第2話 先々代と先代

 ルイスから受け取った二枚目の資料には、屋敷の管理維持のための予算が割り振られていた。

「先代伯爵はとにかく伯爵家をまずは立て直すべきだと考えたそうだ」

 それは間違いではない。ないけれど、予算のほとんどが屋敷に使われたのは問題だ。

 先々代が足を踏み入れもしなかった領地と屋敷。先代も領地経営はできない人だった、ということのようだ。

「元々荒れていた屋敷に微々たる予算で、維持しようとしても予算ばかりくう一方よねぇ」

「本当に、おっしゃる通りで」

 一般的な屋敷管理の人員の給与だけでは、この屋敷は到底修繕できない。けれども、求人にも費用はかかる上に一般的な給与しか提示しなければ。

「ほとんど、求人の費用で消えているじゃない」

 まあ、予算の半分、ちょうど先々代の私財分は手を付けていないことは認めてあげなくもない。けれど、ここまで困窮しているなんて。

「旦那様は、この現状をご存じなのですか?」

「現レセンバーグ伯もこの予算表は存じ上げています。ですから、ご自身で何とかしようとしておりましたが、どうしても領地へ戻る時間が見つけられないと」

 呆れた。領地持ちの貴族の言い分として、なんて酷い。

「我が国は肥沃な土地を持つ国ですが、やはりその土地がより発展するかどうかはその土地の領主の手腕が影響しております。レセンバーグのような領地に関しては、皇帝閣下が影を使い監視することで、これ以上の悪化を防ぐ必要があります」

「それで『皇帝の監視領土』ってことですね」

 帝国は世襲の母国と違い、実力主義だと聞いていた。だからこそどこの領地も反映していて、それこそが帝国の強みだと聞いていたけれど。

「つまりは皇帝閣下直々にテコ入れする必要があるかもしれない、ってことね」

 ルイスの曖昧な笑みも、消極的な肯定だとしか受け取れなかった。

「で、当代の伯爵である旦那様は、しばらく領地にはいらっしゃれない、ということで良いのかしら」

 母国から侍女を連れてきて良かった。予算表を改めて確認したけれど、現在人件費はほとんどかかっていない。つまり、この屋敷はほぼ無人だということ。

「半年後、皇子が帝位継承者と認められさえすれば、と伺ってはおります」

「ふぅん、半年ね」

 半年。それはちょうど私と旦那様の結婚式の頃だ。まさかこの状況で、結婚式の準備まで丸投げするつもりだろうか。

 まだお会いしてもいない旦那様へ悪態をつく。心の中でなら、許されるでしょう?

 あらかた領地の問題について洗い出した所で、一息つけば別の疑問が生まれる。今目の前にいるルイスは、近衛騎士と言わなかっただろうか。確かに現状を説明してくれる彼がいなければ今日は途方に暮れていただろうけれど。

「ローズマリー嬢、私ルイスは当代様よりローズマリー嬢の補佐を命じられ領地まで参りました」

「近衛騎士なのに?」

「はい。皇子付きの近衛騎士で、実家が子爵領を運営しております。元々異動願を出そうとしていたところでお声がかかりましたので、助かりました」

 異動とは、何か事情があるのだろう。あまり深く聞かない。

「そう。では旦那様へ手紙を書くので、手配をお願いしてもいいかしら」

 まずはこの領地についての話をしなければならない。そう思ってルイスに伝えれば、もちろんです、と請け負ってくれた。




 ルイスに手紙を託すと、まずは侍女のエリーと一緒に屋敷を見て回った。

「お嬢様、おそらくこちらの部屋なら使えるかと思います」

「どれどれ」

 エリーの見ていた部屋を一緒に見てみれば、家具はほかの部屋よりも揃ってはいるようだった。

「多分ここが女主人の部屋ね。じゃあ、まずはこの部屋を掃除して荷物を運びましょうか」

「かしこまりました」

 エリーは私と同じ19歳。他国へ連れて行くのにも躊躇ったけれど、年齢が上すぎると今度は家庭を持っているから国を出るのも難しいし、若すぎると逆に経験不足が目につく。文化の違う帝国へとやってくるのに、適切な人材だった、とは思っている。

 けれど。

「エリー、ごめんなさいね」

「どうされましたか、お嬢様」

 荷物を運んでくれたエリーに、ただ罪悪感が生まれる。

「だって、帝国に連れてきてしまったのに、現状がこんな状況でしょう。私、貴方に申し訳なくって」

 素直に謝りたい、と伝えれば、エリーはああ、と納得したように頷いた。

「お嬢様がお優しいことは存じ上げております。それに、私も嬉しいんですよ」

 そうやって笑ってくれるエリーに首を傾げると、彼女は切れ長の目を釣り上げて続けた。

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