第8話 想いという名の電磁波

 日衣にはわかっていた。唯が元気を想い続けていて、太一が唯を想い続けていたことを。

 それは想いの電磁波。それが見えていた日衣は、今この場でどうにかすることはできないことを感じ取っていた。

 だが、唯に向けられる好意が沢山あることを知っていたから、唯もきっといい人を見つけられると日衣は思っていた。太一は少し難しいが、運命の電磁波は良い方向を示している。それは神様である日美の加護を受けている影響もあった。そして……。

「じゅんちゃん、なにかなやんでるね?」

 日衣の言葉に潤子はハッとした。

「なんだ? 潤子、悩みがあるなら俺に言えよ」

 元気がズイと身を乗り出す。

「あ、いや。そのー、えっと……」

「歯切れが悪いな。遠慮せずに言えよ」

「たいちょう、ごういんだよ!」

「人の事言えるのか? ひー」

 誤解を生みそうだったので、潤子は思い切って言う。

「実は、勉強する意味が見い出せないの」

「なんだ? そんなことか……」

 その言葉に潤子はムッとする。

「なによ? 元気君は意味を見い出せてるの?」

 そう言う潤子に元気は笑う。

「当然だろ? 俺は医者になりたいんだから」

 その言葉に、日衣以外がギョッとした。

「嘘でしょ?!」

「本当だよ」

 知らなかったこととはいえ、元気が医者を目指していたことに驚いた潤子は、素直に凄いと思った。

 それなら勉強も頑張ってるんだろうなと思った潤子は、聞いてみた。

「元気君は……」

「隊長と呼べよ」

 全く……、この場の空気に彼は飲まれているようだ。

「隊長は、しっかり勉強してるってことね?」

「あ、当たり前だろ」

 何故か狼狽える元気。日衣はクスクス笑った。

「いまのこうこうにもがんばってギリギリごうかくしたもんね」

「ひー、ちょっと黙っててくれ」

 額に手を当てる元気。

「なんだ、偉そうに言っておいて出来てないんじゃない」

「これからするんだよ!」

 元気は慌てて声を荒らげた口を塞いだ。

「じゅんちゃん、わたしがかみさまのこどもとしてのこたえをおしえてあげる」

 潤子は日衣の目を見つめて答えを待つ。日衣は小さい子供の姿をしているのに、子をあやす様に喋り出す。

「まず、べんきょうをつくったひとってだれだとおもう?」

「勉強を作った人? うーん。昔の偉い人?」

 色んな学問を作ったのはきっと昔の偉い人たち、偉人と呼ばれる人たちだろう。

「そのとおり! そして、べんきょうをするということは、そのひとたちのたましいをうけつぐということなの」

「昔の人に乗っ取られるってこと?!」

 唯が震える。日衣は首を横に振る。太一が口を開いた。

「沢山勉強したら、それだけ沢山の魂を受け継いでいくってことなのかな?」

 日衣はその言葉に頷いて、こう言った。

「たましいっていうのはひとのこころ。むかしのひとがつくりあげた、いろんなものをたましいとしてうけつぐことで、じぶんのたましいのちからをおおきくするの」

 それは色んなものに繋がるという。知恵や勇気や、自信。そしてそれらを更に世の中に広めていくことで、自分の魂も受け継がせていくだという。

「そのあつまりが、かみさまなんだよ」

 日衣も勉強ができた。芸術もできた。それは、それらの魂を受け継いでいるからだという。

「うけつげるたましいにはかぎりがある。そして、ひとはあらたにたましいをつくれる。じゅんちゃんのつくるたましいは、どんなたましいだろう?」

 潤子はまだ悩んでいた。でも、勉強する意味はわかった。

「勉強するのは自分を大きくするため、なのかな?」

「しあわせになりたいでしょ?」

「それはそうだよ」

「しあわせになるためには、たくさんのたましいをうけつがないと。それはべんきょうもだし、べんきょうだけじゃなくて、いろんなことを『まなぶ』ということなんだよ」

 日衣の言うことは難しい。それでも何となくわかったような気がした潤子だった。

「ひーちゃん変わったね。なんか神様みたい」

「ひいはひいだよ! いつだって、ひいらしくいるよ!」

 日衣はゲラゲラとお腹を抱えて笑った。その様子がおかしくて、可愛らしくて、潤子も笑う。

「全然大人に見えてくるよ。ひーの成長が見れて俺は嬉しい」

 元気も笑った。唯と太一も笑う。

「すぐにはもとどおりにならないとおもう。だけど、ひいたちはなかまだからね!」

 もう夕日は落ちかけている。

「もっと話したいよ、ひーちゃん」

 潤子は涙目になった。日衣は飛んで、潤子の首に手を回し、抱きついた。

「がんばれ、じゅんちゃん。ひいのさいしょのともだち。しんゆうのじゅんちゃんは、きっとただしいみちをすすめるよ。みまもってるからね」

「また会えるよね?」

 日衣は手を離し、潤子の目を見て言った。

「またいつかね」

 日衣はまた明日とは言わなかった。日が沈み、シュンと日衣が消える。

 潤子は涙を拭った。いくらでも出てくる涙。やっと会えたと思ったのに、またいつ会えるかわからない。

「大丈夫だ。ひーと俺たちはもう仲間だろ?」

 元気が潤子の頭を撫でる。

「元気君、ありがとう」

「気にするな」

 隊長と呼ばなくても怒らない。日衣がいる時だけ隊長なのだ。

 唯は不満そうな顔をしていた。その様子を見ていた太一も不満そうだった。

 潤子は元気から離れ、空を見た。きっと空から潤子たちを見てくれている。きっと大丈夫だと、潤子は思った。

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