出発前日

 あの日以来、東は俺の前に姿を見せなくなった。

 たとえ廊下ですれ違っても、無視されてしまう。


 そんな日が3日続いて、とうとう翌日に出発の日を控えた今日。

 俺は朝食後の部屋で北子さんと雑談を交わしていた。


「明日ですねぇ……」

「えぇ……」

「最近、東ちゃんはここに来てますか……?」

「あ、いえ……」

「そうですかぁ……まぁ……気難しい子ですからねぇ……」

「いや……東は悪くないんです……俺が告白なんてしちゃったから……」

「告白ですかぁ……」

「すいません……」


 北子さんは苦笑いを浮かべながら食器を片付けている。

 俺は謝りながら片付けの手伝いを始めた。


「もうあの子から聞いていますよね……? 私達が化け狐だと……」

「はい……」

「それでも貴方は彼女と共に人生を歩みたいのですね……?」

「はい……東と共にこの旅館を支えていきたいです……!」

「なるほど……」


 口元に手を当てて優しく微笑む北子さん。

 初めて見せた仕草だ。

 きっとこれが北子さんの素なのだろう。


「ちょっと……」

「あ、東……」


 襖を開けて東が部屋へ入ってくる。

 とてつもなく神妙な面持ちだ。


「付いて来て……」

「あ、あぁ……」


 東に言われるがまま歩みを進める。

 様子は普段と変わらないように見えるが、心の内はどうなのだろうか。


「あ〜……元気か……?」

「うん……」

「どうしたんだ……? 急に……」

「まだ言えない……」

「そうか……」


 東は立ち入ったことのない2階へと俺を案内してくれた。

 襖を抜けた先に広がる生活感溢れる部屋。


「ここは……?」

「私の部屋……」

「2階にあるんだな……」

「ねぇ……」

「ん……?」

「さっきの話……本当……?」


 猫のように距離を詰めてきた東は潤んだ瞳で見上げてくる。

 どうやら北子さんとの会話を聞いていたらしい。


「あぁ……本当だ……」

「そう……」

「嫌だったか……?」

「嫌……じゃない……」


 体を震わせながら強く抱き締めてくる東。

 東はこんな俺を受け入れてくれたのだ。


「好きだ……東……」

「私も……」


 頬を赤く染めた東としばらく見つめ合う。

 綺麗な黒い瞳に吸い込まれてしまいそうだ。


「明日帰るんでしょ……?」

「あぁ……でもすぐに戻るから……」

「待ってる……」


 蒸し暑い部屋で俺達は約束の口付けを交わした。

 この出来事はきっと忘れられない大切な思い出となるだろう。


 



 

 

 

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