お出掛け

「早く起きて……」

「んん……?」


 俺の安らかな眠りは東からの蹴りによって妨げられた。

 眠い目を擦りながらゆっくりと上体を起こす。


「何すか……?」

「寝過ぎ……もう10時よ……」

「だって寝るの遅かったし……」

「は……?」

「いえ何も……」

「どうせ今日も暇でしょ……?」

「え、うん……」

「付き合って欲しいんだけど……」

「それはいいけど……」

「早く準備しなさい……」

「分かったよ……」


 まさか東からお誘いが来るとは思わなかった。

 俺は尻を蹴られながら身支度を済ませるのだった。


「それで……? どこ行くの……?」

「滝……」

「滝ぃ……?」


 整備された山道を歩きながらそんな会話を繰り広げる。

 山道から傍に川が流れている畦道に降りて川の上流へ向かう。


「時間があったら神社寄ってもいいかな……?」

「何で……?」

「会いたい奴が居るんだ……」

「狐……?」

「そう! 狐!」

「うるさい……」

「あ、ごめん……」


 ゴミを見るような眼差しで俺を睨み付けてくる東。

 俺はそれから逃れる為に雑談を再開する。


「有名なのか……? 狐が居るって話は……」

「さぁ……人居ないし……ここら辺……」

「あ〜……触ったことあるのか……?」

「あるわけないでしょ……」

「どうして……?」

「苦手なのよ……」

「可愛いのになぁ……コン太……」

「名付けのセンスが壊滅的ね……」

「良い名前だと思うんだけどなぁ……」


 こんなに人と話したのは何年振りだろう。

 そんな感動を噛み締めていると、俺はいつの間にか目的地へ辿り着いていた。


 水面が打ち付けられる轟音と、絶えず清流が流れ落ちる壮大な景色。

 自然の美しさと脅威を兼ね備えているかのようだ。


「すげぇ……」

「でしょ……」

「どうして連れて来てくれたんだ……?」

「ゲームのお礼……」

「煎餅だけじゃなかったんだな……」

「当たり前でしょ……」

 

 俺と東は距離を保ったまま滝をのんびりと眺め始める。

 何だかとても良いことが起こりそうな気がする。


「いつ帰るかなぁ……」

「決めてないの……?」

「まぁ……」

「ちゃんとお金払ってから帰りなさいよ……?」

「分かってるよ……」

「どうだか……」

「えぇ……」


 東は俺を何だと思っているのだろうか。

 まだまだ東には信用されていないらしい。


「俺、そろそろコン太のとこ行ってくるわ……」

「あ、そう……」

「お前はどうする……?」

「行くわけないでしょ……」

「そうかぁ……」


 どうにかして仲良く出来ないものだろうか。

 俺はそんな思考を張り巡らせながら神社へと足を運ぶ。


「コン太ぁ……」


 呼び声が誰も居ない境内に空しく響く。

 やはり動物は自由な存在なのだろう。

 律儀に来てくれるとは限らない。


「待つか……暇だし……」


 時間は昼の11時過ぎ。

 帰るには早すぎる。


 俺はスマホを片手に境内を歩き回る。

 何かが起こるまで水汲み場や本殿の探索を続けた。


「ギャアアァ……」

「おっ……!」


 欠伸を漏らしながら鳥居を通過してくるコン太。

 俺が辿り着いて1時間ほど経過した頃だ。


「来てくれたのかぁ……」

「ギャウウゥ……」

「よしよし……」


 指が埋もれるほどに柔らかいコン太の毛皮。

 コン太は低く唸りながら、細い目を閉じて尻尾を振っている。


「最近なぁ……俺のゲームが独占されててなぁ……」

「ギャウ……」

「可愛い娘なんだけど……すげぇ怖くてさぁ……」

「ギャア……」

「勿体ないなぁって俺は思うんだよなぁ……」

「ギャッ……」

「お前に言っても仕方ないけどさ……」


 俺の心の内を聞いてくれるのはコン太だけだ。

 俺はたった1匹の理解者を膝に乗せて、有意義な時間を過ごした。


「そろそろ帰るわ……」

「ギャオオォ……」

「また明日なぁ……」

 

 コン太を置いて境内を後にする。

 木々の隙間から漏れる夕陽を浴びながら帰路を急ぐ。

 今日の夕飯の献立は何だろう。


「お帰りなさいませ……」

「あ、北子さん……」

「東ちゃんから聞きましたよ……一緒にお出掛けしてくださったそうですね……」

「いやいや……そんな大したことは……」

「お食事をお持ちしますので、お部屋へどうぞ……」

「あ、ありがとうございます……」


 俺は心を躍らせながら自室の襖を開ける。

 そこにはやはり東が居た。

 だが、何やら様子が変だ。


「ふぅ……ふぅ……」

「何だか疲れてるな……?」

「ほっといて……」

「あ、そう……」


 いつもの表情のまま息を荒げている東。

 何かあったのだろうが、俺に聞く勇気は無かった。 

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