第十九話 状況の打開
ロボットを
大抵の遺族はお悔やみの言葉に胸を張ったり、涙する者が多かった。
ただし、例外もいて。
「どうしてくれるんだ、勇者でありながら娘を死なせるとは!」
「申し訳ございません」
魔導通信の映像越しに俺に怒鳴りつけている遺族、具体的にはマリー・ゼストの父親と隣にいる母親が画面の中にいた。
ひたすら怒鳴り散らす男にこちらを
日本の会社に勤めていた頃、お客様の対応として上司から口酸っぱく、反論せずにひたすら頭を下げ続けろと教わったが、なるほど、こうする他無い。人を死なせたのだから。
「はあ、もういい。……ところで娘の、マリーの遺体はどこだ?」
「それでしたら、聖女見習いの魔法で肉体を修復されて、多分元通りになっております」
「多分とはどういうことだ?」
「私はマリーさんの裸体を見たことが無いので、亡くなられる前の状態に戻ったのか判断できません」
「ああ、そうか。……役立たずめ」
俺の表情筋がぴくりと動いた。
「失礼ですが、どういう意味でしょうか?」
「文字通りだ。勇者を
「……」
マリーの言葉通りだ。
「ケイ家やテイラー家よりも格の高い勇者の血を混ぜることで優秀な子孫が狙える目論見がご破算よ」
今度はマリーの母親の言葉。
こいつら、本当に娘を道具としてしか見ていなかったのか。
「勇者と言うのは、私の事ですか?」
「それ以外に誰がいる。……そもそも君は勇者失格なのだ、私の娘を死なせたのだから」
「はあ」
それはどうだろう? 生きている限り、再起の目はあると思う。
「罰として、我らの娘と交わり子を成せ」
マリーの父親の物言いを理解できず、首を傾げる。
「分からないのか? マリーを孕ませ、我らに優秀な血筋を残せと……」
「黙れ」
「……何?」
「そういう目で彼女を見たことは一度もない」
俺はウェブルとルモールの親しい友人の一人としてしか見ていなかった。
「少々お待ちください」
「……? 何をしている?」
彼女の両親の態度に我慢できなくなった俺は、コンソールを操作し、とある人物に別回線を開いた。
「私への直通回線を開いたのは君かね? ……ヤスタケ君か」
「お久しぶりです、いきなりで申し訳ないのですが、学園生たちに死者が出ました」
「……そうか」
「遺族に謝罪していたのですが、ゼスト家から娘のマリー嬢を私にあてがう発言をされまして、どうお断りしてよいのやら困っていたところでして」
「……中身は幽霊族か?」
「そうです」
とある人物は小さくため息を吐いた後、俺に言う。
「代わりなさい」
「分かりました」
コンソールを操作し、とある人物の通話をマリーの両親に繋げる。
「お前、さっきから誰と会話している……貴方は?」
「ゼスト家、マリー嬢の御両親で間違いないですか?」
「そうだ。それよりも勇者と話をさせろ、まだ話は終わっていない」
「いいえ、終わりです」
「……何?」
「聞けば、亡くなられたマリー嬢を見も知らぬ幽霊族に憑依させて、勇者と子を成そうと企んでいるとか」
「それがどうした。我らにはもう後が無いのだ。こうでもしなければうちの家系は這い上がることができなくなる」
「滅びてしまえば良いではないですか」
「……貴様」
「上位貴族ならまだしも、吹けば飛ぶような下位貴族の下衆な野心に敬意を払う者はいませんよ」
「下位貴族とはいえ、貴族を侮辱したな、名を名乗れ、叩き潰してやる!」
「王立魔法学園長、サリュー・マッケンローと申します」
その名を聞いた途端、目に見えてマリーの両親が狼狽える。
「マ、マッケンロー? ……公爵家だと?」
「私の姿は分からなくても、家名で理解しましたか」
「ご、ご無礼を!」
「態度を改めても無意味です。貴方たちの考えは良く分かりました」
「お慈悲を……」
両手を組んで懇願する二人にため息を吐いたマッケンロー学園長が、二人に対しての通信を切った。
「ええと、どうなりました?」
「後で私からマリー嬢の両親に正式に断りの手紙を出させてもらいます」
「……お手数をおかけします」
「君は貴族関係に疎いのだから、こういう時こそ私たちに頼りなさい」
「ありがとうございました」
「用件は以上かね? では、失礼するよ」
マッケンローが通信を切るまで、俺は頭を下げ続けた。
俺は通信室を出た。
遺族へのお悔やみと謝罪はあの二人が最後だったので、無事にとまではいかなかったが終了した。
「ヤスタケさん、マリーさんのご両親は何と言っていましたか?」
通信室の外にいたマリー、いや、ローナか。彼女にゼスト家の本心を伝えると、呆れた表情になる。
「実の娘を道具扱いって馬鹿ですか? 人間って愚かですねえ」
「
「んー、ヤスタケさんにお願いがあるんですけど、良いですか?」
「何だ?」
「この体、私が貰っちゃって良いですか?」
「……その辺、良く分からないんだけど、どうなんだ?」
「その人が亡くなるとき、親しい幽霊族に体を譲る例は普通にありますよ」
念のため、要塞にいたウェブルとルモールやウォルズにも尋ねてみたが問題無いとの太鼓判をいただいた。
普段から人間に尽くしている幽霊族に対する最高のお礼なんだそうだ。
変わった文化だ。
◆ ◆ ◆
さらに三日後、俺とウェブル、そしてルモールがウォルズ要塞司令官に呼び出され、作戦室へと赴いた。
「捕虜を得たのはよくやったと褒めておこう。ただし、巨人の力を兵たちに目の当たりにさせたのはまずかったな」
「と、言うと?」
「魔導通信からもたらされたが、こちらも同じ力を得たことで、主戦派の貴族どもがこの戦に勝てると思い込んだらしい」
「……何ですかそれ。得たと言ってもたった二体で何ができるとでも?
「
「馬鹿な」
要塞司令官の言葉にルモールが
「……捕虜に訊いたのですが、あの巨人は少なくとも二百はくだらないと返ってきました。同盟国軍及び勇者たちを粉砕したそうなので、そいつらが一部でもこちらにやって来るのは時間の問題かもしれません」
「そんなことになったら王国はいよいよ勝ち目が無くなってしまうな」
ウェブルは捕虜から情報を訊き出していたようだ。彼の説明にウォルズがため息を吐いた。
「ちなみに、今議会の言う通りに実行されたとして、カルアンデ王国軍に被害がどのくらいに及びますか?」
「無論、壊滅だろう。勇者殿の機転により事無き事を得たというのに」
部屋が重苦しい沈黙に包まれる。
状況がより一層悪化した。何もしないよりはましだと思っての行動が間違いだったか。
「……いっそのこと、その愚物どもを巨人の力でこの世から強制退場させますか?」
俺は半ば投げやりな気持ちで正直に苦言を呈したら、ウォルズが首をゆっくりと横に振る。
「個人的には非常に魅力的な提案だが、却下だ。あと、ここだけの話にしておくから他人に言いふらしたりしないように」
「……了解しました」
ウォルズの話から察するに、主戦派の親玉は相当えらい貴族だと判断し、俺はしぶしぶ頷いた。
そいつの耳にでも入られたりしたら、俺の命はないだろうからな。
魔王討伐を達成した後、記念パーティーのどさくさに紛れて毒殺されそうである。
気を取り直そうとしたのかルモールが発言する。
「それで、今後はどうするのですか?」
「戦の経験の全くない政治家の命令に従うのも
「この要塞にいる外交官を伴って、先んじて和平工作を成し遂げてしまうのはどうでしょうか?」
ウェブルが良い提案をするが、要塞司令官は首を横に振った。
「その外交官が主戦派閥から派遣されたものだとしてもか?」
「……和平派閥の外交官は?」
後に聞いた話では、和平派閥はカルアンデ王国国王を頂点にバランスよくまとまってはいるものの、経済力に強い大貴族と彼らから借りた金で首の回らない中小貴族が主戦派閥となっており、後者が優勢だそうだ。
「主戦派閥の妨害にあってここに来られないそうだ」
「どこにいるんですか? 私が連れて来ましょう」
「ここから王都まで馬車で片道十日はかかるぞ。おそらくそれまでに奴らの工作が完了してしまうだろう」
ウォルズの言葉を脳内で
「ううん……そのくらいの距離なら、いけるか?」
「ノリオ? 何か策があるのかい?」
「実験では上手く行ったんだけど、実証はまだ試したことなくて……」
「移動系の魔法が使えるのか? それで、できるのか、できないのか?」
悩んでいる俺はウェブルとルモールに問いただされた。
「このままだと皆不幸になる……。……仕方ない、ぶっつけ本番になるけどやるか」
「どうするんだ?」
ウォルズに対応を問われたので説明する。
「今夜ここを発ち、国王陛下に直接会って来ます。それで外交官を連れて来ます」
「わかった、私が正式な書類を用意しよう。それを持っていけば事が運ぶはずだ」
「お手数をおかけします」
俺に代わり、ウェブルがウォルズに頭を下げる。俺は対応策が有効かどうか考え中だ。
「軍隊である以上、部下たちには意味のある死を与えたいところだが、無駄死にが多すぎて目に余るからな。国王と繋がりのある勇者殿なら希望が持てる」
「……まだ戦争を続けるおつもりですか?」
ウェブルの問いにウォルズは首を横に振る。
「まさか。圧倒的戦力差を覆しようがない時点で講和を結んで撤退が理想だよ。……ただ、どうやって魔王と会うかが問題だが」
「幼年偵察隊と連絡はつきますか?」
彼らに道案内をしてもらえれば、魔王の下へたどり着ける。
「うちの管轄だからそれはつくが……、魔王の居所ならすでに判明しているからその必要は無い。旧軍事国家と我が国の国境から近い場所の城にいるようだ。ただし、問題というのは奴の護衛をどうするかだ」
「強いんですか?」
「以前、魔王を暗殺しようと少数精鋭の部隊を潜り込ませたが消息を絶った。おそらくやられたんだろう」
さすが軍人、すでに手を打っていたのか。
正攻法でも無理、暗殺も無理となると詰んでいないだろうか。
それでもまだ俺たちは生きている、諦めるには早いだろう。
「それと繰り返しますが、捕虜にした二名の魔族は丁重に扱ってとは言いません。兵に手出しさせないようにしてください。暴行したのが相手側に知られた場合……」
「そこは理解している。信頼できる部下に見張らせているから安心したまえ」
「ありがとうございます」
ウォルズに軽く礼をする。
魔王の機嫌を損ねて王国を焼き払われたら元も子もないからな。
セシルとネアに訊いたが同盟国軍と勇者たちを壊滅させたのは彼女らの同僚によるものらしい。あのロボット部隊をいちいち相手にしていたら命がいくらあっても足りやしない。
さっさと和平条約を結ぶに限る。
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