コン太

 眩しい。

 一筋の光が真っ暗な意識の隙間へ差し込んでくる。


「うぅん……」


 ムクリと布団の毛布を退けて上体を起こす。

 どうやら朝になったようだ。


 早く支度をして外へ繰り出すとしよう。

 俺は洗面所へ向かう為に廊下へ出る。


「あら……透さん……」

「あ、おはようございます……」


 部屋の前で北子さんと顔を突き合わせる。

 俺は歯ブラシと歯磨き粉を片手に北子さんへ頭を下げた。


「ふふっ……寝癖酷いですよ……?」

「あはは……洗面所ってどこにあります……?」

「ご案内しますね……」

「ありがとうございます……」


 北子さんは相変わらず美しい。

 非常に眼福である。


「あ、東が何かご迷惑とか掛けてませんか……?」

「いえ全然……」

「それなら良いんですけど……」

「そういえば東ちゃんは……?」

に居ると思いますよ……」

「え、神社ですか……?」

「山の奥にあるんです……お気に入りの場所なんですよ……」

「ほえぇ……」


 東は神社で何をしているのだろう。案外、境内の掃除でもしているのかもしれない。


「こちらが洗面所になります……」

「どうも……」

「朝食は何時にお持ちしましょうか……?」

「あ、朝食は大丈夫ですよ……お腹空いてないので……」

「もしかして普段から食べられてないとか……?」

「あぁ……そうなんですよ……」

「簡単な物を作りますので食べてくださいな……朝食は大事ですよ……?」

「あ、じゃあ……いただきます……」

「うふふ……それではお部屋にお持ちしますね……」

「ありがとうございます……」


 北子さんはまるで母親のような優しさを持つ人だ。

 俺は身なりを整えながらそんなことをぼんやりと思い浮かべた。


「ふぅ……」


 出掛ける準備を済ませた俺は和部屋で茶を啜る。

 長閑な鳥の囀りを聞きながら啜る茶は格別だ。


「透さーん……」

「はーい……」

「お握りですよぉ……」

「あ、ありがとうございます……」


 白米の握り飯2個と漬物を乗せた皿が机の上に並べられる。

 それを頬張り、咀嚼するだけで表情筋が緩む。


「いやぁ……美味しいです……」

「ふふっ……食べ終わったら置いておいて構いませんので……」

「あ、はい……」

「それでは……」


 和やかな笑みを浮かべながら頭を下げた北子さんは部屋を後にした。

 窓から見える景色を堪能しつつ、朝食を食べ進める。


「よし……」


 俺は優しさに包まれた朝食を食べ終え、旅館を後にする。

 東が居るであろう神社を目指して爽やかな風が吹く山道を歩いていく。


「涼しいなぁ……」


 周囲に風を遮る物は何もない。

 何も混じっていない純粋な涼風に身を任せていた俺はいつの間にか目的地へ辿り着いていた。


 整備が施されているであろう立派な鳥居と狛犬が俺を出迎えてくれている。

 俺は道の端を歩いて中へ立ち入った。

 真ん中を歩いては駄目だと誰かが言っていた気がするからだ。


「ワォンッッ!!」


 境内へ立ち入った瞬間、周囲に響く聞き慣れない獣の声。

 その鳴き声は犬にも似ているが、とてつもなく甲高い。

 

 俺はそれに襲われないように警戒しながら周囲を見渡す。

 そして、捉えた。その声の主を。


 ソイツは賽銭箱の前に居座っており、ちょこんと地面に座って俺をジッと見つめていた。


「狐だ……!」


 俺は興奮気味にその姿を写真に収めた。

 ネットならともかく生で見るのは初めてだからだ。


「すげぇ……!」


 薄茶色の体毛や大きな尻尾と耳。

 俺はゆっくりと慎重にその生き物へ歩み寄る。


「ほれ……怖くないぞぉ……」


 そんな声を漏らしながら中腰でソイツへ近付いていく。

 普通の狐ならば逃げ出したりするのだろうが、ソイツは微動だにしない。


「怖くないからなぁ……」


 俺は自分に言い聞かせるように狐へ手を近付ける。

 もちろん怖がらせないように下方向からだ。


「よしよしよし……!」

 

 下顎の柔らかい毛が掌を包み込んでくる。

 狐は俺を受け入れてくれたのだ。


「可愛いなあぁ……!」


 瞳を閉じてジッと動かない狐。

 俺はソイツをと名付けることにした。


「これからもよろしくな……コン太……!」

「ギャアァ……」


 陽が沈むまで俺はコン太と境内で過ごした。

 その頃になるとコン太は俺の膝の上で欠伸を掻いていた。


「そろそろ帰らないとなぁ……」

「ギャアアァ……」


 察したようにコン太は欠伸を漏らしながら膝から下りた。

 ズボンには薄茶色の毛が付きまくっている。


「また明日な……」


 神社を後にして旅館へ向かう道中、俺はとあることを思い出した。

 感動によって掻き消されていた本来の目的を。


「東……居なくね……?」


 いや、必ずしも神社に居るとは限らない。

 別の場所に居る可能性もある。


 俺は冷や汗を滲ませながら旅館へ辿り着いた。

 立派な玄関を潜り、狐の間へ通じる襖を開ける。


「勝てるようになったわ……」

「あ、うん……」


 俺の心配を嘲笑うかのように東はそこに居た。

 充電ケーブルが繋がっているゲーム機を持って。

 画面を見ると僅差でCPUに勝っている。


「どこに居たんだ……?」

「別に……」

「そうすか……」


 ゲームとの距離は詰めているが、俺との距離を詰めるつもりはないらしい。

 今度、一緒にゲームをやらないか誘ってみよう。

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