黒薔薇姫は今日も怠けたい~超有能な元侯爵令嬢は弱小商会で成り上がる~
由岐
第1話 皇帝の監視領土
肥沃な土地に活気溢れる領都の商店。民族の差異こそあれ、あの広大で裕福な隣国であれば、実家と同様にそんな光景が広がっていると疑ってもいなかった。
「な、なんてこと」
馬車から婚姻先の道のりを眺めていて、それは幻想だったと知った。
けれども。馬車が止まった先の屋敷を見て、絶望が押し寄せるのは仕方がないと思うの。
「ここが、領主の屋敷、ですって?」
気は確か? と御者に詰め寄りたい気持ちをぐっと堪えて問いかける。だって、これはあまりにも酷いわ。
「御者、お前は本当にこの屋敷の者に雇われているのね」
目の前には崩れかけた、怨霊でも出てきそうな大きいだけの屋敷。門にはツタが絡みついていて、とてもじゃないけれど誰かが住んでいるとは思えない。
御者に問いかければ、びくり、と怯えたような表情を浮かべながらも頷いていた。まあ怯えられるのはいつものことだからいいとして。
「なら、執事長はいないのかしら。領主代行でも良いわ。旦那様がこちらにいらっしゃらないのは聞いておりますから」
「っ、すぐ呼んでまいります」
御者が慌てたように答えるので、にっこりと笑って急がなくていい、と伝えれば、更に顔色を悪くされた。あまり、笑わない方がいいかしら。
「その必要はございません。ローズマリー嬢、通達は来ておりますゆえ」
壊れかけた屋敷の門ではなく、その反対方面からやってきた騎士服の男は、そう言って頭を下げた。
「出迎えが遅くなりまして申し訳ございません。近衛騎士団のルイスと申します」
「その近衛騎士団のルイスが、なぜ伯爵領へいらっしゃるのかしら」
近衛騎士団ということは、少なくとも貴族として対応しないとならない。先ほど御者へ対応した時とは違い、胸を張り強く見せるように。
ルイスと名乗った騎士は屋敷へ目を向け、少し困ったように眉を寄せた。そうすると、端正な顔が若干憂いを帯びたような雰囲気へと変化する。見た目で得する男だな、と思う。
「そちらについてもお話をしたいのですが、まずは屋敷へ入りましょう。少なくとも、応接間は使えるはずですから」
ルイスの言うことは最もで、私だって慣れない旅路で疲労がある。
これから住むことになるボロ屋敷を見上げて、小さくため息を吐いた。
母国であるレイルディア王国に、リンバルト帝国との同盟が結ばれたのが三年前。両国の結びつきを強めるために、数組の婚姻が王命として命ぜられた。
元々の国力の関係でどうしても帝国貴族の方が王国貴族よりも格が高くなるので、数名の伯爵令嬢は子爵家や男爵家へ嫁いで行ったそうだ。侯爵家の人間だった私、ローズマリーは王族との婚姻の可能性があるために国へ残っていたけれど、より強固な結びつきのためにも高位貴族同士の婚姻が必要で、それならばと手を挙げたのだ。
元々は帝国が結びつきを強めたいということで、先方から言われたのは若き伯爵家当主であるレセンバーグ伯。爵位こそ伯爵だけれど、領地を持ちながらも帝都でも重用されていると、母国でも名前は知られるお方だった。
それだけ有能な方なら、趣味に勤しむことができるとこっそり喜んだのだけれど。
「皇帝の監視領土、ですか」
ルイスに言われた言葉を反芻する。
「はい。ここレセンバーグ領は、先々代の伯爵が領土を賜ったのですが。先々代は騎士として生涯現役を振りかざし、現在も近衛騎士団の指南役として帝都へ暮らしておりまして、一度も領土へいらしたことはないとのことです。先代伯はそんな御父上を見て育ちましたから、領土への意識は薄く、宮廷魔術師長として采配を振るっております。そして当代の伯爵ですが、彼は皇子の側近として宰相候補となっております」
「……有能すぎるのも、考えものなのかしら」
つまりは領地を賜ったところで、三代揃ってほとんど領地に足を踏み入れたこともないらしい。現状がわからなければ代官も置けないが、そこを気付かない宰相候補や宮廷魔術師長ではないだろう。つまりは、先々代が代官を置いたはずだ、と全員が思い込んでいるようだ。
「領地の状況を知った当代は一年ほど前にこちらに戻られましたが、皇子の方でも問題があり、領地の立て直しに裂ける時間がなかったと聞いております。
もちろん、領地の問題を軽視している訳ではないと思うのですが」
「ああ、あなたの見解はいらないわ。それより現状の把握を続けたい」
旦那様を庇うような言動は時間の無駄だ。とにかく早く領地を立て直すためにも、まずは現状の問題把握をしたい。
「差し出がましい口を失礼いたしました。まずは領民についてですが、ここは元々開拓村が集まった領地となりますので、税金についてはほとんどかけられておりません。そのため、領民の流出は少なく、またほとんど管理されていない土地のため流入も少なくなっております。商人への関税もほとんどないため、物流拠点として商人達からは有難がられているようですが、特産品などの開発にかけられる資金もないため、あくまで経由地とみなされております」
「ちょっと待って。領民からも商人からもほとんど税金を取っていないということなら、この領地運営資金ってどこから出てきているのかしら」
渡された資料には確かに資金がある。税金をほとんど徴収していないのなら、ここに記載があるのはおかしい。
「この資金源ですが、領民が結婚する際の納税と子供が生まれた際の納税分です。残りのおよそ半分が、先々代の私財ですね」
「はい?」
ルイスの言葉に耳を疑う。
納税の内容も残りの資金も問題ばかりだ。なぜ結婚したら祝いを渡すのではなく、納税させるのだろうか。それをましてや、還元しないとは。子供もそうだ。領民が増えて喜ばしいことのはずなのに、納税させるとは。そして、私財を運営費として予算に組み込むのは以ての外だ。それとも帝国は違うのだろうか。
「恐らく感覚としては、王国と帝国はさほど異ならないかと思います。先々代が先代に叱られ、この現状を見て資金だけでも、と現在支援をしているそうです。ですので、私財ではありますが支援金という名目でしょうか」
「それにしたって……」
領地の問題はまだあるようで、ルイスは二枚目の資料を手渡してくれた。
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