旅館に帰ってきて2時間が経った。

 俺の部屋では東が相変わらずゲームに励んでいる。


「攻撃繋がらないんだけど……」

「最速で押せば大丈夫よ……」

「へぇ……」


 俺は茶を啜りながら東のフードに覆われた横顔を眺める。

 東はフードの下でどんな表情をしているのだろう。


「どうして部屋の中でもフード被ってるんだ……?」

「見せたくないから……」

「どうして……?」

「アンタに関係ないでしょ……」

「ゲーム貸してる……」

「はぁ……」


 深い溜め息を吐いた東はゆっくりとフードを脱いでいく。

 中から現れた東の素顔に俺は思わず声を漏らした。


「これで満足でしょ……」

「お〜……」

「何……?」

「いや別に……」


 東は北子さんに似て非常に整った顔立ちをしており、美しい黒色の大きな瞳を持っていた。


「ただ綺麗だなーってさ……」

「アンタに言われても嬉しくない……」

「まぁ……そうか……」

 

 素顔を晒しても東はクールな態度を貫いている。

 きっと何があってもこの態度が覆ることはないのだろう。


「いつ戻るの……?」

「飽きたら……」

「そうかぁ……」

「あ~ず~ま~ちゃ~ん……」


 地の底から響くような不気味な声。

 襖の隙間から覗く細い目。

 俺はその光景に震え上がった。


「き、ききっ北子さん……!?」

「迷惑掛けないようにって言ったよねぇ……」


 とてつもない迫力だ。

 北子さんは襖を開けてゆっくりと部屋の中へ入ってくる。

 

「掛けてないわよ……ね……?」

「え?」

「誘ってくれたの……そうよね……?」

「いや……まぁ……はい……そうっすね……」

「あら……そうだったんですね……!」


 北子さんは口元を手で覆い隠して目を見開いた。

 娘が人と遊んでいる状況によほど驚いたらしい。


「すいませぇん……誤解しちゃって……!」

「いやいやいや……全然……」

「私はこれで失礼しますぅ……!」


 ペコペコと頭を下げながら退散していく北子さん。

 北子さん、本当に申し訳ございません。俺は東に屈してしまいました。


「何とかなったわね……」

「お前なぁ……」

「アンタが言わなかったからでしょ……」

「いや……それもそうだけどさぁ……」

「アンタはいつも何時に寝てるの……?」

「え、12時とか……」

「ならそれまで借りるわね……」

「マジかよ……」


 夜中の12時まで残り2時間。

 いっそのこと北子さんを呼んでしまおうか。


「安心して……お礼はするわ……」

「例えば……?」

「お菓子……」

「あぁ……ありがとぉ……」


 机の上にあった煎餅が東を経由して俺の手元へ渡ってくる。

 俺はそれを茶と共に齧り続けた。

 ゲームに夢中の東を眺めながら。

 

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