光や水に託すしかない

高坂しらの

光や水に託すしかない

太陽がくらりと沈む音がする欲しかったのはこの闇じゃない


火加減を正しくできたことがない有塩バターを溶かす、焦がす


キッチンに何もかも落としてしまうたとえばえのきたとえば記憶


混ざることと溶けることとは違うのにいつまで弄ぶ水と砂


わたしより柔らかな皮膚に包まれてそれ以上何を望むのだろう


中指であなたの芯をとらえたと思うたび逃げていく声、こえ、こえ


指先に力を込めるやり方をあなたはずっと分からずにいて


あなたという凹凸を迎えるためにいくつの門を開けばよいか


切った腹は閉じればいいと思ってるでしょう 破裂しそうな蛍光灯


いくつもの正しさの門くぐりぬけ産まれたのなら愛せると思う


梅雨空のぬめりの底に沈むようオルドビス紀の獣の祈り


身の内の水枯れ尽くすというほかの死因を思い描けずいたり


梅雨晴れの過剰な光 傷つけることなく触れる指先持たず


傷つけるための形に飽きたから風化していく中指の爪


ギリシアの数詞を諳んじる人の瞼の線に光る青ラメ


夏にこそ濃い闇はあり清潔な肉の白さに明らんでいる


どう考えても正しいのは闇の方わたしが白くついている嘘


濁音が喉に絡んで離れない言い切ることは刃にも似て


伝えたいこと伝えたいだけなのに光や水に託すしかない


暗闇に二つの音は並びおりわたしとわたし呼び合っている

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光や水に託すしかない 高坂しらの @cyrano_kosaka

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