早朝から刺激的な体験だった。

 俺は夕飯を食べながら、そんなことをふと思い浮かべる。


「入るわよ……」

「おう……」


 襖を開けて静かに東が入ってくる。

 風呂上がりなのだろうか、いつもより艶やかな髪の毛を靡かせながら膝の上へ座ってきた。


「ゲーム貸して……」

「あぁ……そこにあるよ……」

「ご飯美味しい……?」

「美味しいよ……ずっと食べてたいな……」

「じゃあ……居れば……?」


 ゲームをプレイしながらそんなことを言い放つ東。

 いつの間にここまで距離が縮まったのだろう。


「コン太は可愛いな……」

「死ね……」

「ごめんごめん……」


 やはりコン太と呼ばれるのは気に食わないらしい。

 俺は東のゲームを覗きながら夕食を食べ終えた。


「ごちそうさまでした……」

「撫でて……」

「はいよ……」


 俺は怪異だとかそういう存在は人間のことを嫌っているものだと思っていた。

 だが、どうやら東はそうではないらしい。


「お前は人間が好きなのか……?」

「普通……」

「普通か……俺はどうなんだ……?」

「撫で方が好きなだけ……」

「なるほど……」


 別に何かを期待していたわけではないが、俺は東のお眼鏡には適わなかったようだ。


「好きな男のタイプとかあるのか……?」

「特に……」

「そうか……」

「あ、これ聞いときたいんだけどさ……」

「何……?」

「北子さんは人間なのか……?」

「そんなわけないでしょ……私の親なんだから……」

「あ、あぁ……やっぱり……」


 この旅館に居る人間は俺1人。残りの2人は人外。

 こんな状況に置かれているのに俺は恐怖心を感じなかった。

 2人が邪悪を齎すような存在だとは思えないからだ。


「失礼致します……」


 自身の母親の声を聞いた瞬間、東は何事も無かったかのように座布団へ移動した。それもかなりの速さで。


「お食事はお口に合いましたか……?」

「めちゃくちゃ美味かったです……」

「ふふっ……ありがとうございます……」

「どうして来たの……」

「お皿下げないと駄目でしょ〜……?」

「私がやるから……」

「あら……」


 東の発言に優しく微笑む北子さん。

 本当にこの人も化け狐なのだろうか。


「お邪魔しちゃった……?」

「違う……」

「うふふ……」

「あ、北子さん……」

「どうしましたぁ……?」

「ここって……求人とか出してます……?」


 俺は何の夢も持っていなかった。

 だが、ここに来てそれを掴むことが出来た。


「仲居さんの求人ならありますよ……大変ですけど……」

「構いません……」

「ふふっ……お待ちしております……」


 食膳を抱えて頭を下げた北子さんは部屋を後にした。

 そんなやり取りを横で見ていた東は呆れたように口を開く。


「何を考えてるの……?」

「東……俺はここに来て救われた……だからそれの手伝いをしたいんだ……」

「ふぅん……」

「それと……」


 これを伝えるのはかなり照れ臭い。

 俺は頭を掻きながら心の内を伝えた。


「お前と……ずっと一緒に居たいなって……」

「な、何言ってるの……」


 フードを深く被った東は困惑の声を漏らしている。

 やってしまった。つい勢いのまま伝えてしまった。


「ご、ごめん……困るよな……」

「本当よ……」

「ごめんな……忘れてくれ……」

「私……もう行くから……」

「あ、あぁ……」


 立ち去る東の背中を見送る。

 東への告白は失敗したが、この旅館で働きたいという気持ちは変わらない。


 大学を卒業したら、またここへ来よう。

 

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