第4話 問題点の洗い出し
「さて、じゃあ問題点を整理しましょうか」
片付いた執務室に紙を広げて、私はエリーに話しかけた。
「まずは屋敷の問題。これはエリーにもわかると思うけれど、人員不足ね」
そう。屋敷自体は大きいのに、管理する人間が少なすぎる。女主人として私、侍女としてエリー、後はお手伝い、かな。ルイスの三人。以上。
「差し当たって必要なのは庭師、料理人、家政婦かしら」
少なくともあと三人。エリーが今は家政婦として働いてくれているけれど、領主の館に侍女が一人もいないのも問題だ。
「で、新しく人を雇う為にもこの領地の収支を確認した訳だけど、そこも問題ね」
収入は辛うじてある。それだって帝都までの旅費を考えれば、一年に一度の片道切符ね。まあ支出の方が多ければ破綻していたから、そこは不幸中の幸いだろうけど。
収入の半分近くが先々代の私財だというのもいただけない。
「で、領地運営についてだけれど。こっちも酷かったわ」
「お嬢様から聞いて、私もとても驚きましたとも」
そう。町娘の姿で出歩いても、全く民の声は聞けなかったけれども。
露天商を冷やかしながら店主と会話していると、どいつもこいつも流れの行商人のような人ばかり。この地に根差した人が居なすぎて、あきれたわ。
「とにかく店がないから領地として循環しないのです。ルイス、ここは悪いけど領都じゃないわ。ただの大きな村よ」
「そこまで酷いですか」
ルイスが乾いた笑いを浮かべる。だって、農村だってたまに来る行商人達が物を売って、代わりに村の特産物を買って、それで成り立つ訳で。そこに店はなくても成立する。小さな所だとそもそも貨幣制度も成り立たないようだけど、町になりかけの村、ってところじゃないかしら。
「この馬鹿でかいだけの村をちゃんと領都にしないといけないのは、骨が折れるわよ」
「とか言いながら、お嬢様楽しそうですね」
付き合いの長いエリーにはバレるわよね。だって、旦那様からお手紙が届いたもの。
「私の思う通りにしていいって、領主代行として旦那様から認めて頂いたからかしら。腕が鳴るわね」
王国時代の荒れた農村より打てる手が多い。私は領地周辺の資料を取り出した。
「まずは行商人の免税。店舗として貸す土地は数年は安くして、店舗の誘致ね。それから、税制を見直して屋敷の求人も、か」
「ローズマリー嬢、一つ良いでしょうか」
やらなければいけない施策を考えていると、ルイスが言いづらそうに声をかけてきた。そうだわ、彼にも手伝って貰わないとだけど。
「今おっしゃった施策ですが、全て資金が必要ですよね」
どこから出すのですか、と聞かれ、気付いた。
「そうよそもそも資金がないんじゃない!」
収入を増やすために商人を呼びたい。呼ぶための資金がない。嫌ないたちごっこだ。
「なら、持ってきた装飾品を売って」
「お嬢様、それでは私財を収入に入れた先々代と一緒です」
エリーの言葉にうっ、と詰まる。それは最悪の禁じ手だ。
ルイスは補佐官だから一緒に相談すればいい。けれど、資金について触れた彼はかなり言いづらそうだったから、妙案があるとも思えない。
他の貴族に融資してもらうことも考えたけれど、監視領土だと言われたら立て直せずに崩れることも考えるだろう。返す宛のない融資など、誰がするだろうか。少なくとも私なら融資できない。
八方塞がりのように感じて、私は頭を抱えた。
できることが少ないので、領都へは毎日降りていた。慣れてくると、ルイスのぎこちなさもなくなってきて、より領民へ擬態できた気がする。
うん、それだけじゃ駄目なのはわかってる。けれど、商人を口説き落としてまず一つでも商会を開かないことにはどうしようもない。
私が取った策は、お金じゃなくて情熱で説得する、だった。
だって、元手が何もなければ、後は精神論しかないじゃない。
そうして、めぼしい商人を探しに数日続けて領都へ降りていると、一人の少年を見かけた。
「あら、ケイン。今日もお店を出しているのね」
この数日、毎日のように露天商をしている彼はケイン。年齢も離れていなそうで、いかにも駆け出しの商人、と言ったところか。
精神論じゃあ老獪な行商人達は動かない。けれど、彼のような駆け出しならあるいは。
そんな下心もあったけれど、毎日お店を出す彼の商品はいつも同じで、商会としては悪くない。
「今日も石鹸と香り袋、それと素材の袋売りね」
「どうせ変わり映えしねぇよ。ロゼ、どうせ冷やかしだろ」
石鹸を売る彼の見た目は砂埃で汚れていて、あまり説得力がない。けれど、これで品質が良ければあるいは。
「そうねえ。あなたは暇そうだけれど、私は忙しいから、今日は付き合えないお詫びに石鹸を一つ買ってあげるわ」
「お、珍しい。買うなら客だからな。付き合ってやるよ」
軽口を叩きながら石鹸を一つ買う。
受け取った石鹸は屋敷でまず確認しよう。
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