第7話 商談本番
大きな執務用の机と簡素な椅子がいくつか。本棚はスカスカで、閉じられていない書類の束がいくつか積み重なっているだけ。
簡単に言えば質素。それがこの孤児院の執務室だった。
「じゃあ、改めて要件を伝えるわね」
私の目の前にはケインとアリス。この二人が孤児院の中心、ということかしら。
「まず、三年前にこの孤児院を買い取ったアレファニル男爵だけど。あそこの家は帝都では有名だったそうだわ。旦那様から聞いたけれど、見目麗しい子供がいれば見境なく買い取って、家に置いておくそうよ」
「でも、あの方は慈善事業の一環だって」
「ええ、アリス。その面ももちろんあったんでしょう。だからこの孤児院に出資して、代わりに従僕を数人引き取るという形を取った」
本来は宇う僕として子供を引き取った後も資金援助を行わなければならない。それは孤児院の持ち主としての義務だけれど。
「あの家は、そうやって持っている施設が多すぎたのよ。管理業務は無能。そして出資するにもその元となる資金がない。だから、高値が付きそうな施設は売り払っていたんだけど」
「この孤児院は忘れ去られていた、てことかよ」
ケインの言葉に頷く。実際、引き取られた子供たちも男爵本人もはやり病で倒れてしまって、この孤児院について知っている人間は誰もいなくなってしまったらしい。そんな場所が国中にあって、旦那様はその情報整理に奔走している同僚から聞き出してくれた。
「だから、いくら待ってもこの孤児院に資金援助はないわ。……だから、商売をしていたのよね」
「資金援助がなくなって数か月はまだ持ったんだ。領主様もわかってくれていたから。けど、領主が代替わりした途端に何もなくなった。チビ達を食わせるためには、俺たちが何とかするしかなかったんだ」
「犯罪を犯していなくて助かったわ。それなら私が助けられる」
「助けるって、どうせ貴族の道楽だろ」
ぶすっとした態度で言うケインに苦笑してしまう。元の持ち主は酷かった訳だし、それもわかるけれど。
「道楽じゃないし、慈善事業でもないわね。領地改革、が一番近いかしら?」
「領地改革、ですか?」
「ええ、領地改革よ」
どの問題から手をつけようにも、資金がなければ全て中途半端に終わってしまう。だから、新しく領主が動かせる商会を作って、資金を生み出すのだ。
「それって、つまりはお前の商会ってことだろ」
何で俺たちが、とケインが言うのも無理はないと思う。けれど、私は領主夫人となる身。
「あら、だって私は、時期領主を生んだり、社交シーズンには領地を離れることもあるわ。これは今のところ私以外ができない仕事ね。けれど、商会は別に誰でもできるわ。そこはおわかり?」
「っじゃあ俺たちじゃなくてもいいじゃねぇか」
少し嫌味を込めて言えば、案の定ケインは食いついてくれて。想定通りに進みすぎて怖いくらい。
「アリス。この領地の産業といえば、何だと思う?」
「え?」
ケインの言葉に答えず問いかければ、アリスは目をぱちくりさせた。
「ケインは逆に頭が固くなってきているから、あなたに問うわ。この領地で、不自由なく手に入れやすいものは何かしら?」
問いかけを噛み砕いて再度伝えれば、アリスは真剣な顔で考えるように腕組みをした。
暫くの沈黙は居心地が悪くはない。まるで音を立ててしまえばアリスの思考を中断してしまうかのような雰囲気に、ケインも文句を言わずにアリスを見つめていた。
どれだけの沈黙だったのか、アリスは腕組みを解いて口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます