第16話 日衣の幼さ残る大人

 大切なものはいつもそこに。小さなポシェットを持った大人になった日衣は、港に来ていた。

 風に吹かれ潮風が気持ちよく感じる。日衣はその長い髪を強い風のままにしていた。

 日に何度かのフェリーがやってくる。商いをやってる人や、観光客がやってくる。日衣は手を振った。

「おーい! ようこそー!」

 手を振る日衣をまじまじと見つめる人々。人々の流れを見て嬉しくなる。

 それだけじゃない。この島を離れる人もいる。フェリーが人々を乗せて出発する。

「また来てね! きっとだよ!」

 日衣は手を振り続ける。風が心地よい。幸せな電磁波は波に乗って届いていく。

 防波堤で空を見ていた日衣は、ふと声をかけられる。

「君、ここの島の人かな?」

 その男の人は如何にもな観光客で、旅行カバンを引いていた。

「もし良かったら、ご飯を食べられる場所を教えて欲しいんだけど。どうかな?」

「いいよー!」

 日衣は、男の人と街へ繰り出す。カフェに入ると、空いてる席に二人で座った。

 日衣は緊張した面持ちでいる男性に優しく話しかける。

「あはは、声をかけてきたのになんで緊張してるの?」

「いや、実は……。君が綺麗だったから声をかけたんだ。名前聞いてもいいかな?」

「ひいだよ」

「ひーちゃんか。僕は画家の有間。よろしくね」

 日衣は握手をする。有間は早速注文を取る。

「ここは奢りでいいよ」

「ええ? うーん。なら甘えようかな」

 フレンチトーストと紅茶が運ばれてくる。口に運ぶと美味しかった。

 ティーカップを口につけながら日衣は様子を見る。有間は色々な絵を見せてくれた。山や川、海など風景画もあったが、子供や大人、お爺さんお婆さんなど、人物画もあった。

「良ければ君を描かせてくれないかな?」

 スケッチブックを取りだす有間。日衣は頷いてキリッとポーズをとる。

「ははは、自然体でいいよ」

「カッコよく書いてね!」

 有間によってスラスラとスケッチブックに書かれていくその姿は、煌びやかで美しく、とても可愛らしかった。

 やがて描き終わった有間が、頷いて出来を見ていると、日衣は突然立ち上がり、こう言った。

「それじゃあ、ご馳走様! ありがとう、おじさん」

「あ! 待って! ぼ、僕とお付き合いしてくれま……」

「あはは! だーめー! ひいはその願いを叶えられないよ」

「……じゃあせめてこの絵を貰ってくれないか?」

「その絵は日美神社に持っていくといいよ」

「神社?」

 はて? と悩んでるうちに日衣は走り出す。そして喧騒に紛れていくのだ。



 有間は、日美神社を探した。その神社は少し静かなところにあった。

 神社に着くと神主か巫女かを探した。スケッチブックを持ってウロウロしていると、神主さんに声をかけられる。

「どうかなさいましたか?」

 神主の顔を見て有間は少し臆した。だが、勇気を持って絵を見せる。

「この絵なんですけど……」

「おお、これは素敵な日美様の絵ですね」

「えっ!?」

 有間は驚いた。驚いている有間を訝しげに見た神主は、尋ねた。

「違うのですか?」

「これは、ある女の子を書かせて頂いたものなんです。その女の子はこの絵を日美神社に持っていくようにと」

「その子の名は?」

「ひい、と言ってました」

「そうですか……」

 神主は、神社を案内し、本殿の像を見せる。

「こちらが日美様の像で、あちらが日衣様の像です」

 有間は日美像に見入る。

「そっくりだ」

「日美様は日衣様の母神です」

「だけど、名前からするとこちらの子供の名前が気になる」

「きっと大きくなられたのでしょう。不思議な経験をしましたね」

 有間はへたりこんだ。

「僕、神様の子に求愛しちゃったのか」

 それを聞いた神主は笑った。

「きっとその愛には答えられなくても、あなたには幸運が宿っていますよ」

 大人びて、どこか幼さを見せた日衣を思い出し、気恥ずかしくなる有間。

 その後神主に頼んで日美像と日衣像をスケッチさせてもらう有間。

 滞在期間に画材を揃えて、思い出しながら日衣の画を描く有間は、ひとつの作品を完成させた。

 その名も「現在の日衣様」

 日美像と記憶から書いた現在の日衣は、優しげのある母性豊かな日美像とは違い、幼さの影がある可愛らしさを残した日衣らしい女神だった。

 有間はこの画を神社に寄付して、島を発つことにする。

 フェリーに乗って帰る時、もう一度島を見たくて甲板に出る。

 もう、島は遠い。なのに声が聞こえた気がした。

「またきてねー!」

 日衣の可愛らしい声が聞こえた気がする。また来よう、そう決意した有間だった。

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