第3話 領都の視察
「だってお嬢様。王国では散々な言われようで、私共家臣はどれだけ悔しい思いをしたと思ってらっしゃるのですか。
その容姿はまるで毒薔薇のようだ、悪女だ、魔女だと、お嬢様のなさることをなんにも見ようとせず、流言に惑わされる王侯貴族ばかりで。
お嬢様がとても聡明でお優しいことを知っている私共は本当に悔しくて!」
段々熱くなってきたエリーに圧倒される。うん、ありがたいけれども。
長身に長い黒髪、青白い程の肌色は、王国の令嬢としては少しだけ異質だ。あの国は小柄で健康的な方が好まれる。
そして、輪をかけて私の顔は怖いらしい。愛想笑いもあまりしないのは、きっと子供の頃から本にかじりついて文官達と討論するのが楽しかったからだと思う。
彼らはいつも眉間にしわを寄せて話し合いをしていたけれど、私も加わればそれが少しだけ和らいでいたから。
今思えば仕事を増やすだけだったのだとわかる。
「王国はお嬢様の素晴らしさを全くわかっていなかったんです。だから、帝国という別の国なら、と思ったのですよ」
熱くなりすぎたのか、エリーの言葉遣いも少しだけ乱れている。
「エリー、ありがとう。貴方が着いてきてくれて、私は幸せね」
それだけ真剣に、大切に思ってくれる家臣がいるのは幸せだ。それだけで、この国でもやっていける。
だって、味方がいるのだから。
「とは言っても、旦那様からお返事が来るまでは何もできないわね」
「それなのですが、お嬢様」
部屋の掃除を最低限終わらせてソファへ座ると、エリーが問いかける。
「旦那様へはどのようなお手紙をお送りしたのでしょうか」
「ああ、結婚前だけど、領地を好きにしてもいいか、って聞いたのよ。許可が出せないなら領地に戻ってきてください、ともね」
王国では侯爵領こそ父親が運営していたけれど、王領の運営に噛ませて貰っていた。健全な運営に戻すには時間がかかるが、自由にやらせてもらえるのなら手はいくらでもある。
「なるほど。でしたら、この近辺の地図や資料が必要ですね」
「そうね。資料に目を通すぐらいはできる、か」
早速用意を、と意気込むエリーに、その前に頼みたいことがあったのを思い出す。
「資料よりも、生の声が知りたいわ。ルイスに相談しなきゃだけど」
「かしこまりました。ルイス様をお呼びしますね」
綺麗なお辞儀をして退室するエリーを見送る。さて、と。確か荷物の中にアレがあったはず。
「あ、あったあった」
王国で使っていたお忍びセット、といえばいいのだろうか。平民の服と偽宝石の装飾品。
意外とこういった物を身に着けている方が町に紛れられて、領民の本音を聞くことができて重宝していた。
ガラスで作られたその装飾品を机に並べていると、ルイスとエリーが戻ってきた。
「ローズマリー嬢、お呼びだと聞きましたが」
「ああ、ルイス。ちょっとお願いがあるのだけれど」
「はあ、お願い、ですか」
机に並べた物を見て察してくれたエリーは、化粧道具を手にしていた。やっぱり昔ながらの付き合いって、ラクよね。
「領地の生の声が聞きたいの。資料も勿論あるとは思うのだけど、領都に行っていいかしら」
「はい?」
私の言葉にルイスは目を丸くして、机の上の装飾品や服を見た。あ、これ本気だと悟ったのがわかる。
「何考えてるんですか! あなたは領主婦人になると言うのに、気軽に言わないでください!」
うーん、お怒りはごもっとも。領地が!酷くなければ、言わないつもりだったけれども。
「上に上がってくる情報って、脚色が酷いのよ。ましてや無法地帯だった訳だから、自分で稼いだ情報の方がよっぽど信頼できるわ」
そう伝えれば、ルイスはそれ以上言えなかったようで、頭を下げた。
町娘の服装は、とにかく楽だ。
腰を締め付けることもないし、何よりこのきつい目付きを隠す必要もない。
「お嬢様、あまりはしゃがないでください」
「お嬢様はやめてって言ったじゃない、ルイ。置いていくわよ」
ルイスの説得に、一緒に領都へ降りると提案したらすぐに彼はその提案に飛びついてきた。目を離してやらかされるよりは、だって。失礼しちゃうわ。
「ロゼ、よ。間違えないでね、ルイ」
ローズマリーと言う名前は、町娘にしては少し派手で目立つ。だから、偽名として、愛称でも通じる名前を使えば、ルイスはとんでもなく気まずそうに呼んでくれた。
「ロ、ゼ。あまりはしゃぐと目立ちます」
ううん、敬語はどうも抜けないみたい。まあ、そこは仕方ないわね。
ルイスも上物の服装だと目立つから、せめて従僕の私服ぐらいまで質を落としてもらった。設定は、強いて言うなら幼なじみかしら。
ちなみにエリーは留守番だ。屋敷の部屋を一つでも多く使えるように、大掃除するらしい。
「でも、思ったより活気はあるのね」
街を見渡して気付いたこと。
土地は乾いていて、農作にはあまり向いていない。けれども、武装した旅人のような人が多く、中央広場の市は随分と賑やかだ。
「ここは辺境にもほど近いですから、魔物素材も集まるのですよ」
なるほど、魔物。実物は見たことがないけれど、確かに王国にいた頃にも毛皮やら牙やらの加工品を見たことがあるわね。
ということは、旅人達がは魔物を倒して素材の売買をしているのかしら。
「素材が集まる割には、加工品のお店ってないのかしら?」
「なくもないですけど、やはり帝都に集中しますね」
輸送費を考えるともったいない。加工品にするために、いくつかの素材を組み合わせたり、不要な部分を処分したりを考えたら、近場で加工する方がいいと思うけれど。
まあ、人が集まる場所なら商売の種もある。
「ねえルイ。この辺りで露天商が集まっているのはわかったわ。店舗のある商会とか、そういった『お店』はどの辺りにあるのかしら?」
「お店、ですか?」
私の問いかけにルイスはきょとんとした。あら、何か変なこと聞いたかしら。
「店舗を持つような大店は大体都へ出店しますから、この領地にはいませんよ」
「え、だってここも都じゃないの?」
というか、都じゃなくてもある程度の大きさの街ならお店ぐらいあるでしょう?
疑問だらけの私に気付いたのか、ルイスはああ、と声を上げた。
「魔物素材は供給が安定しないので、商会での取り扱いは難しいですね。他に産業もないですから、個人の鍛冶師や飲食店なんかはありますが、商会が店を構える利点がないんですよ」
「領都なのに?」
「だからこそ、です。領都は土地が高い。店舗を持つには一定の財が必要だけれど、それに見合う利益があるか、と言う所ですね」
なるほど。利益が出るときと出ないときの落差が激しいから、ここに店舗を構える選択肢を取らない、ということね。
税収もだけれど、こっちも問題ね。
ある程度理解できたから、残りの時間は露天商を冷やかすことにした。
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