第6話 孤児院

 怒りのままに出ていったケインの背中を見つめながら、エリーを呼んだ。

「ねえ、例の件、資料は揃っているかしら」

「こちらにございます」

 すっと差し出された資料は町外れの修道院の記録。女神の御使いと呼ばれたシスターがいた、今は廃れた修道院。資料を見ながら、ケインの先程の態度に納得する。

「これじゃあ、仕方ないわね」

 悪徳な貴族はどこにでもいる。家名がわからないけれど、こんな貴族にしか会わなければ、ケインの不信も仕方ない。

「どうしますか?」

「課題解決にはいくつかの視点が必要よ、エリー」

 まずは旦那様に手紙を出しましょう。このろくでなし貴族の身元をはっきりさせてから、対話だ。



 旦那様への手紙をルイスに託して、エリーと一緒に町外れへやってきた。

「ここね」

 目の前には領主の館にも負けず劣らずのオンボロ屋敷。トンガリ屋根にくすんだ白い壁が、辛うじて修道院の面影を残している。

 壁の向こう側から警戒しているような視線が飛んでくるのを感じる。

「先触れもなく失礼致します。代表の方はどちらにいらっしゃいますでしょうか」

 エリーが口を開くと、その視線の中から一人の女の子が出てきた。

「私が彼らの代表です。何の御用でしょうか」

 しっかりした女の子ね。今日は貴族としてやってきた私に対しても、顔色を変えることもなくはっきりと話す。けれど、足元を見れば震えている。

「あなたたちに、商談を持ってきたの。ここで作った石鹸、商会として売りに出さないかしら」

「え、それは……」

 戸惑いからか、視線が泳ぐのがわかる。

「アリス! 何やってんだ」

 彼女が戸惑っていた原因の一つだろう彼が来たのはその時だった。なんていいタイミングかしら。

「あら、ケイン」

「お前、なんでこんなところまで」

 女の子を守るようにケインは自分の後ろに彼女を隠して、私をにらみつける。そうそう。その反応も予想通り。

「別に、あなたが商会を立ち上げてくれないのなら、私がやればいいと。そう思っただけよ」

「あの石鹸がここで作られたって、なんで知ってるんだ」

「あら、やっぱりそうだったの。あなたがここ出身だってわかっていたから、カマをかけてみたのだけど」

 嘘だ。原料を調べて、それが取れるのがこの近くの森だと突き止めたのはエリーだ。あとは予測で仮説を検証するだけ。

「この孤児院、もう誰も出資していないそうだし。私が買い取ろうかとも思うのだけど」

「お前、何を企んでるんだよ」

 ケインの言葉にも、視線にも、棘を感じる。それは想定通りすぎて、思わず笑みがこぼれる。

「あなたがやりたかったことを、私が協力するって言っているのよ。私にも利益がある話だし」

 私の言葉にも、ケインは疑いの視線を緩めることはなかった。

「あ、あの」

 アリスと呼ばれた少女の声に、ケインはぱっと振り返る。

「どうしたアリス。あの女に何か変なことされなかったか?」

「私をどっかの好色男爵なんかと一緒にしないでちょうだいな」

 あんまりな態度に思わず呟いてしまう。まあ、この孤児院が関係してきた貴族を考えると仕方がないのかもしれないけれども。

「アレファニル男爵は旦那様に聞いたけれど、ずいぶんと有名だったようね。でも、貴族の中でもアレは酷いわ。一緒にしないでちょうだい」

「口だけではどうとでも言える」

 憎々しげに吐き捨てるケインの言葉に、内心では超同意。だからこそ契約書という物が効力を持つし、書面でのやり取りが必要なのだ。

「ケインもだけど、一度中でお話しましょう。ここだと小さい子もいますし」

 アリスの言葉に、ケインは嫌そうに頷いた。

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