第14話 タイチは?




 ピンポンパンポーン、とチャイムが鳴った。

「もうすぐ、チェックアウトのお時間です。まだの方は、お急ぎください」

 女の子の声だった。

「やっべ」

「急いで鍵もらいに行こうぜ」

 焦るケイとシュン。ふたりを追って、駆け足でフロントへ行った。

「鍵ください!」

「どうぞ」

「鍵、お願いします」

「どうぞ」

「鍵、を……」

「どうぞ」

 機械的に渡されたそれに書かれた番号。

 確か、タイチを探して回った時、見なかった。

 ってことは――

「僕、こっちから行くね」

「おう、わかった!」

「またな!」

「うん」

 よく分からないけれど、みんな焦ってるから、僕も急いだ。

「ピィピィ!」

「あ……。ピィピィは、どうすればいいんだろう」

「ピィ」

 耳の先で差した先に、道がある。

 こっちに行くね、と言っている気がした。

「またね、ピィピィ」

「ピィッ!」

 部屋はすぐに見つかった。

 入ったらすぐ、体が重たくなった気がした。

 たくさん動いて、たくさん考えたからかなぁ。

 すごく疲れてる。

 ベッドにゴロンと転がった。

 タイチ、どこ行っちゃったんだろう。

 あの薬、もう飲んじゃったかなぁ。

 僕にできること、きっとあったはずなのに。

 なんにもできなかったや。

 悔しくなって、体を丸めて震えた。

 こらえきれなかった涙が、こぼれた。



 チェックアウトを確認して、洗面所に行った。

 目が腫れたり、赤くなったりはしていないけど、なんか痛い。

 ゴシゴシ擦りながらリビングに行ったら、いつも通りの光景がそこにあった。

「あ、コウジ。おはよ!」

「おはよう」

「今日ね、お父さん早く帰って来れるっていうからさ、晩御飯、どこか行って食べようと思うんだけど……どう?」

「ん、ん? ん〜」

「あれ、いつもだったらすぐ『やったー!』って言うのに」

 お母さんが不思議そうに僕の顔を覗き込んできた。

 お父さんが近づいてくる。

「焼肉、行こうぜ?」

 お父さんが、頭をポンポンしながらそう言った。

「焼肉?」

「焼肉」

「食べる!」

 ふたりの目が、キラって光って見えた。

 僕はそんなに、子どもみたいに喜んだだろうか。いや、まだ子どもだけどさ。

 朝ご飯を食べて、準備をして、元気いっぱい「行ってきます」を言って家を出た。

 焼肉、楽しみだなぁ。

 あんまり楽しみだったから、すごく気になっていたはずの、タイチのことを忘れかけた。

 今朝のリビングみたいに、いつも通りが待ってるって、信じ込んでしまったからかもしれない。


 学校に着いたら、タイチが居なかった。

 いつもだったらそこで、鼻くそをほじっているはずなのに。

 ケイとシュンはいつも通りだ。

「コウジ、おはよう」

「ケイ、シュン。おはよう」

「なぁ、タイチ知らない?」

「知らない」

「お前、家目の前なんだろ? 見なかった?」

「目の前だけど、いつもウサギの世話があるからって早く家出てくから。朝は会わないんだよ」

「そっか……」

 ふたりはチラチラと目線を合わせて、目で内緒話をしてる。

 僕に話すか話さないか、どうしようかって相談しているように見えた。

「何か、あったの?」

「……いや、さ?」

 シュンが口を開こうとした時、ガラガラと教室のドアが開いて、先生が入ってきた。

 難しい顔をしてる。なにか、良くないことが起こったみたいな。

「皆さん、おはようございます。今日は朝の会を行いません。先生は大事な会議に出なくちゃいけなくなったので、職員室にいます。皆さんは教室の中で自習や読書をしていてください。一時間目は予定通り始められると思いますから、準備をしておいてくださいね。なにか、質問はありますか?」

「先生!」

 ケイが手を上げた。

「出欠、いつとりますか?」

「授業を始めるときにしましょう。他にありますか? 無いようですね。それでは皆さん、他のクラスの迷惑にならないよう、静かに。お願いします」

「はーい!」

 クラスメイトたちの気の抜けた返事がバラバラと響いた。


 なんで出欠のことを訊いたのか、コソコソとケイに訊ねたら、

「休みだったら、『かぜ』とか言うだろ? 遅刻だったら、『この後お家に確認します』とか。すぐに出欠をとるんだったら、すぐにタイチのことを知れる気がしたんだ」


 自習とか読書の時間って、受験をする子にとっては勉強の時間だけど、そうじゃない人にとっては自由時間だった。

 ゲームの話とか、雑貨屋さんの話とか。怒られないように声のボリュームを絞ってはいるけれど、漏れる笑いがよく響く。

「それで、その……あれ、どんなふうにヤバいものなの?」

 シュンに問われて、僕は困った。

 相沢さんに言われた通りに、答えてしまっていいんだろうか。『カクセイザイといえば、カクセイザイ』、なんて言ったら、「カクセイザイ!?」って大声出したりしないかなぁ。

 ふたりが大声を出さない可能性に賭けられない自分が悔しい。けど、やっぱり言わない方がいいと思う。

「よく分かんないけど、責任者みたいな人が『あれはヤバい』って言ってたから、ヤバいんだろうなって」

 妙な沈黙が、苦しい。

「『あれはヤバい』って言う責任者……ウケる!」

「なんか、大人っぽくなくていいな!」

 ケイとシュンがケラケラ笑うから、クラス中の視線が僕らに集まった。

 言わなくてよかった。いくら例えでも、カクセイザイって。



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