化け狐

 俺はきっと夢を見ていたのだろう。

 とても鮮明で生々しい夢を。


「何……?」

「いや……」


 朝っぱらからゲームに興じている東から睨み付けられる。

 俺はそんな東に対して昨夜のことを恐る恐る打ち明けた。


「昨日変な夢見たんだよ……」

「ふーん……」

「お前がコン太になっててさ……」

「本当に変な夢ね……」

「だろ……? でもすげぇ現実っぽくってさ……」

「病院で診てもらいなさいよ……何か見つかると思うから……」

「怖いこと言うなよなぁ……」


 俺は精神がおかしくなってしまったのだろうか。

 深い溜め息を吐いた俺の目の前で東は徐に立ち上がった。


「ど、どうした……?」

「膝貸して……」

「膝……?」

「いいから……」


 東は有無を言わせず膝へ腰を掛けてくる。

 俺は髪から漂う石鹸の香りと、とてつもなく柔らかい体の感触に包み込まれた。


「な、何をしてるんだ……?」

「分からないの……?」

「あぁ……」

「昨日もしてたでしょ……神社で……」

「お、お前……やっぱり……!」

「おめでとう……アンタは正常だよ……」


 不気味に口角を釣り上げた東。

 そんな彼女の頭には狐の耳が顔を覗かせていた。


「何者だ……お前……!」

って言えば伝わるかな……」

「化け狐……」


 呆然とする俺の体へ東は全体重を預けてくる。

 そして、聞いたことのない甘えた声を出しながらゆっくりと振り返った。


「早く撫でてよ……」

「何……?」

「アンタの撫で方が好きなのよ……私……」

「その前に……どうして正体を明かした……?」

「アンタが必要以上に関わってきたからよ……野生の狐なんて普通は関わらないでしょ……」

「まぁ……そうかもな……」


 人間と狐の2つの姿を持っていても東の体は1つしかない。

 こんな状況になってしまったのは間違いなく俺の所為だろう。


「言ったわよ……早くして……」

「わ、分かった……」


 女性の頭を撫でるなんて初めての体験だ。それも狐が化けた女性なんて。

 俺は震える手を東の頭へ乗せて優しく撫で始める。


「ねぇ……」

「ど、どうした……?」

「ちゃんとしてよ……」

「分かったよ……」


 神社でコン太を撫でていた時のように俺は手を動かし始めた。

 表情は見えないが、東の頭はユラユラと揺れている。


「どうだ……?」

「もっとして……」

「分かった……」


 可愛い。とてつもなく可愛らしい。

 頭を撫でるたびに狐耳が手の中で小さく動いているのだ。


「ねぇ……」

「うん……?」

「抱き締めて……」

「あぁ……」


 東はきっと人の温もりを知らないのだろう。

 そうでなければ、こんなことになるはずがない。


 俺は後ろから東の細い腰に両腕を回して優しく抱き寄せた。

 東はその温もりに浸るように目を瞑りながら口を開く。


「安心する……」

「してもらったことないのか……? こんなこと……」

「うん……」

「そうなのか……」


 東の腰に回していた腕へ自然と力が入る。


 誰も守ってやらないなら、俺がコイツを守ろう。

 それはそんな意志を反映したかのような行動だった。

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