第5話 喧嘩しました

 翌日、私はケインの姿を探した。

 いつもの場所にいないケインに焦るけれど、まだ時間は早い。深呼吸して、落ち着いてーー

「何やってんだよ」

「わきゃあ!」

 お、思わず変な悲鳴が出てしまったわ。

「ケ、ケイン」

「いつもよりか早いじゃねーか。まだどこも店広げてねぇよ」

 怪訝そうな顔をするケインに、私は息を整えて落ち着かせる。

「今日はあなたに用事があるのよ。ちょっと、付き合ってくれないかしら?」

「いや無理だよ。店の準備しねぇと」

 断られるのは想定内。彼の出自を考えたら、お店を休む訳にはいかないものね。

 だから、私は私にしか使えない手を使う。

「今日の商品は全部私が買い取るわ。お店を開く必要もないから、来てほしいの」

 ケインは疑いの眼差しを向ける。まあ、ただの小娘が商品全部買い取るなんて、たちの悪い冗談にしか聞こえないわよね。

「名乗ってなかったわね。私はローズマリー。領主の館で待ってるから、来てくれると助かるわ」

 門番に話は通しておくと。それだけ伝えたら今日は屋敷に戻る。書類も山積みだし、この手が駄目なら別の手を打たなければいけないし。

 背筋に視線を感じながら、私は屋敷へ戻った。




 館で待ってると伝えたけれども、待たせないとは言っていない。執務室に通されたケインをちらりと見ながら、最後の書類に目を通した。

 ケインがやってきたのは午前のお茶の時間が終わる頃。

 昼食には早く、平民ならちょうど仕事が始まる時間だろう。

 最低限の体裁だけが整えられた執務室でも、ケインは目を丸くして棒立ちだった。

「待たせたわね。ケイン」

 許可印とサインを終えて、私はケインへ声をかけた。

「単刀直入に言わせてもらうわね。ケイン、あなた商会を立ち上げない?」

「は?」

 挙動不審気味に視線を彷徨わせていたケインが、目を丸くしてこちらを見る。

「あなたの売る商品は素晴らしかったわ。予算さえあればもっと改良もできるし、流通にも乗せられる」

「っちょっと待てよ」

 焦ったようなケインの声に、はたと気付く。

「何か?」

「何か? じゃねえよ。そもそもあんた、何者だよ」

 あら、と小さく声を上げてしまった。察しは悪くないと思っていたのだけれど。

「先程名乗ったわよね。ローズマリーよ。時期領主夫人で、旦那様からは領主代行としても許可をいただいているわ」

「今更お前らお貴族様がしゃしゃり出てきて、なんのつもりだって聞いてんだよ」

 貴族だと言うことはわかっても、言葉遣いは直さないらしい。それは仕事仲間としては好ましいわ。

「私、この国に来てまだ一週間程なの。先代や先々代が酷すぎるので、ちょっと手直ししたいのよね」

 にっこりと微笑んで言ってやれば、納得するでしょう。

 そんな甘いことを考えていた私に、ケインは特大の火薬を渡してきた。

「女のくせにそんなことできる訳ねぇじゃん」

 は?

「商売も政治も、男の仕事だろ。女はニコニコ笑って家庭を守ってりゃいいんだって。それしか能がないんだから」

 こいつ、不敬罪でしょっぴいてやろうか。

「黙れクソガキ」

 こいつ普通に地雷を踏んできた。何、帝国ってそんな考え方なの?

「頭の出来に男も女も関係ないでしょうが。少なくともあんたよりは可能生はあるわ。知識も人脈もない男よりも爵位を持って学んできた私のほうがどう考えても能力あるでしょうが。そんなこともわからないとかほんとに期待外れだわ」

 苛ついたと思ったら口が動いていた。

「大体売り物が石鹸なのにその風貌は何? あんたの商品じゃ効果はないって言ってるようなもんじゃない。作りがどんなに良くても売れないなら意味ないじゃない。あんたが商売やってるのはただの道楽?」

「っ道楽はお前らの方だろうが!」

 ケインに怒鳴られて、口を噤む。見れば、怒りのせいかケインの耳が赤くなっている。

「お前ら貴族は慈善事業も商売も、全部道楽でやってんだろ。だから、そこに暮らす皆のことなんかただのおもちゃだと思ってるから、だから気が向かなくなったら簡単に忘れられるんだろうが! そこに住んでる俺たちのことなんか、何とも思ってなくて道楽じゃなくてなんなんだよ!」

「そんな人でなしの貴族となんか一緒にしないでよ。私はあんたたちを助けてやるって言ってるのよ!」

「そんな傲慢な助けなんかいらねーって言ってんだよ!」

 売り言葉に買い言葉。ケインの視線は強く私を見ていた。

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