第10話 戦略会議
「まあ、積もる話はあるけれど、まずは仕事の話にしようか。この前手紙にあった商会ってのは、進捗はどうだい?」
旦那様の視線が私の手にある書類へ向かう。口ではどうだ、なんて聞きながらも、大体のことは想像できているのだろう。
「ええ、たった今契約を結んで来ましたわ。着手はこれからですが」
「なるほど。彼らの懸念点は?」
「商品は申し分ないです。広告宣伝と、販売戦略さえ考えれば軌道に乗ると思います」
ケイン達が戦う市場には、競合となる商会が他にない。だったら、清潔感と宣伝さえなんとかなれば売れると、そう思ってる。
「競合と商会についてはわかったよ。市場、買う側の心理としては、どうだろう」
「買う側は旅人を想定しています。魔物を解体したり、宿でも生臭い臭いは嫌がられますから」
ふむ、と旦那様が思案するように顎に手を当てた。骨ばった無骨な手が、普段はペンぐらいしか持たないだなんて信じられない。
「そういった旅人を集める施策があった方が効果は出そうだね。どこかの国に討伐員の組合があったから、その仕組みを取り入れようか」
「冒険者制度でしょうか」
遠い北の国に、数十年ほど前にできたその制度は私も聞いたことがある。北方は魔物も多く、国を上げての制度だったと聞いた。
「うん、そんな名前だったね。民間人の採取依頼なんかもそこで取り扱えば、少しは認知度も上げられるんじゃないかな」
「それだと、一次生産だけでなく加工品も流通する下地となりますね。では、その制度について話を詰めましょうか」
それから私は旦那様と夜通し話し合った。
組合を設立したさいの利点と懸念点、それからどのように宣伝するか、実際の制度の中身は、と。
「やはり、マリーはいいね」
根を詰めすぎだとエリーとルイスに叱られ、旦那サマと軽食を摘まむ。お茶会に出せるようなものではないけれど、新鮮な玉子をパンで挟んだサンドウィッチは優しい味がする。
「こんなに綺麗で社交界の他の貴族とも遜色がないのに、老獪な政治屋と話しているような気分になるよ」
「あら、私を綺麗だとおっしゃってくださいますの?」
美辞麗句は散々聞いてきたから、別に照れたりはしないわ。「私、この目付きのせいか怖い、と言われておりましたから」
「そうだね。確かに君はたおやかな優しい美しさではないけれど、意思が強くて自立している。僕はそんな君の方がずっといいと思うけどね」
さらりと口説いてくるこの男に、返す言葉が見つからない。
「君の考え方、培ってきた知識、そういったものが一番気に入っているよ」
にこやかに笑いながら言うこの男の肩に、私はそっと頭を預けた。
黒薔薇姫は今日も怠けたい~超有能な元侯爵令嬢は弱小商会で成り上がる~ 由岐 @yuki-tk
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