事国家のやり口の酷さに魔族は争ってる場合じゃないとひとつにまとまって、ようやく一年くらい前に国境まで奴らを押し返した」

「その後も奴らから度々攻め込まれてその度に撃退してたけど、半年くらい前にこの巨人どもを使って奴らを攻め滅ぼしたよ」


 兵たちからの質問にネアとセシルが答える。

 困惑した兵が二人の捕虜に尋ねる。


「待て待て、そうすると何か? 俺達が聞いていたのは全くのうそ、と」

「逆に訊くが、そもそも、魔王領が軍事国家に戦を仕掛けた、と聞いたのは誰からだ?」

「滅ぼされた軍事国家の生き残りの民だよ」

「何だそれは!? そいつらは嘘を言っている!」


 兵の答えを聞いたセシルが愕然とした顔で抗議する。


「軍事国家を助けようとする貴様ら人族は、軍事国家の人族と同類とみていいのか?」


 セシルに対して比較的冷静そうなネアが訊いてくるが、疑いの眼差まなざしたっぷりだ。


「どうしてそうなる?」

「我ら同胞を襲うからに決まってるではないか」


 俺は頭を抱えそうになりながらネアに問い返すと、彼女は断言した。


「それにしては軍事国家をあっという間に滅ぼしたのに、よその国には攻め込まないね。理由を訊きたいんだけど」

「魔王が悪いのだ、軍事国家を攻め滅ぼした勢いでこの大陸を我が物としてしまえばよいのにそれをしない。」


 ウェブルの挑発にセシルがあっさりと乗った。

 さすが魔族、軍事国家を十日で攻め滅ぼしただけのことはある。余裕たっぷりだ。

 詳細を聞くのが大事と考え根掘り葉掘り訊くことにした。


「魔王が止めてるのか? ちなみに、軍事面での最高司令官は魔王で、政治面での最高位も魔王なんだよな?」

「そうだが、それがどうした?」


 何を当たり前のことをといった表情でセシルが返事する。

 いや、だから、お前たちのこと何も知らないんだって。

 心の中で突っ込みを入れ、うんざりしそうになる顔を我慢する。


「……攻めない理由は聞いたことがあるのか?」

「聞くわけないだろう。雲の上のお方だぞ」

「そうか」

「ノリオ、何を考えているんだい?」


 俺とセシルのやり取りにウェブルが割って入ってきた。


「……あくまで仮に、の話なんだが、魔王が俺たちとの戦を望んでいないのなら魔族とカルアンデとの戦を停めることができるかもしれない。……他の国はどうでもいいが」


 契約したのはカルアンデ王国だからな。


「……できるのか?」

「直接交渉できれば、あるいは」

「君、忘れたのかい? 外交交渉ができるのは勇者でないことを」

「そうだった……」


 ルモールに半信半疑で訊かれたので自信はないことを表に出したところ、ウェブルに突っ込みを入れられた。


「総司令官に掛け合って外交官を連れて行くか? 可能かどうかはやってみないと分からんが」


 ルモールが案を出した。

 これは彼もこの戦を長引かせるべきではないと考えて良いのだろうか?


「……やろう。敵であれ味方であれ、これ以上の人死は見たくない」

「今期の勇者様は随分と臆病おくびょうなんですね」


 本心から吐露するとそれを聞いていた兵たちの一人から冷たい言葉が浴びせられた。


「おい」

「いいんだ。実際この国に来てから初めて軍事教練を受けて、戦に身を投じたんだから、怖いのは間違い無い」


 低い声が出たモンリーを止める。

 今まで共に戦ってきた戦友がいなくなる悔しさは理解できる。

 別に死んだわけではないけれども、同僚たちが大規模なリストラでいなくなった経験をしているからな。

 俺の話に続きがあるのが分かっているからだろうか、みんな無言だ。


「俺はこれ以上君たちの死が見たくないだけだ。無事に生きて故郷に帰って家族と平穏に暮らせる時代を過ごすのを見ていたいのさ。……俺が得意なのは補助に特化した魔法だけ。直接力になれない分、裏方として頑張がんばる他ないさ」


 戦場を経験したせいもあったのか、反論は無かった。


「そうだ、損害はどのくらい出た?」


 俺の呼びかけに名を知らない聖女見習いが発言する。


「勇者様に報告します、負傷者多数、されど回復の見込み有り!」


 一息つけるか、と思った直後の報告に身構えた。


「死者十数名!」

「……正確に数えろ」


 何で十数名?


「すいません、巨人の攻撃で数が分からないくらい遺体の損壊が激しくて……」

「……それなら生存者の数を数えろ、そっちの方が手っ取り早い」

「それもそうですね」


 点呼を取り、死者は十七人と判明した。

 その中にマリーが、含まれていた。


◆     ◆     ◆


 魔力が足りず、せめて女子は五体満足で親元に返そうと肉体を修復する聖女見習いたち。


「損壊が酷い死体も連れて帰ろう」

「そのつもりです」

「そっちの修復した死体も丁重に運んでくれ」

「その必要は無いですよ」

「どういうことだ?」

「彼女たちの出番です」


 ジャックの言葉を聞き遺体に目をやると、幽霊メイドたちが遺体に重なっていく。

 間を置かずして、遺体が次々と起き上がっていく。


「は? え?」

「勇者殿はご存知なかったのですか? 基本、遺体は幽霊族が操って遺族へ送られます」

「ええ?」


 ローナ含めた幽霊メイドたちが遺体に憑依して彼らを操って要塞に帰還することになるようだ。

 普段は人間の身体を動かした経験が無いためか、糸の切れた操り人形みたいにぎくしゃくしながら遺体が移動していくのはちょっとしたホラーなのではないだろうか。

 幽霊メイドはこのときのために従軍しているとの説明でカルアンデ王国の文化が良く分からなくなってしまう。


 ローナたちの役割、幽霊メイドは人間族に友好的で下々の世話をやってくれる大変ありがたい存在であり、戦場に連れて行くことができ大変重宝する。最も重要な役割は友となった人間の死体を持ち帰る任務である。それというのも戦場で死んだ場合、弔うことができない場合死体はゾンビとなって蘇り、周囲に災いを振りまくものとされ忌み嫌われている。


 幽霊メイドよりも死者の数が多いため、連れて帰れない分は遺体に聖水をまいて埋めて弔い、ゾンビ化を防ぐ。

 今回は生者が多かったため、死者を全て運ぶことができたというだけの話である。


「ところでこれどうしやす?」

「まだ時間に余裕はある?」


 モンリーが二体のロボットを指差して尋ねてきたので訊き返すと、発条ぜんまい式腕時計を確認しながら大丈夫と頷いた。


「じゃあちょっと調べて行こう。セシルにネア、協力してくれ」


 それぞれが乗るロボットに同乗した俺とモンリーが監視する中、自慢のロボットが最大限の力を発揮できると聞かされ意気込んだセシルとネアが、俺たちに力を見せつけてやると宣言する。

 エネルギーが高まっていく音が内部に聞こえてくる。


「発射!」


 ほぼ同時に二体のロボットから放たれたエネルギー弾が近くにあった森に向かって飛翔し森の中に消えていく。

 少しの間をおいて森が大地から引きちぎられ空へと舞い、木々のどれもが炎上し燃え尽きていった。

 後に残るは焦土化した大地のみ。


「……どうだ」

「最初に言おう。……森の動物たち、ごめんなさい。…………というか、何でこんな力を持っているのに俺たちに使わなかったんだ!?」

「魔王様が使うなと言ったからに決まってるだろう?」


 ロボット内部まで響く轟音の中、俺はセシルに怒鳴って尋ねたが、返ってきたのは胸を張りながら自慢げに笑う少女の姿だった。

 びびった俺たちはロボットをセシルたちに操縦させながら撤退した。

 本当にセシルたち、手を抜いてたんだなあ。最初から本気だったら、俺たちこの世にいなかったわ。


「心変わりして俺たちの陣地を破壊するなよ」

「したらどうするんだ?」

「俺が直々に手籠めにして子供産ませて二人一緒に年老いて孫に囲まれてベッドで死ぬことになる」

「…………えっと」


 脅し文句のつもりで、とりあえずおっさんが言えば女性が嫌がるだろうことを言ってみた。

 あれ、言った後で気づいたがこれセクハラか?

 俺の人生、女性と大して付き合った事なかったから何が良くて何が悪いのかいまいち分からん。

 今度誰かに教えてもらう事にしよう。


 何にせよ、良く分からないがセシルが黙ったので良しとする。

 とりあえず目的は達成した。

 巨人、もといロボットを鹵獲ろかくすることは勿論だが、お互いの力量の差を直視させることを。

 他の部隊は良く分からないが、モンリー中隊の中にも広範囲殲滅せんめつ魔法を一度見せたきりで使おうとしない敵を、アレはそう何度も使えない魔法だとあなどる兵がいたことだ。

 勘違いしたまま時間が経過した場合、ろくな未来しか待っていない結末を迎えていたかもしれない。


 そんな事を考えていると、そでが引っ張られた。

 操縦席に目を向けるとセシルがこちらにやや顔を向けている。


「……何だ」

「これからよろしく」

「? おお」


 セシルがむすっとした表情で言ってきた。

 良くは分からないが、言う事を聞いてくれるので良しとしよう。


 戦争で味方を萎縮いしゅくさせるのはどうかと思う人もいるかもしれないが、いけいけどんどんで収拾がつかない結果を招き寄せかねない。

 少なくとも、モンリー中隊の兵たちの顔が青いのは効果があったと思う。

 あとは政治家の上層部に有りの儘を伝えられれば、身勝手な意見や命令が無くなる可能性がある。というか、それを期待したい。


「ヤスタケさん」


 撤退する中、小休止として地上に降りたら唐突に呼びかけられて振り返ると、五体満足にぎくしゃく動くマリーの姿があった。


「ん、マリー……じゃないか。中に入っているのは、ローナか?」

「当たりです。握手握手」

「何だ?」


 差し出された手を握ると、予想に反して人間の体温の温かみが感じられた。


「どういうことだ?」

「マリーさんの魂は抜けてどこかに行ってしまいましたが、それだけで、他は健康そのものですよ」

「理不尽な」

「これで聖女がいてくれれば復活できたんですけどねえ」

「王都の神殿に聖女がいたな。蘇生してもらおうか」

「無理ですね」

「何故だ」

「時間が経てば経つほど難しくなります。死亡から十日が期限ですね。まあ、その頃には聖女でも蘇生は困難になりますが」


 十日ならなんとかなるはずと言おうとしたが、可能性の低さに気分が落ち込む。


「それに、彼女くらいの地位に就いていると相手は上位貴族の相手が中心で忙しいので、割って入って下位貴族のマリーさんを蘇生してもらえるかどうかは……」

「……そうか」


 マリーの顔で発言するローナを見て複雑な気分になった。隣にいるウェブルとルモールを見ると、彼らも微妙な顔だ。


「遺族には何て言おうか」


 ため息を吐いた。

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