第15話 日衣の道

 日衣は階段を下りて、海岸方向へ向かう。朝日が眩しく小学生が横断歩道を渡っていた。

 親たちだろうか、大人の人が黄色い旗を持って渡るのを補助している。

 日衣はわざわざそちらの横断歩道側へと渡って行き、大人の人に話しかけた。

「あんぜんゆうどうおつかれさまです!」

 ビシッと敬礼した日衣を訝しげにその人は見た。

「君は……?」

「ひいはひいだよ!」

「そっか、もうすぐ小学生になるのかな?」

 ニッコリ笑う日衣を肯定の意と捉えたのか、大人の人は日衣の頭を撫でた。

「君も安全に横断歩道を渡るんだよ」

「うん!」

 信号が青になり大人の人が黄色い旗を持って渡らせてくれる。

 日衣は右を見て左を見て、もう一度右を見て渡った。

「偉いね!」

「えっへん!」

 手を振りながら別れる日衣。やがて小学校が見えてくる。校庭では朝の集会の準備を大人たちがしていた。

 それを猫に変身した日衣がじっと眺めている。やがて朝の全体集会が始まった。長い話がマイクを通して聞こえてくる。日衣はウトウト眠ってしまった。途中でマイクのキィンという音で目が覚める。

 猫の姿から戻った日衣は、そのまま坂を上っていった。中学校が見えてくる。そして日衣は走った。ずっとずっと走り続けた。その速度は普通の子供の速さだったが、スタミナ百倍。手を伸ばし走り続けると高校が見えてきた。

 潤子たちが通った学校郡。それぞれへの想いが込み上げてくる。ずっと走り続けると繁華街が見えてきた。

 そこに潤子が務める警察署がある。ここまでで何キロ走ったか分からない。島は比較すると小さいが子供には大きい。潤子が警察署までの道のりを自転車で通ってるのを、日衣は知っている。

 日はいつの間にか高く昇っていて、キラキラ光を降り注ぐ。日衣は潤子の様子を影で見守っていた。潤子の就いた生活安全課には人が多くきていて、様々な質問をしている。

 日衣が中に入っても誰も気にとめない。忙しいから気づかれないのだ。

 だが流石に長時間見ているとバレる。

「お嬢さん、どうしたの?」

 女性警官に声をかけられ、慌てて逃げる日衣。

「なんでもないよー!」

 その声を聞いて、対応に追われていた潤子が反応した。

「今の声……」

 その後対応を全て終えた潤子は先輩の女性警官に声をかけた。

「小さな女の子来てました?」

「うん、長い髪の白いワンピース姿の女の子が」

 それを聞いて、ふふっと笑う潤子。

「ひーちゃんが見学に来たのかな」

「知り合いの子?」

 潤子は軽く頷いて、遠くを見つめる。

「大切な親友です」

 潤子はそう答えた。目にはうっすら涙が浮かんでいた。

 日衣はとぼとぼ歩いていた。あの公園まで戻ってくる。もういい時間だ。すると声を掛けられた。

「おい、お前!」

「むむ?」

 見るとランドセルを背負った小学生の男の子が仁王立ちで立っていた。

 男の子は声を張り上げ言った。

「どこから来たんだ! 怪しいヤツだな! 名前を言え!」

 フンと鼻息を鳴らしながら威張るような口調で言う彼に、日衣は怯えることなく両手を広げて楽しそうに言った。

「ひいはね! ひいだよ! よろしくね!」

「ひー? 変な名前だなぁ。まぁいいや。ここで何してるんだ?」

「えっとね、あそびあいてをさがしてるんだけどなかなかみつからないの」

「なーんだ、そんなことか」

 すると男の子はえっへんと胸を張り言った。

「俺が遊び相手になってやるよ」

「え? ほんとに? わたしふつうじゃないけどいいの?」

「普通じゃない? まぁいいや、とにかく遊んでやるよ」

「きみ、おなまえは?」

「俺は勇気! かっこいい名前だろ?」

「ゆうきくん、よろしくね! なにしてあそぶ?」

 勇気は、ふむむと悩んでひとつの答えを出した。

「うちに来いよ。ゲームして遊ぼう」

「うん!」

 勇気の家はアパートの家だった。両親は遅くまで帰らないと言う。医者の父親に、警察官の母親。自慢の両親だと話す彼に、日衣は尋ねた。

「さびしくない?」

「本当はちょっと寂しい。だけど、お父さんとお母さんは、立派な人なんだ! だから俺も強く頑張りたいんだ!」

 日衣は、家に入りランドセルを降ろし座った勇気の頭を撫でる。

「えらいね」

「な、なんだよ!」

 照れる勇気の頭から手を離し、隣に座る。勇気がゲームをテレビに繋げる。

「レースゲームをやろうぜ!」

「いいよ!」

 レースゲームで対戦する二人。日衣は強かった。勇気は何度も負ける。

「お前上手いな!」

「それほどでもあるよー」

 そして日が暮れてくる。

「そろそろかえらないと」

「もう少しいろよ。お父さんとお母さんに紹介したい! 初めてできた友達だから……」

「そうなんだね」

「俺、実は虐められてるんだ」

「……そうなんだ」

「調子に乗ってるって言われてね。偉そうだって。でも、俺は普通に頑張ってるだけなのに」

「ゆうきくん、だいじょうぶだよ」

 日衣は優しく言った。

「ひいがともだちできるおまじないかけてあげる。あとこれはたいせつなこと。つよさよりやさしさだよ」

「やさしさ?」

 日衣は勇気の手を握る。ポワッと温かくなる。

「ゆうきくんの、おとうさんとおかあさんは、つよいかもしれない。でもやさしいでしょ? ほんとうのつよさっていうのはね、やさしさで、できてるの。だからやさしさをまなんでね」

「……わかった、やってみるよ!」

「どれだけくやしさがあっても、ひとにやさしくあってね。きっといいほうこうにむかいますように!」

 そう言うと、日衣は走って扉に向かっていく。

「あっ! 待ってよ!」

「またね!」

 扉を開けて外に出た日衣は、扉を閉めた。

 勇気が扉を開けた時にはもう日衣はいなかった。日が沈むのが早くなってきた時期だ。太陽は沈み、光ながら日衣は天に帰っていく。



 天に戻った日衣は、日美に迎えられ雲のベッドに横になる。

「今日も楽しかったかしら?」

「しゃかいべんきょーはたいへんだね」

 日美はそれを聞いて笑った。日衣の頭を撫でる日美は、詩(うた)を聞かせる。

「そこに魂あれど見えず、そこに神様いれどわからず、そこに命あれどいずれ失う。故に人よ、人の心あれ、心に神を宿したまえ、命に輝き増したまえ」

 日衣は割り込みながら詠う。

「ああひとよ、ひとのこころにやさしさを、ひとのおもいにつよさを、ひとのねがいにかみさまを」

 日衣と日美は見つめ合って笑う。

 神様とは、心の拠り所。いつも見守ってくれている。

 日衣は下界を天から覗きながら欠伸をする。

 神様の就寝は早い。特に太陽の神様である日美と、その子である日衣は太陽が沈むと力が弱まる。そうして眠るのだ。

 子守唄が聞こえる。日衣をあやす日美は、雲のベッドを揺らし、日衣を眠りに誘う。

「ひとのよにへいわがありますように」

 日衣の願い、神様の願い。それは平和。神様もまた、人の魂の集合体だから。多くの人の平和への願いを叶えたいと願うのだ。

 叶わないことも多い。争いは絶えない。それでも願う。イジメもケンカも仲直り出来る。殺し合いや戦争は、少なくできる。なくせないかもしれない、それでも平和のために日々できることをしていかなくてはならない。

 生きることは争うこと。でも生きることは助け合うこと。そして生きることは繋がること。

 日衣は夢を見た。人々が手を繋ぐ夢。大きな龍のように手を繋ぐ列ができている。繋がりが持てず泣いている子がいる。日衣はそっと寄り添って手を差し出す。離れた手と手を繋いでいき、ずっと道を作る。そうやって人の道を導くのが、神様の役割。

 人は道を逸れる。それもまた人の性。神様にできるのは、正しい道を歩もうと必死にもがく人をほんの少し、幸運のレールにのせる手助けをすることなのだ。

 日衣は目覚めた時、自分の体が大きくなっていることに気づいた。子供の自分はなくなり、大人になっていた。

「大きくなりましたね、日衣」

「神様って、なんでも出来るわけじゃないよね、お母さん」

「その通りです」

「少しだけわかって、それが切ない」

 日衣は涙した。誰もを救えるわけじゃない。それでも、と思う。

「誰かを救いたい。ひいは、そうありたいです」

 日美は頷いて、日衣の手を握る。

「この手は誰かを救う手でありなさい」

 その言葉に日衣は頷いた。

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