第十七話 迎撃

 迎撃予定地点その一へたどり着くと、巨人でも足止めできる罠を張る。ここは保険だ。少し先へ進んでその二には軽めの罠を張る。こっちが本命と言っても良い。その二へ誘い込んで敵を捕虜にして内情を訊き出して、拝み倒して魔王との話し合いの場に持って行く。

 他のカルアンデ王国人が見ると失望するかもしれないが、個人的にはもうこれしかないと思う。

 その二で罠を張り終えた頃、上空を見ていたモンリーが声を上げた。


「げ」

「どうした?」

「今、偵察隊から風魔法で報告がありやした。……巨人に俺たちの存在と居場所がばれたようです」

「え」

「逃げやしょう。今なら誰一人死なずに逃げきれやす」

「魔法戦士隊の武器や鎧は?」

「多分、脱ぎ捨てなくても、この距離なら何とかなりやす」

「分かった」


 戸惑う周囲の学園生に俺は声を張り上げた。


「撤退、撤退、今すぐ撤退しろ! 先頭はモンリー中隊長殿だ、見失うな! 武器は捨てるな、いざと言う時のため持っておけ!」


 俺たちは走り出す。後方にいたモンリー中隊は速やかに後退が始まっていた。


「勇者殿、逃げるんですか? もう敵はすぐそこまで」

「馬鹿、今回は相手が悪い。お前が死んだら遺された家族に何て伝えれば良い?」

「しかし」

「生きて帰った方が家族は喜ぶ、無駄に死のうとするな」

「……了解」


 戦意旺盛な学園生の一人が俺にくってかかるが、冷静に言葉を返して説得した。

 走る、とにかく走る。果ての見えない長距離走だ。一定速度を保つ必要がある。

 万が一を考え、迎撃予定地点その一へ向かう。


「ヤスタケさん、まずいですぜ、奴ら、思ってた以上に、速い! 巨人は二体だけ、随伴は、いやせんが、このままだと、追いつかれやす!」


 モンリーがちらちらと幼年偵察隊の報告を聞きながら現況げんきょうを俺に伝える。

 随伴兵を置き去りにしたことで、速度を優先したか。敵もなかなかやる。


「どうしやす!?」

「最初に、罠を張った所に、行こう、そこで、迎え撃つ!」

「分かりやしたが、俺たちは、何とか、なるでしょうが、ヤスタケさんとこは、大勢、死にやすよ!?」


 それだけ練度が違うと言う事だろう。


「どの道、追いつかれたら、死ぬ、なら、ここで! ……モンリー!」

「分かってやす!」


 その一へたどり着いた俺たちはくさむらの中に思い思いの場所に伏せて身を隠す。

 モンリーは一人後方の中隊に合流しに駆けて行った。

 何分か待っていると、かすかに地面が揺れだした。


「来たぞ、このまま待機!」


 俺の命令に学園生たちが従う。

 微かな揺れは次第しだいに不規則な地鳴りへと変わっていく。


「ばれたくなければ動くな!」


 地鳴りは地響きへと変化し、もう巨人がすぐ近くまで迫っているということを教えてくれる。

 おそらく地響きの正体は足音であろうと思われるが、その音がある程度近づいたところで大きな音が二回響き渡った。


「かかったぞ!」

「ウェブル! 皆!」

「任された!」


 学園生の声を合図に俺がウェブルに呼びかけると、魔法を使える学園生たちは一斉に起き上がり、呪文を唱え始めた。

 ここにきてようやく巨人の姿を見る。

 外見は鎧や兜に覆われていて、腕や足が地面に吸い込まれて四つんいの状態でなんとか起き上がろうとしているのが見えた。


「なるほど、あれが巨人……? いや、これは……」


 兜の隙間から見える目の光が人工的なものだとわかる。そして鎧の隙間から見える金属光沢を持つ関節とケーブルらしきもの。

 ロボット……だと?

 だとすれば、魔王側でも勇者が召喚されていて、そいつが開発と量産に関わっていることになる。

 わずか数秒の間だけ我を忘れていたが、気付くと学園生たちが唱えていた呪文が完成しつつあった。

 罠からなんとか抜け出そうとする二体のロボットとどちらが早いか。

 何とか間に合うか……?

 呪文が完成し魔法が放たれる。一瞬の静寂の後、ウェブルが快哉を叫んだ。


「成功だ!」

「ルモール! 出番だ!」

「任せろ!」


 先ほどまで罠から抜け出そうと試みていた二体のロボットが地面にがっちりと固定されて動けなくなっていた。

 種を明かすと、まず地面の表面から下、ある程度はそのままにしておいて、下側を深さ二m程度の泥濘でいねいに変えたということだ。

 これで俺たちが上を走っても何ともなく、ロボットの方は重みに耐え切れずに地面を突き破ったのだ。


 広範囲に魔法をかけたことで学園生たちの魔力は大分消耗したようだが、残りはウェブルたち上手くやったようで作戦は成功した。

 ロボットが泥濘にはまって動けなくなったところを、元の地面に戻したのだ。下手に石に変えたりして多大な魔力を消耗しょうもうするよりは良いだろう。

 要は倒すまでの間に事を成してしまえば良いのだから。

 ルモール以下近接戦闘に慣れた人たちが二体のロボットに跳びかかる。


「なるべく傷つけるなよ!」

「分かってる!」


 俺の呼びかけにルモールが応え、ロボットの首や胴体などに縄をかけていき、四方から引っ張って拘束した。

 二体のロボットは四つん這いの状態で捕らえられた。


「やった!」


 学園生たちが快哉かいさいを叫ぶ。


「怪我人はいない!?」


 中隊の後方にいたマリー以下聖女見習いたちが前に進み出て来た。


「いや、多分いないけど。もっと後ろにいろよ、まだ終わってないぞ」

「あら、ごめんなさい。居ても立っても居られなかったので」


 ため息を吐きながら注意をする俺に、勝気なマリーたちの笑い声。そこにに誰かの叫び声がかぶさる。


「逃げろ、巨人が!」

「え?」


 俺やマリーたちがその声につられてロボットを見ると、二体共に縄を引きちぎって、大地から抜け出す姿が目に入った。

 そして。

 ロボットは手当たり次第に腕を振るい。

 俺の目の前にいたマリーが。

 視界から消えた。


「この野郎!」


 俺が無属性魔法の透明な盾を空間に張り出し、ロボットの拳を受け止める。

 遅かった。俺がもっと早く魔法を使っていれば。

 二体のロボットを透明な板で囲み、奴らに注意を払いながらマリーの姿を探すと、二十mも離れた場所に、人間としてあり得ない姿勢で転がっている彼女の姿を見つけた。


「マリーの近くにいる者は、彼女を安全な場所に運べ!」

「はいっ!」

「ウェブルっ、魔法は!?」

「駄目だ、魔力を使い過ぎた! さっきので看板だ!」

「ルモール、皆を巨人から下がらせろ、距離をとれ!」

「お前は!?」

「態勢を立て直す時間を稼ぐ、早くしろ!」

「分かった!」


 そう言っている間にロボットの力で透明な盾はあっさりと破壊された。

 力は向こうが上か!

 目まぐるしく対策案が頭の中をよぎる。

 透明な盾の強度を高めてみた。破壊された。

 透明な板をロボットの関節に出現させ、切断を試みる。無効化された。


 どうする。どうすればいい?

 ロボットどもが学園生たちに向かおうとする。

 破れかぶれに強化された透明な板をロボットの足元に敷いてみた。

 摩擦まさつ係数けいすう0で。


 つるんと。

 れするくらいに二体のロボットは宙を舞い、共にうつ伏せに地面に叩きつけられた。

 しかし、それもここまで。学園生たちが死に過ぎたせいで数が足りず、後が続かない。ロボットどもが起き上がろうともがいている。あの衝撃だ、操縦者にダメージがいっているのだろうが……。


 もはやこれまでか。

 奴らをにらみつけ、歯を食いしばったとき、忘れかけていた存在が己を主張する。


「お前ら、気張れえっ!」

「おうっ!」


 俺の脇をモンリー率いる中隊の兵たちが駆け抜ける。

 植物に関与する魔法で周囲の叢から草が捩じり、即席の縄に変化する。それらがロボットどもの四肢に巻き付き、固定した。

 ロボットどもが暴れようとするがびくともしない。


「モンリー、助かった」

「いや、助かったのはこっちだ。ヤスタケさんがいなけりゃ魔力が足りなかった」

「そうか」


 ルモールたちやモンリーの部下たち、近接戦闘に慣れた人たちが二体のロボットに跳びかかる。

 二体のロボットは四つん這いの状態で捕らえられた。

 傍目はためから見ても安全と判断した俺は、モンリーと一緒にロボットに近寄る。


「皆、そのまま抑えておいてくれ、こいつらを調べる!」

「危険じゃねえですかい!?」

「その時はその時だ!」

「ああもう、お前ら、しっかりと引っ張っておけ!」

「はっ」


 俺の指示にモンリーが危惧きぐするが、俺はこのファンタジーな世界で異質なロボットに興味を隠せず、無属性魔法で足場を作って駆け上がり、ロボットの背中に飛び乗る。モンリーも続いて乗ってきた。

 見た目が日本のアニメで見る二足歩行のロボットに近い形状をしているので、操縦者がいるのであれば出入口は腹側か背中側のはずだ。


 ビンゴ!

 操縦者が脱出できないことを考えてか、外部から強制的にハッチを開ける取っ手が目立たないところにもうけられていた。

 迷わず取っ手を握り、引っ張る。

 圧搾あっさくされた空気が周辺に広がると、ゆっくりと背中がせり上がっていく。


「こいつは巨人じゃないんですかい!?」

「モンリー、中にいる奴を取り押さえてくれ、殺すなよ!」

「分かりやした、後で訊かせて下せえよ!」


 俺はモンリーの言葉を背中に受けながら、もう一体のロボットの背中まで無属性魔法の足場で橋を架け、空中を駆ける。

 同じ要領ようりょうで二体目のハッチを開けると、簡易かんい的な操縦服を着てヘルメットをかぶった人が操縦席から身を乗り出してナイフを振りかぶっていた。


「おっと」


 俺は難なく避けると腕をつかんでひねり上げ、ナイフをうばう。

 たった半年の訓練だったが、日本での社会生活でまれた胆力たんりょくと合わせれば何てことはない。

 ふと、一体目のロボットに目を向ければモンリーも危なげなく操縦者を拘束し終わっていた。


「話を訊きたいだけだ、殺すつもりはないから安心しろ」


 カルアンデ王国の言語が通じるかは考えていなかったが、俺の言葉を理解したのか操縦者は暴れるのを止めた。

 操縦者を引っ張り上げながら操縦席を覗き込んでみる。

 一人乗りか。他には居ないな。

 内部を確認してからモンリーに声をかける。


「とりあえずここから降りよう、二人から話しを訊くのはその後だ!」

「分かりやした!」


 魔法で階段を作ると、俺たち四人は地面に降りた。

 周囲に兵たちや学園生たちが集まってくる。


「巨人だと思っていたのに、中に人がいたのか……」

「ていうか、こいつら、やけにちっこくねえか?」


 俺とモンリーに拘束された二人を見て口々に感想を言ってくる。

 周りは囲んだので逃げ場はないだろうと判断した俺は拘束を解いた。

 それを見たモンリーは「知りやせんよ」と言ってもう一人も放す。


「とりあえず話を訊こう。……そこの二人、頭に被っているのとってくれないか?」


 捕虜となった二人は顔を見合わせると渋々しぶしぶとフルフェイスヘルメットを外す。中から髪がこぼれ落ち、その顔を見た俺たちは驚いた。


「……人間、それも女の子だと!?」

「魔族じゃない?」

「どうなってるんだ、一体?」


 一人は黒髪、もう一人は金髪の少女だった。歳の頃からおそらく学園中等部の生徒たちと変わらない年齢だ。

 魔王領でも学徒動員が行われているのだろうか。

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